第二話 塊
彼が奇海堂を訪れたのは3ヶ月ぶりだろうか。
3ヶ月ぶりとは珍しい。鞠絵が高惣にそう言うと、彼は困惑したような笑顔を見せた。
「いやぁ……夏休みだったっていうのもあるんですけどね」
そう言って彼は店の張り紙のひとつを指差す。
-心霊相談承ります
あっさりとそれだけを書いた張り紙。あぁ、と頷きながら彼の背後を鞠絵は
「やだっ」
通常モードから心霊モードに切り替えた瞳に映ったそれは、なんとも言えない黒い塊だった。
「あ、やっぱり
高惣のその言葉に、鞠絵は頷き口を抑えた。吐き気がする。
「あなた、これどうしちゃったのよ」
「あー、これ、あれですよ。この間の……」
彼の話は3ヶ月前に遡る。
高惣は夏休み前に提出する小レポートのテーマに、埋葬の歴史を選んだ。埋葬というものの形は死者への畏敬の念、家族への
そもそも現代ほどに火葬が一般化されるようになったのもそれほど古い話ではない。
そういったことも踏まえ、彼は鞠絵に参考資料になりそうな本を尋ねてきた。そこで鞠絵は火葬の歴史本に始まり、京の都で行われていた風葬についての本も添えた。彼は満足したように微笑み、帰っていった。
高惣は無事レポートを提出し、夏休みを迎えて実家に帰った。彼の実家は寺を運営している。檀家も多く、お盆ということもあって手伝いに明け暮れた。
そして夏休みの終わりがけにこちらへと戻ってきたそうだ。
帰りの新幹線を途中下車し、京都へ立ち寄ってかつての風葬の地を訪問したのだという。何事もなく、下宿へと帰った彼だったが、異変はその日から起きた。
頭から肩にかけて、どうにも重い。耳元ではざわざわとなにかがさざめくような音が聞こえる気がする。
-これは拾ってしまったか
そう考えた彼は、実家に連絡して対処を聞こうかとも思った。しかし気が引ける。寺の跡継ぎがまんまと憑依されてどうにもならないなど、笑い話にしかならない。とはいえ、まだ修行も始まっていない身。気にすることはないと思いつつも、結局鞠絵に依頼することにしたそうだ。
「これ……ねぇ……ちょっと手強すぎるわねぇ」
鞠絵は包み隠さずそう答えた。安請け合いしないのが彼女の主義だ。
「無理ですか?」
「そういうわけじゃないんだけど。あなた、埋葬について調べてたでしょ。その上でそういう歴史のあるところに行ったのよね」
「まずいんです?」
「んー……それって学問にはありがちなことだから、それ自体は問題ないんだけど……」
「だけど?」
「慰霊の気持ちを込めて拝んじゃったでしょ」
「あー……そうかも」
彼はその地に作られた寺で、風葬されたかつての人々への想いを込め参拝したそうだ。
「平安時代のひとが憑いちゃってる、ってことですか」
と彼。
「ううん。それらの人たちは流石にあがってる。でもね『そういう土地』ってやっぱり『そういうとこ』なのよね」
かつて多くの霊がいた土地。そこは彼らにとっての終焉の場であり、安らぎの場でもある。彼らが立ち去った後に、別のところからやってきた霊にとっても安らげるところだった。それは現代においてもそうで、つい最近命を落とした霊魂もそこに吹き溜まることがある。
それに対し、慰霊の想いを込めたとき。彼らは更なる供養を求めてついてくるのだ。高惣に憑いたのはそういった霊の塊。数は多く、簡単には剥がせそうにない。
しかし、方法はなくもない。
「これね、あなたが自分で剥がせるわよ」
「え、本当に?」
「ちょっと待って」
鞠絵は引き出しにいれてある数珠を取り出し、少し念を込めた。
「これでなんとか……」
「なにがどうなったんです? というか、これから俺、どうしたら……」
困惑している高惣に鞠絵は説明した。
彼についているのは99体の霊魂。より弱いものを内側に、そして強いものは外側に、例えるなら玉ねぎのように層になるように彼らと交渉したのだ。
あとは、高惣の役目だ。毎日一回写経をし、それを読む。一体ずつ片付けることをイメージしながら。そうすれば玉ねぎ状になった塊は少しずつ剥がれ、やがて全て浄化されるだろう。
鞠絵がそう説明すると、高惣は不安そうな顔をしながらも了承した。
その後も度々彼は来店したが、あれから100日以上すぎたころには彼の背後にはなにもいなくなっていた。
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