2話本文

プロローグ


 暗い部屋で一人、僕は布団の中にくるまっていた。

「よし、よし、いいぞ……ここで攻めれば……やったッ!」

 目の前の画面には、『CHANPION』の文字。今回も勝利チーム一の活躍を取れた優越感に僕は浸っていた。

 これで10連続『CHANPION』。学校では成績下位だった僕も、この中だとエリートなのだ。そんな事実に鼻を高くしながら、手元のボトルコーラを掴む。

「……あ」

 その時自分の肥満体型を見て、現実に引き戻される。

 そう、ゲームの中ではエリート。だが、学校では不登校で引きこもりのスクールカースト底辺以下の存在……それが僕、工藤 海豚(いるか)の立ち位置だった。

 あれは何年前だったか。幼い頃に幼馴染に告白した。そして、こっぴどくフラれた。さらには自分に告白したことを学校中に言いふらされた。学校に僕の居場所はなくなった僕は、そのストレスで暴飲暴食を繰り返してしまい、結果この体型に。さらに人から嫌われていった僕はついに学校へ行かなくなり、不登校生徒と認定された。

 そして現在。なんとか出席数に超甘い高校に入って卒業まではしたものの、ほぼずっと家で過ごしていた僕に学も経験もあるわけがなく、進学試験も就職試験も全滅。ついに今年4月、めでたくニートの仲間入りを果たすこととなったのだった。

 僕は、すっかり人生に諦めていた。どうせ自分みたいな無能男が社会に役立つことなんてない。だったら頑張るだけ無駄だ……そう考えた僕は開き直ってニート生活を満喫していた。

 暗い部屋で一人、一日中ゲームに熱中している。そんな自堕落な生活に慣れてしまった僕は今日も部屋にこもっていた。自分が今後、社会に出る姿なんて、想像できないままに……。

 そんな時だった。

「……げっ、あのプラモ、今日発売日じゃん」

 ふと、そんなことを思い出した。

 現在放送しているアニメに出てくるロボット。事前レビューではかなり出来がいいと聞いて期待していたが、予約するのをすっかり忘れていた。

「えっと、通販サイトでは……うわ、一か月待ちかぁ……」

 サイトを見るに、残っているのは転売価格の商品のみ。そんな商品の羅列に嫌気が差した僕は、腕を組み少し考える。

「……店に買いに行くか」

 プラモは欲しい。けれど、1か月も待てないし転売品を買うお金もない。

 となれば、店舗で購入した方が圧倒的に楽という結論に至った。

「はぁ、面倒臭いなぁ……」

 そう言いながら僕は家を出て、自転車のストッパーを上げる。

 そして近所のプラモ屋へ向かって、いそいそとペダルを漕ぎ始めたのだった。


 ……それが、運命の出会いに繋がるとは知らずに。



第1章


 しょっぱい風が海岸線から吹いてくる。

 今日の桜海市の海は、どうやら少し荒れているらしい。少し曇った空を見上げ、僕はそんなことを思いながらプラモ屋へ向かって自転車を漕いでいた。

「ねぇ、あれ……」

「あぁ、工藤さんとこの……」

「ぅ……っ」

 昼間のこの時間なら目立たないと思ったが、逆に近所の人たちの目に留まっている気がする。やはり、通販で買えばよかっただろうか……そんなことを考えながら砂浜沿いの道路を自転車で走っていた時だった。

「おい、誰かーッ! 女の子が溺れているぞーッ!」

「……えッ!?」

 突然の声に、僕は思わず浜辺の方を見やる。

 少し高いところにある道路から海の方を見ると、確かに一人の女の子が海の真ん中に投げ出されていた。

 まずい。このままじゃ沖に流されてしまう。

 そう思った僕は海岸へ向かって駆け寄っていく。

「た、助けて……がっ、ぁぶ……助け……ぷはっ、はぶっ、あぶぅ……ッ!」

 少女の悲痛な叫び声が、浜辺にいる僕へ届く。

 駄目だ。このままじゃ救急隊が戻ってくるまで間に合わない。

 明らかに事態は切迫していた。荒れた海、今にも雨が降りそうな天候……その全てがあの子の命を奪おうとしている。

 もう時間がない……そう思った瞬間、僕は――

「……うわぁあああああッ!」

 海に、飛び込んでいた。

「わあぁっ、あぁっ、ああぁあああ……っ!」

 僕は無我夢中で手を動かした。荒れる波を裂き、足をバタバタさせて前へ進む。

 明らかに泳ぎが下手な僕のクリールもどきは、しかし確かに僕を少女の下へ送り届けていた。

 ザブゥッ、ザブゥゥ……ッ!

