040 ギルドにて。
王都に比べれば劣るが、交易都市であるギルバディアには多くの冒険者が集まる。
新たな武具や魔道具の入手、回復薬等の冒険者には欠かせないアイテムの補給が容易いからだ。また、この街のアクセスの良さも冒険者にとっては魅力の一つだろう。
必然、冒険者ギルドの外観もかなり大きく立派なものである。
「……あのぉ、一つだけいいですか?」
「なんだ」
僅かにだが、外に居ても分かるほどに中からは酒と食べ物の匂いが漂い、笑い声が聞こえてくる。
エレオノーラと別れ、ルーク達は今正しく『冒険者ギルド』の目の前へとやって来ていた。いざ中へ、という時になって声を上げたのはザックだった。
「その……ご存知かと思いますが、たまに元貴族の奴もいるんですが、ほとんどの冒険者は俺と同じで平民です。もしかしたら、ルーク様に無礼を働く奴がいるかもしれません。……できれば、多少のことは大目に見てもらえると……」
「ふむ、良いだろう」
「──えっ」
ルークが呆気なく承諾したことに、ザックは思わず驚きの声が漏れた。
「ん、なんだ。まだ何かあるのか?」
「い、いえ……それだけです。ありがとうございます」
ダルキンの鍛冶屋にて、ザックはなんだかんだルークの要望に応え、混沌を極めたあの場を収めた。そして、何故か感じる妙な親近感。
幸か不幸か、ルークはそれなりにザックを気に入っていたのである。
「ならば中へ入るぞ。案内しろ」
「わ、分かりました」
ザックは少しだけ止まり、心から願う。
(面倒事が起こりませんように……ッ!!)
意を決し、中へと入った。
ザックにとっては見慣れた、ルークにとっては初めての景色が広がった。
「ダッハッハッハッ!! ん、おうッ!! ザックじゃ──」
そこかしこに鎧を身につけた者たちが屯している。ギルドの中には酒場が併設されており、とても賑やかなものだった。
しかし、ザックに続いて入ってきた人物を見て、そのざわめきはピタリと収まる。
この街で、ギルバート家の嫡男たるルークを知らない者はいない。なぜこんなところにいるのか、という疑問を誰しもが抱く。
そしてそれ以上に──冒険者たちに刻まれたトラウマを呼び覚ました。
「キィィイイイヤァァアアアアッ!!!!!」
「え、えぇッ!? モッケル!?」
突然一人の冒険者が発狂し、逃げるように奥の部屋へと走り去ってしまった。
「……なんだ」
「いや、なんでしょうね……お腹でも壊したのかなぁアイツ。馬鹿ですねぇほんと、アハハ……」
ザックの乾いた小さな笑い声が、静まり返ったギルド内にはやたらと響いた。
だが、彼は知っていた。今逃げ出したモッケルという人物がこの街では名の知れた、Aランク冒険者であることを。
そして約三年前、自身と同じようにルークによって自尊心を粉々に打ち砕かれ、トラウマを植え付けられた被害者の一人であることを。
(……強く生きてくれ、モッケル)
ザックは心の中で黙祷を捧げた。
「あ、あのぉ……ザックさん。今日はどういったご用件で……」
その時、料理を持ったまま硬直していたウェイトレスの女性が、ザックに声をかけた。
チラチラとルークとアルフレッドを見ながら。
「実は、ルーク様の冒険者登録を──」
『──えぇッ!?!?』
ザックが恐る恐るそう呟いた瞬間、声をかけたウェイトレスのみならず、この場に居るほぼ全ての者が驚愕した。
「す、すぐにギルマスを呼んできますーっ!!」
持っていた料理を適当なテーブルに置き、ウェイトレスは慌てて奥へと走り出し、そのまま階段を登っていった。
「…………」
「……ひぃ」
ルークの機嫌が少しずつ悪くなっていくのを鋭敏に感じとり、ザックは小さく悲鳴をあげた。
しかし、状況はさらに悪くなっていくこととなる。
「ガッハッハッハッ!! この街の冒険者は情けねぇなッ!!」
一人の大柄な男が立ち上がり、ルークの方へと歩いてきたのだ。同時に、アルフレッドの表情がほんの僅かに険しくなり、一歩、庇うようにルークの前へ出た。
(さ、最悪だあああああッ!!)
