第四話 木霊 その二

 そこにあったのは、どう見ても骨だ。青いジャンパーをまとっていることから、人骨と考えるのが妥当だろう。現場は一気に緊張感に包まれた。助けにきた男性も先程救助要請したところに慌てて電話をかけ直している。

 やがてきた救助隊に状況を説明し、杉山はとりあえず病院へ搬送された。

 その後は警察署を訪ね、当時の詳細な説明などもしたが、杉山に怪しいところがあるはずもなく、協力に対する礼を受けただけで帰宅した。


 異変が起きたのはその日からだ。自宅のどこからか声がするような気がする。はじめは外から聞こえているのだろうと思っていた。しかし、その声が発している言葉を自覚したとき、杉山は恐怖した。


-おーーーい……


 か細い。聞こえているのが奇跡のような少女の声。この声はあの日、あの場所で聞こえたそれと同じだ。どこから聞こえているのかさっぱり分からないが、確かに聞こえる。

 気のせいだ。

 杉山はそう思うことにした。しかし、声は依然続く。あの骨を発見した日の夜、テレビのニュースでその時の情報が流されていた。骨はおそらく少女のものであること、死後1年以上は経っていることなどが報道されていた。

 ならば。この声はその少女のものだとでもいうのだろうか。

 1週間ほどそのまま過ごした杉山だったが、ついに耐えきれず、以前訪れたこの店「奇海堂」に張り紙があったことを思い出し、ここにやってきたのだと説明を終えた。

 

「ああ、女の子ですね。小学生くらいかしら」

 鞠絵は杉山に「付き添う人」を改めて診て、頷いた。

「えぇ……なんでまた私に……」

 と戸惑う杉山。それはそうだろう。彼にとっては見知らぬ子ども。つきまとわれても困るというものだ。

「帰る家が分からないから……あら、違うわね」

「どういうことです?」

「んー……説明が難しいんだけど」

 と言って鞠絵は説明をする。

 確かにその現場と「彼女」の家は離れている。通常小学生なら自力ではたどり着けないだろう。しかし、霊は転移することも可能ではある。自分自身が「誰」かを思い出しさえすれば地球の反対側にすら一瞬で移動できる、というのが鞠絵の持論。

 しかし、少女は帰りたくないようだ。杉山を父のように慕い、付き添ってはいるものの自身の存在を彼に知らせるにはあの時の言葉を繰り返すことしか思いつかなったのだろう。

 とはいえ、杉山から離れてもらわないわけにはいかない。守護する霊として付いているのではない以上、それはあくまで「憑いている」のであり、また他の霊を惹きつける現象も起こしうる。

 帰りたくないのなら、浄化し上がってもらうのが一番だろう。

「『上がる』ってなんですか、大体はイメージできますが」

 という杉山の問いに

「成仏するってことですよ」

 と答えると、彼は大いにその案に賛成した。憑き物が外れることを歓迎するのではなく、少女が切ない身の上から浄化できることに対することを望む姿に、鞠絵は少し好感を覚えた。

「それでは、お写経をお願いします」

「えっと、般若心経ってやつでしたっけ」

「そうですよ。願いをこめてゆっくりとやってください」

 最近では便利なものがある。印刷された経の上に半紙を乗せるだけで手軽に写経ができるのだ。こういった浄霊の場合、写経を求めることが鞠絵には多い。そして、戸惑われることも。そのような依頼人のために鞠絵は常に写経セットを店に置いていた。

「写経が終わったら、できるだけ日差しのいいところに置いてあげてください。あ、直射日光ではなく、柔らかい日のところがいいわね。そのうち『なにか』が起きるので、そうしたらここに持ってきてください。依頼料はその時でいいです」

「『なにか』って……」

 杉山は少し不安げだったが、写経セットを手に帰っていった。


 それから2週間後。明るい顔に変わった杉山が来店した。

「『上がり』ました! 僕でもわかります」

 2日ほど前の早朝。杉山がふと目覚めると、


-おぉぉぉぉぉぉぉぉぉい


 いつもより明るい声が棚の上の写経から天井に抜けていったのだそう。

「良かったですね」

「ええ、本当に」

 依頼料を鞠絵に渡し、彼は帰っていった。


 次の日の夜。一連の話を伝えていた帚木から電話があった。例の少女の身元がわかったらしい。彼女は両親からふとした弾みで受けた暴力で大怪我を負ったらしい。虫の息の彼女を両親は山へと運び、あの場所へと投げ捨てたのだという。

 あの山道は素人でも登れるレベルのところではあるが相当の苦労はしただろう。

「例の写経になにかしたんです?」

 と箒木が聞いてきた。

 逮捕された両親は、ここ数日高熱にうなされており、警察が立ち入った際も起き上がることもできず救急搬送されたそうだ。

「最後の処理はしたけれど、特になにもしてないわよ」

「処理ってなんなんですか。そこが聞きたいんだけどなぁ」

 物見高い帚木の声に、鞠絵は少し笑った。

 

 確かに鞠絵はなにもしてはいない。成仏した彼女の冥福を祈り、写経を焚き上げただけだ。白骨死体となった少女が身にまとった悲しみと恨みを落としていっただけなのだろうと今のところ鞠絵は判断している。

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