 そうしてしばらくした時……僕は、ついに波に揺られる少女の下へとたどり着くッ!

「はぁ、はぁ……あぁっ! つ、捕まって……ッ!」

「! ぅ、ぁぁ……っ!」

 そして少女は……僕の手を握った。

「ぁ、ぁぁ……っ!」

「よしよし、大丈夫、もう怖くな、ぁぶっ……っ!」

 だがその瞬間、波が僕らを呑み込む。

 その時、ふと海の中を覗いてしまい……僕は、戦慄した。

 昏い。そこはまるで宇宙よりも暗く、まるで夜の中のようであった。それでいて今海の中にいるからか、全身に重い水がまとわりついて、思うように動くこともできない。

 それは、まるで闇が具現化したような世界。僕らの手足を引っ張り、海底へ引きずり込んでいく感覚に襲われ……地獄とはこういう世界を言うのかと、どこか冷静に考えてしまう。

 そしてその深淵を覗いてしまった瞬間、僕の身体は硬直する。勝てない。こんな海に、僕なんかが勝てるわけがない。

 まるで蛇に睨まれた蛙のように固まってしまった僕は、そのまま海の中へ引きずりこまれていく。それに気づいて一生懸命藻掻くも、身体はどんどん海底へ向かって沈みこんでいってるのがわかった。

 嫌だ。死にたくない……僕は、あまりの恐怖に叫ぼうとした。

 けれど、その瞬間――

「ぅっ、ぐす……おじちゃん、助けて……」

「ッ!」

 少女の声が、小さく僕の耳に響いた。

 それでやっと、僕は正気に戻った。

「っ……つ、捕まってて!」

 そう言って少女の手を握ったまま、僕は空いてるもう片方の手で一生懸命水を掻いていく。足も精いっぱいバタバタさせて、どうにか浜辺へ向かって泳ごうとする。

 あまり前に進んでいないのはわかっていた。身体に力は入っていたし、そもそも片手でしか水を掻けないのだ。助かる可能性は……限りなく低い。

「ぅぁっぷっ、ぶぱぁ……っ!」

 それでも僕は、前へ泳ぎ続けた。せめて、この子だけでも生き残らせないと。そうしないと、僕は絶対に後悔する。そう思ったから、浜辺へ向かって泳ぎ続けた。

「ぅぁ、あぁ……っ!」

 けれど、やはり限界があった。そうだろう。僕は屈強なライフセーバーではない。ただの引きこもりだ。

 でも、それでも僕は彼女を助けたい……助けたいんだ……何があっても、彼女を……

「ぅぷっ、ぷぁ……っ」

 ……頼む。もう少しだけ頑張らせてくれ。

 これじゃ助からない。この子の命が助からない……頼む。あと少しだけでいい……僕に命を救わせてくれ……彼女の命を、救ってくれ……。

 頼む。頼む。頼む……か、らぁ……ッ!

「ぷぁ……っ、だ、誰か……この子を、助けてくれえぇぇぇぇぇッ!」

 そう、僕は誰かに向かって祈った。


「大丈夫、あなたも助けてあげますッ!」


 ザバァァァァンッ!

 その時だった。

 海底が上がる。突然、さっきまで海だった場所が陸地に変わる。

 なんだこれ。奇跡でも起こったのか……そう視界が揺れる中で、僕はあることに気づく。

 違う。これは陸地じゃない。手だ。鋼鉄で出来た、黒い手だ……。

「よかったです、間に合ってッ! この子が立てるぐらい浅瀬にきてくれて助かりましたッ!」

 そう言われて僕は後ろを振り向く。

 そこにいたのは……

「もう大丈夫ですッ! あなたはこの私が掬わせていただきました……この、マーメイドが」

 黒く輝く、巨大なロボットだった。


 ……


「……はっ!」

 そして、僕は起きた。

 さっきのは……夢なのか?