ザックは嘆いた。この街の冒険者はほぼ全員が顔見知りだが、その男はザックの記憶にない。
最近この街へやってきたのだろうということは、すぐに分かった。それに、そうでなければこんな馬鹿な真似をするはずがない。
「おいおい、貴族の坊ちゃんが冒険者になるだぁ? ガハハッ! 一体なんの冗談──」
その時、別の三人の男が同時に立ち上がり、猛ダッシュでルークたちの元へやって来た。そして──
「「「やめろおおおおおおおおッ!!!」」」
「──ボバフッ!!」
勢いそのままに、ルークに絡んできた大柄の男を殴り飛ばしたのである。
「…………」
ルークはうんざりしつつも、こういった状況に慣れ始めている自分に気づいた。
諦めにも似た感情と共に、溜息をついた。
「何考えてんだテメェはッ!!」
「何考えてんだ!! ガルルルルッ!!」
「え、いや俺はただ……」
「バカ! アホ! マヌケ! ふざけんじゃねぇよッ!」
「ふざけるな!! ガルルルルッ!!」
「えぇ……」
それからすぐ様、駆け付けた三人の男は振り返り。
「「「大変、申し訳ありませんでしたッ!!」」」
「…………」
示し合わせたかの如く完全に同じタイミングで、揃ってルークに頭を下げた。
「オラッ!! お前も謝らねぇかッ!!」
「イテッ!! ……す、すみません」
続け様に、大柄の男の頭をゴンと殴り無理やり頭を下げさせた。そして、そのまま引きずるようにどこかへ連れていく。その去り際、後から現れた三人の男のうちの一人が、ザックをチラリと見て静かに親指を立てた。
「お、お前ら……!」
その男たちは、ザックと特に仲のいい同僚冒険者たちだったのである。
実のところ、これは新米冒険者ならば誰もが通る伝統的な洗礼のようなもの。絡んできた大柄の男も、それに則ったに過ぎないのだ。
冒険者は命の危険が伴う。ゆえに、冒険者としてやっていけるかどうか、実力と共に度胸を試されるのである。
しかし、今回ばかりは相手を見誤ったと言わざるを得ないだろう。
ルークの反感を買えばただではすまない。それはこの街の冒険者にとって、もはや周知の事実であった。
つまり、駆け付けた三人の男たちは同じ冒険者のよしみで、この街に来たばかりのその大柄の男を庇ったのである。
「これはこれは! ルーク様! それにアルさ……ではなく、アルフレッド様! ようこそ冒険者ギルドへ!」
すると、またしても別の男が奥から慌てた様子で現れた。その男こそギルドマスター『ドルチェ・パンナコッタ』である。
「……それで、今回は冒険者登録ということでお間違いないでしょうか?」
「あぁ」
「かしこまりました。私が対応させて頂きます」
「…………」
(本来、冒険者登録や仕事の依頼をする場所であろうカウンターが目の前にあるというのに、なぜギルドマスターがわざわざ出てくる……俺が貴族だからか? 全く、面倒なものだ)
ルークは己の高貴な身分ゆえに起きる厄介事に、多少の鬱陶しさを感じた。
「それではこちらへ。別室にて、仕事内容や制度、報酬について説明させて頂きます。──ところで、ザックとはどういった……」
「うむ、しばらくはザックのパーティーに入る」
それは何気ないドルチェの質問に対する、何気ないルークの答え。
「……へ?」
ザックは「俺はこの辺で失礼します」と簡単な挨拶をして、こんどこそ本当にルークから逃げるように立ち去るつもりだったのだ。
ゆえに、その言葉を即座には理解できなかった。ゆっくりと、ゆっくりとその言葉の意味が脳内に染み渡っていき──
「ええええええええええええッ!!!!」
絶叫。魂の絶叫である。
反射的に、ザックは助けを求めて同僚の冒険者達の方を見た。しかし、大柄の男の件で助けてくれた特に仲が良い者たちを含め、この場に居る全員が一斉に目を逸らしたのだった──。
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