第三話 子を求める絵本
差し出されたお茶を、帚木は手刀を切るような挨拶をして受け取った。いつの間にやらこの店の常連となった人物だが、鞠絵との付き合いはそれほど古くない。帚木はホラー小説を書いており、その繋がりで出会った。
最近では資料として店の本を買うようになったが、鞠絵としては大歓迎の客ではない。なぜなら帚木は度々心霊にまつわる相談ごとを持ってくる。いい加減、危ないことには足を突っ込まないように学習してほしいところだが、生業上仕方ないのだろう。
帚木が持ってきた茶菓子の包みを開け、ふたりで食べることにした。
「あ、こんなのも扱ってるんですね」
そう言って帚木が取り上げたのは絵本。オカルト本がメインのこの店では珍しいそれだが、実は事情がある。それを説明しようとしたところ、
「あっ」
取り上げ、広げた絵本がバラバラと分解して壊れてしまった。
「ぁぁああ!! ごめんなさい、買い取ります」
帚木が慌てて拾い集め始めたが、買い取りは断った。それはもちろん、その絵本にまつわる事情が絡んでいる。
その絵本との付き合いは20年ほどになるだろうか。壊れてしまったということは付き合いは終わりということだろう。茶飲み話として、鞠絵はその絵本について帚木に話すことにした。
そう、20年ほど前。鞠絵はとある依頼で訪ねた家でその絵本と出会った。小さな一軒家。主はまだ若い男で、結婚して1年ほどだという。しかし、妻は既に
中でも、子どもの頃から好きだったという絵本は、改めて新品を買い直し読み聞かせの練習を何度もしていた。
そんな中で起きた不幸な事故。
妻と、生まれてくるはずだった子を同時に失った男性は失意の底で苦しんでいた。
ある日のこと。朝起きると、枕元に例の絵本がある。取り出した覚えのないそれに違和感を覚えつつ、本棚に戻した。
その現象は何度も続いた。時には読みかけのようにページを開いたまま伏せられていることもあったという。
妻はまだこの家にいるのだろうか。
絵本の読み聞かせの練習をまだしているのだろうか。
男性は少し微笑ましい気持ちになり、少しずつ元気を取り戻していったそうだ。しかし一方で、妻の心も案じた。産むことができなかった我が子。やり残した数多くのこと。それに捕らわれて悲しみのままにこの世に留まっているのではないかと。
男性は知り合いの伝手をたどり、鞠絵へ相談することになった。
鞠絵が視たところ、妻は既に成仏しているようだった。しかし、絵本には念が残っていた。悪いものではないが、いいものでもない。子どもに読んでやりたかったという強い想いが、絵本全体を覆っていた。
解決にはひとつ方法がある。なんのことはない、願いを叶えてやればいい。どこかの小さな子どもに読み聞かせてやり、親子の時間を過ごす。その子が大きくなれば、また他の子に譲りそれを繰り返す。満足さえさせてやれば、この絵本は恐らく強い守りともなりうるだろう。
ただ、その事情を知ってこの絵本を手にする人物がいるかどうかが最大の問題だったが。
しかし、それについても算段はあった。鞠絵の店だ。オカルトメインの店だというのに酔狂な妊婦も時折やってくる。当然絵本の類はないが、エンターティメント要素の強いホラー本を買って帰ることが多い。彼女たちなりのリラックス法なのだろう。
鞠絵はその絵本を定価で買い取り、店に置いた。果たして思惑は狙い通り。よくくる妊婦が絵本があることを珍しがって手に取った。
そこで鞠絵は無料で貸すことと、ただし子がある程度大きくなるなどすれば返してくれるように、事情を説明した。もちろん、守りとして役に立つかもしれないことを強く伝えるのも忘れなかった。
女性は納得し、その絵本を持ち帰った。数年後、それが返ってきた。鞠絵が絵本の表紙を撫でると、ほんの少し和やかになっているように感じた。不思議なもので、その絵本の新たな持ち主はすぐに決まった。同じことを繰り返すこと数回。大抵の場合、3年ほどで返ってくるのでその程度だ。
そして20年ほど経った今、この絵本は再び返ってきた。すっかり念は消え、そっと触れると温かみすら感じるような気がする。
そこまで話すと帚木は
「へぇ……20年ものですか……」
と驚いたように床に散らばった紙片を眺めた。
「役割も終わりってことね」
「どういうことです」
「この本が最初に役割をもって20年。母親の子の成長を願う想いだけが残っていたけれど、その子が生きていたらそろそろ成人だわ。きっと満足したのね」
鞠絵はそう言って絵本のページを拾い集めた。
最後に拾ったページにはこう書かれていた。
-めでたし、めでたし
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