「……ははっ、そうだよな。あんなことが現実に起きるわけ……」

「いいえ、現実よ」

 突然声がして肩を震わせた僕が振り向いた方にいたのは、白衣を纏った一人の女性。

 気だるげに開いた瞳でこちらを眺める女性が、煙草を吸いながらこっちを見ていた。

「おはよう。よく寝たわね」

「え、あ、え……?」

 そして、やっと気づいた。どこだここ。僕はいつの間にか知らない景色の場所にいた。

 白い天井はどうやら医務室のようだが、その窓からは海が見えた。穏やかに凪いだ海は、さっきまでの嵐がまるで嘘のようで……

「ッ! そ、そうだ! あ、あの子、あの女の子は……」

「心配しなくても無事よ、あなたのおかげでね。全く、シケの海に飛び込むなんて無謀な人ねぇ、命を取り留めたのは本当に奇跡よ」

 その言葉を聞いて、僕は腰が抜けてベッドに座りこんだ。刹那、大きなため息が出る。

 よかった。生きてたんだ。そうわかった瞬間、胸の奥から安堵感が湧き上がってきた。

「それで、ちょっと君に話があるんだけど……」

 バァンッ!

 瞬間、医務室の扉が激しく開いた。

「四宮先生ッ! あの人は眼を覚まし――」

 そして現れたのは……黒髪のポニーテールをはためかせる、一人の美少女だった。

「よかったぁぁぁッ!」

「グフゥっ!?」

 そして、体当たりしてきた。

「心配だったんですよ、あんな状態で運ばれてきてッ! 心肺停止状態、胃には海水がたっぷりッ! 本当に生き残れたのが不思議なくらいですッ!」

「今また死にかけてるけどね」

「ふぁっ! ご、ごめんなさいッ!」

 そうしてやっと離れてくれた少女の下敷となっていた僕は、お腹に喰らった衝撃に立てなくなっていた。

 でも、柔らかい身体だったなぁ……そんなことを考えていると、少女は改めてこっちを見た。

「えっと、自己紹介がまだですよね! 私、蒼海 大和(あおみ やまと)18歳ッ! この春に 深海防衛女学校へ赴任してきましたッ! よろしくお願いしますねッ!」

「あ、はい……工藤 海豚、あ、18歳です……よ、よろしく……」

「18歳ッ!? 嘘、思ったより全然若いッ! ていうか同い年ッ! 私40は行ってると思っちゃってましたッ!」

「えぇ、私もよ。身元が判明するまでずっと年上だと思ってたわ」

 ぐぅ、好き勝手言って。

 まぁ老け顔なのは否定しないけど……。

「さて、それで人も集まったし、ちょっと話をしましょうか」

「え……話、ですか?」

「単刀直入に言うわ……海豚君、この深海防衛女学校へ入ってくれないかしら?」

「……」


「……ええぇッ!?」


「ま、待って下さい、なんで僕がこの学校に……!?」

 し、しかも女学校ということは女子校じゃないか……ッ!

「簡単な話よ。ウチ、今すっごく人手不足なの」

「ひ、人手、不足……?」

「ええ。まずあなたが助けたロボット、あれがなんだかわかる?」

「えっと……わかりません」

「そうよね。だってあれは政府が極秘開発してきたロボットだもの」

 そう言って 先生と呼ばれた女性は席を立つ。

「数年前、この国であるロボットが建造された……それがマーメイド。海底資源発掘用として作られた、超困難環境適応汎用型ロボットよ」

「マー、メイド……」

「そう。そのロボットは私の姉が開発に関わっていてね……詳しい開発経緯は省くけど、そりゃあもう傑作と言われるほどのロボットができたわけ」

「はぁ……」

「でも、そんなロボットを他国が放っておくはずがなかった……兵器でないことを証明するのと引き換えに機体情報を開示することを要求され、さらには他国へコア技術が流出することとなったわ」

 うわぁ……なんて生々しい話だ。

「そして我が国は憲法との兼ね合いで開発にブレーキが掛かり……最近になってやっと開発にゴーが入ったわけ。それでまだまだこの国においてマーメイド産業は赤ちゃん同然。だから少しでも優秀な人材が欲しいわけ」

「そこで現れたのがあなたですッ!」

 そう言って蒼海さんと名乗った子は手を握る。

「先ほどの勇敢な救出劇、感動しましたッ! あなたこそマーメイドの隊員となるべき御方ッ! ぜひ私たちと一緒にこの国のために働きましょうッ!」

「え、え、え……」

 そう目を輝かせて言われても、僕は勉強も運動もできないし……

「というかこれってつまりは軍隊……みたいなものですよね? 僕、そんな軍人みたいなことは出来ないんですけど……」

「いえ、そこは大丈夫よ。っていうか、そこにあなたの適性があったの。これを見て」

 ブゥン……

 そこに映ったのは……僕の、体脂肪データだった。

「ひょええええええッ!? 何を映してるんですか!?」

「落ち着きなさい。確かにこのデータは一般女性だったら一発でヒくデータよ。でもここでは違うの」

 そこまで言わなくても。

「海において、筋肉とは確かに重要視されるデータです……ですが、それも海中では錘になるだけ。深海内での気圧変化はパワードスーツによって解決できましたが、海中からの浮遊率は以前筋肉よりも脂肪の方が大きいのです」

 そう言った青海さんは、さらに僕の手を強く握る。

「その点海豚さんは素晴らしい才能を持ってますッ! 体脂肪率が50%と非常に高いため水に浮かびやすいッ! 故に生存率が高いッ! そして何より、人を助ける勇気があるッ! 正に、マーメイドに乗るために生まれてきた御方ですッ!」

 蒼海さんはさらに目を輝かせる。その瞳はまるでヒーローを見る子供のようだ。

「あなたにとっても悪い話ではないわよ。だってその年で無職なんでしょう? ウチに入った方が親御さんも喜ぶし、衣食住も保証される。給料までもらえるわ。まるで天国のような職場でしょう?」

 四宮先生の言うことはその通りだ。でも、あまりにも美味し過ぎる。きっと何か裏があるはずだ。

「……あの、ちなみに生存率とかって……」

「ピュ~ヒュルルルヒュ~♪」

 ほらやっぱりヤバいッ!

「はぁ……だからこそウチは生徒数が少ないの。本来は3人でチームを組むことになってるんだけど、この子は余り組でね……でもあなたが入ればちょうど3人チームになれるのよ」

「はい、だから入りましょうッ! 海豚さんのような方がチームメイトなら、私も安心できますッ!」

「う……っ」

 そんなキラキラした目で見つめられると、こっちも断りにくい。

 確かに無職で無能な僕にとっては美味しい話だ。でもさっきの話を聞く限り、かなり危険な仕事であることは間違いない。給料だって明示されてないから怪しい気がする何より、軍隊のトップダウン式って絶対無理だし……。

 考えれば考えるほどこんなブラックな世界、僕には無理な気がしてきた。こんな自分が求められること初めてだけど、失敗した時が怖いし、やっぱり止めよう。

 そう思って僕が断ろうとした瞬間……

「待ちなさぁいッ!」

 バァンッ!!!

 またも、勢いよく扉が開いた。

 そして姿を現したのは……ツリ目でこちらを睨む、金髪のツインテールをした女の子だった。

「私はこんな男がウチのチームに入るなんて認めないわ、絶対にッ!」

「アリスちゃん、どうしてですか!? あなたも海豚さんが人を助けるところを見たでしょうッ!」

「あんなのただ溺れてただけじゃないッ! こんな男じゃ絶対にマーメイドの乗員は務まらないわッ! 私は絶対に反対よッ!」

 え、今僕断ろうとしてたんだけど……

「大体、こんなのただの脂肪の塊じゃないッ! こんなの纏った男が、どうやったらマーメイドの乗員になれるっていうのよッ!」

 さらにそこに 先生が口を挟む。

「……では、勝負をしましょう。アリスと海豚君でマーメイドに乗って戦うの。そして海豚君が勝ったらウチの学校へ入学、アリスが勝ったらこの話はなしってことで」

「え、ちょ、待っ……」

「ふん、望むところよッ! 絶対に私が勝ってあんたを追い出してやるッ! それじゃ、ハンガーで待ってるわッ!」

 そう言ってアリスと呼ばれる少女は医務室を出ていった。

 そして蒼海さんがこちらを見つめる。

「おぉっ、勝負ッ! いいですね、私燃えてきましたッ! 海豚さん、絶対勝ちましょうッ! 勝って私と一緒にチームを組むんですッ! ふふ、よろしくお願いしますねッ!」

 そこまで言って蒼海さんも外へ出て行った。

 僕は四宮先生の方を振り向いて見つめる。

「……テヘペロ♪」

 やっぱり計算ずくかこの人ッ!

 こうして僕は、なし崩し的にマーメイドへと乗ることになるのだった……。


 ……


『三人共、定位置に着いたわね』

 船内から通信を経て、 先生の声が響く。

『そんなに緊張しなくてもいいわ。船と言っても基本の運転の仕方はさっき教えた通りだから』

 そうは言うが、初めて乗る船だ。緊張しないわけがない。

 だが、四宮先生は言葉を続ける。

『形式は一対一形式。装備はダミー魚雷3発に迎撃用の模擬弾一式で、先にダミー魚雷を相手へ当てた方が勝利よ……それじゃ、始めるわね』

「はいッ!」

「ひょうわぁッ! あ、蒼海さん、その、お……おっぱいが……ッ!」

「大和で大丈夫ですよ! それに海豚さんのためならこのくらい、全然恥ずかしくありませんッ!」

「そうじゃなくてッ!」

『では行くわ……3、2、1……状況、開始!』

 瞬間、大和さんがスクリューを回す。

 それと同時に、潜水艦マーメイドが、海の中を進み始めたのだったッ!

 ……

「すごい……音がしない。深海ってこんなに静かなんだ……」

「しッ! 静かにして下さいッ! 声が聞こえてしまいますッ!」

「え? でも深海なんだから音は聞こえな……」

 ピーッ、ピーッ、ピーッ、ピーッ、ピーッ!

「いッ!?」

 瞬間、警報音が船に鳴り響く。

 もしかして……狙われてる!?

「まずいッ! アリスちゃん、もう魚雷を撃ってきた……ッ!」

「で、でもどうしてこっちの位置が……」

「『音』ですッ! 潜水艦の中の音でも壁を通して外に響いてしまいますッ! そして海では音が地上よりも大きく響くッ……アリスちゃんはそれを察知してこちらの位置を割り出したんですッ!」

「な……」

 そんな、たったあれだけの音で?

 僕は潜水艦というものを舐めていたかもしれない。たったこれだけで敵に位置がバレてしまうなんて……というか、このままじゃ沈没するッ!

「ど、どうするの大和さんッ!?」

「とりあえず変形しましょうッ! こちらの位置はさらにわかりやすくなりますが、魚雷の迎撃はしやすくなるはずですッ!」

「わ、わかった……ッ! え、えっと変形は……」

「その右上のレバーですッ! それを思いっきり引いて下さいッ!」

 そう言われて僕はレバーを握りしめる。

 ロック解除のボタンを押して……思いっきり手前へ引くッ!

 ガチャッ!

「ッ!」

 瞬間……操舵室が思いっきり揺れるッ!

「うわわ……ッ!」

 それと同時に船が変形を始める。

 戦艦の船底の部分が前にせり出す。それと同時に船尾が足へと変わり、ブーストスクリューが大きな唸りを見せる。

 背中へと格納されていた腕部が両肩へと接続される。瞬間、腕とイントラネットが接続しこちらのコントロール下に置かれ、指が軋みを上げて動く。

 そして操舵部分が胸部に沈み……それに押し出されるように、頭部がせり出されるッ!

「頭部、コントロール完了ッ!」

 それを表すように、頭に接続されたウェーブキャッチアイがキラリッ、と光るッ!

「変形完了……マーメイド、ヒューマノイドモードッ!」

「お、おぉ……これが、マーメイド……ッ!」

 確かに人魚だ。足こそ付いているが、頭に装備されたエラ型の推進器が海水を切る。その優雅な姿は、確かにマーメイドと呼ぶに相応しかった。

 そして、変身を終えたマーメイドが装備された銃を前へ向けるッ!

「さぁ、海豚さんッ! 後は任せましたッ!」

「うん、わかっ……ええぇえええええッ!?」

「海豚さんは銃火器担当ですッ! 機体制御はこちらで行いますから、安心して魚雷に集中して下さいッ!」

「そ、そんなこと言われても……」

「大丈夫ッ!」

 そう僕の言葉を遮ると、大和さんはおっぱいを僕の肩に乗せたまま笑う。

「海豚さんなら、きっとできますッ!」

「……ッ」

 その笑顔に、僕は何故か心が高鳴った。

 大和さんの笑顔を見てると安心する気がして……いつの間にか、操縦桿を握る手の力が、緩んだ気がした。

「……行くよッ!」

 そうして、僕は上から降りてきたカメラを被った。

 刹那、視界に広がる景色は、音波の計測を元に作り上げた、疑似視界。周囲の音の反射を元に作り上げたその世界は、思った以上に視認性がよかった。

 ピーッ、ピーッ、ピーッ!

 そして、警告音の鳴った方向を見やる。すると、魚雷がこちらへ向かってくるのがわかった。

「え、えっと、サイトに魚雷を入れて……ッ!」

 僕は落ち着きながら銃のスコープを魚雷に合わせる。落ち着け、ブレたら弾が外れるぞ……ッ!

 そう自分に言い聞かせつつ、息を吐く。そして一瞬の間にロックオンがかかったことを確認すると……僕は一気に、トリガーを引き絞ったッ!

 ダンダンダンダンダァンッ!

 そして、マーメイドが持つ銃から、銃弾型魚雷が発射される。小さな泡沫を立てながら魚雷へ向かっていった銃弾は……海水に震動を与えると同時に、大きく爆発したッ!

 ドォオオオオオンッ!

「ナイスですッ! 流石海豚さんッ!」

「あ、ありがとう……あっ」

 そして、この時になって僕はやっと気づいた。僕が魚雷に集中してる間、彼女が何も声を発さなかったことを。

 多分僕の集中が乱れることに気を使ってくれたのだろう……その気遣いが感じられた瞬間、僕の気が引き締まった気がした。

「あ、機影発見しましたッ!3時の方向……魚雷、行けますッ!」

 その言葉に、僕は大きく頷く。

 見るとこちらの音波の視界でもうっすら見えるほどには近づいている……確かに、狙うなら今だッ!

「了解ッ! 魚雷、用意……発射ッ!」

 そして、僕はマーメイドの構えた腕から魚雷を発射する。それも2発。射出された魚雷は互いに交差をしながら海水を切り裂き、アリスさんの乗るマーメイドへと向かうッ!

「ッ!」

 その様子を、視界がウェーブキャッチアイが捉える。

 アリスさんの乗るマーメイドは、まるで2発の魚雷と社交ダンスを踊るように優雅に避ける。そして背面へ回り込むと発射基部の部分へ向かって銃弾を撃ち込んだッ!

 それにより誘爆した魚雷が大きな飛沫を上げる。そう、こっちの魚雷が破壊されたのだ。それも、2発同時に。

 なんて操作技術だ。彼女の操作技術に思わず感嘆の声を上げそうになる。

「えッ!? 海豚さん、横から魚雷が来ますッ!」

「ッ!?」

 しまった。アリスさんに気を取られて魚雷に注意してなかったッ!

 僕らは慌てて旋回をする。だが、間に合わない。アリスさんのように避けられなかった僕らの眼前に、魚雷が迫るッ!

「く……ッ!」

 そして、ここで焦りが出てしまった。

 操作系統を魚雷射出の状態のままにしていた僕は、迎撃用の銃ではなく間違えて魚雷を発射してしまったッ!

「ッ! しまっ……」

 ドォオオオオオオンッ!

 大きな爆発音とともに、激しい衝撃波が僕らを襲う。

 ダミーとはいえ威力の高い魚雷同士の衝突に、僕らのマーメイドはその爆発に巻き込まれてしまった。

 それにより、大きく船内が揺れるッ!

「うぁあああああッ!」

「きゃあああああッ!」

 操舵室内に僕らの叫び声が木霊し、上下がめちゃくちゃになる。

 まるでミキサーの中に突っ込まれたような衝撃に……僕は全身を操舵室内にぶつけてしまう。

「……勝負ありね」

 そしてやっと揺れが収まった頃、アリスさんが通信を行ってきた。

「これでそっちの魚雷はなし。魚雷で仕留めた方が勝ちである以上、あんたたちに勝ち目はないわ。まぁ、ここまでやれたことは褒めてあげるべきでしょうけど……これで終わりよ」

 それは、全く非の打ちどころのない論理めいた言葉だった。

 アリスさんの言う通り、僕らにはもう魚雷がない。『魚雷をヒットさせた方が勝ち』というルールである以上、もうどうしようもない。

 ここは素直に降参した方がいい……そう僕が思った瞬間。

「……ぅぅ、ぐすっ……」

 大和さんの泣く声が、耳に入った。

「や、大和さん……?」

「ご、ごめんなさい、海豚さん……私がもっと魚雷に注意していれば……」

 なんでそんなことを言うんだ。そもそも僕が迎撃に魚雷を使わなければ済んだ話なのに。

「わ、私、私のせいで、海豚さんがぁ……」

 瞬間、感じた。

 この子は、まっすぐなんだ。どこまでもまっすぐで、だから自分が悪いと思うとここまで凹む……悪い方向に、何でも考えてしまう。

 そんな彼女の姿に……僕は、心が詰まった。

「……っ」

 僕はここで負けてもいいんだ。だってよく考えれば買ったら軍隊入りなんだ。そんなキツい人生を歩むより、ニートをしていた方がずっといい。

 そうすれば誰にも迷惑が掛からないし、この子にだって、迷惑が掛からない。それが、一番正解なはずなんだ。

 ギュ……ッ

「……でも、それじゃダメなんだ」

 僕はいつの間にかそう呟いていた。そして、操舵幹を握りしめる。

「 さん、やろう」

「え……で、でももう魚雷は……」

「それでも、最後までやろう。やってみなきゃ、わからないかもよ」

 そうじゃないと、 さんは絶対に後悔する。僕なんかのために、ずっと心にしこりが残ってしまう。

 それだけは……絶対に、嫌だ。

「諦めちゃダメだ……僕も、最後まで頑張るから」

 僕を褒めてくれた大和さんには……笑顔でいて欲しいから。

「……い、海豚さん」

「きっと、きっと何かあるはずだ……何かが……」

 考えろ、考えるんだ。

 そうだ、だっておかしいだろう。もしこれで僕が勝てないなら、もうこの闘いは終わってもいいはずだ。なのに、まだ勝負は続いている。

 つまり、まだ逆転の手があるということ……それを探し出せば、きっと――

「ッ!!!」

 そして、思いついた。

 この勝負での……逆転の一手が。

「大和さん、耳を貸して」

「え、どうして……」

「思いついたんだ……ここから、勝てる方法が」


 ……


 それからしばらくして、また通信が入った。

「どうやら、最後まで勝負する気ね……潔いっていうつもりはないわよ。どうせ、これでお別れなんだからッ!」

 その言葉と同時に、魚雷がまたも発射される。

 わかる。これはしっかり僕らをロックオンして打たれたものだ。避けきれるはずがない。

 シャアァァァ……ッ!

 それでも、僕らはスクリューを回し、魚雷を避けた。紙一重で避けた魚雷の波が、僕らのマーメイドの船体へと響く。

「くっ……!」

「行くよ、大和さんッ!」

 そして、僕らは魚雷から遠ざかるように前へ進んだ。海水を蹴って、船体で波を切りながら海の中を駆け抜ける。その後を追うように、魚雷がこちらへと再び向かってくるッ!

「はんッ! 避けたって無駄よ! 私の魚雷はどこまでも追いかけてくるんだからッ!」

「ぐぅ……ッ!」

 その言葉通り、魚雷が背後から迫ってくる。ほぼ最大船速にも関わらず、魚雷はこちらへとしっかりついてきている。このままではダメだ……ッ!

 そう思いながらも僕らは逃走を続ける。まるで魚雷と追いかけっこをするように、戦闘区域全体を逃げ回っていく……ッ!

「くぅ……ッ! 海豚さん、もうこれ以上は……ッ!」

「あと少し、あと少しだけ堪えてくれ……ッ!」

 大和さんならできる、出来るはずだ……だって……

「僕を助けてくれた大和さんの操舵技術なら、きっと出来るはずだ……ッ!」

「……ッ!」

 僕がそう告げた瞬間、大和さんの操舵にキレが戻る。

 魚雷との距離がまた開く。そしてその時……ついに、こちらの作戦の範囲に入ったッ!

 よし、これなら行ける……ッ!

「大和さん、今だッ!」

「ッ! はい、行きますッ!」

 大和さんが大きく舵を切る。それと同時に、僕はマーメイドの手に持つ銃をアリスに向かって発砲したッ!

「ッ! 何よ突然ッ!」

 その通信の言葉と同時に、アリスが避ける。

 弾速は魚雷よりも銃弾が早く、当たればただでは済まない。だが不意打ち気味の発砲であっても、アリスは的確に回避ルートへ入り銃弾をしっかりと避けたッ!

「ちっ、一体何のつもり……」

 そう彼女が言葉にした瞬間……

「ッ!」

 僕らは、彼女のマーメイドの眼前へと迫っていた。

 シュシャアァァッ!

「しまっ……!」

 そして彼女へ向かって、近接戦闘用のブレードを突きつけるッ!

「はぁあああッ! 行っけぇぇぇぇぇッ!」

「くっ……舐めるなぁッ!」

 だが、瞬間……彼女の機体が、大きく後ろへ仰け反ったッ!

「な……ッ!」

 そして前へ突っ込むように前傾していた僕らは……そのまま、彼女の眼前を通り過ぎていった。

「よし……ッ! ふん、こんな卑怯な手に出るなんて見損なったわッ! やっぱりあんたはマーメイドに乗る資格が――」

 だが、その瞬間。

「え――」

 彼女の眼前に……魚雷が迫った。

 ――ドガァアアアアアアアアアアアアアアンッ!

「――きゃあああああああぁあああッ!?」

 そしてアリスさんのマーメイドに、魚雷が衝突した。

 刹那、巨大な衝撃波が僕らを包むッ!

「くぅ……っ!」

「ぐッ……!」

 またも僕らはその波に呑まれる。

 だがそれ以上に……直接爆発に巻き込まれたアリスさんの機体は、そのまま動けなくなるほどの大きなダメージを負ったようだった。


 ……


 そしてしばらくして、アリスさんの機体は海面へと浮かんできた。

 それと同時に、アリスさんは勢いよく船体から出てくる。

「ちょっと四宮先生ッ! あんた低出力魚雷使ったでしょう! あんな馬鹿みたいな威力の魚雷食らわせるとか、頭にウジ湧いてんじゃないのッ!?」

「まぁ酷い言いぐさ。私はただこの勝負を盛り上げようと思っただけなのに……よよよ」

「うっさいッ! こっちはあんたのせいで死にかけたんだからねッ!」

 そんな言い合いをしてる二人を、先に陸へ上がってきた僕らはただ眺めていた。

「……さ、これであなたも私たちの仲間ね」

 そしてアリスがまだぎゃーぎゃー言ってる中、四宮先生はこちらを向いてそう告げた。

「……みたい、ですね」

 僕は渋々とそう告げた。

「安心なさい。あなたの操作適正はばっちりよ。まさか初めてであそこまでしっかり魚雷を打てるだなんてね。予想以上の掘り出し物だわ」

 そして、先生は息を吐く。

「さぁ、それでは海豚君、この桜海防衛女学校の医務兼理事長として告げるわ……あなたをこの学校へ編入させます。そしてチームG……つまりこの二人と共にマーメイドに乗り、この国の平和を守りなさいッ!」

「……はぁ……」

 僕はもう頷くしかなかった。成り行きとはいえ、アリスさんに勝ってしまったのだ。これじゃもう、この学校に入るしかない。

 この年でまた学校とは……そう肩を落としていると、大和さんがその肩をたたいてきた。

「海豚さんッ、おめでとうございますッ! 学校生活、楽しみですねッ!」

 そういって大和さんは笑顔を向けてくる。

 その笑顔は……さっき、僕に向けてくれた笑顔だ。

「そして、一緒のチームですッ! ふふ、これから楽しくなりますねッ!」

 そう言ってジャンプする彼女に、僕は苦笑いが漏れ出る。

 そして、改めて大和さんに向き合って伝える。

「あの、 さん……これからもよろしくね」

 そう言うと、 さんはまたも笑顔になる。

「はい、これからもよろしくお願いしますね、海豚さんッ!」

 そして、僕の今更ながらの学校生活が始まった。



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④海底資源争奪戦withロボット 未来おじさん @future_kun

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