039 幼馴染み。
……やはり。
妙な光が剣に集約し、刃を持たない紛い物の剣が、真剣と同様かそれ以上の鋭い斬撃を放つ。
この魔力とは明らかに異なる力はなんだ……?
なんらかの重要な設定があった……気がしなくもないんだが。うむ、分からん。
最近はこの力を意識した剣の鍛錬を行っている。これこそがさらなる高みへと登る鍵であると、確信しているからだ。
実際、俺の剣はより速く、より鋭くなっている。──だが、まだだ。俺の剣はこんなものではない。もっと高みへ行ける。
クク……やはり剣は面白い。
「あのぉ……ルーク様。ちょっといいですかね……? ダルキンの旦那が話があるって──」
「──すまなかったぁぁぁぁぁぁッ!! 俺が、うぉぉん、俺が、まぢがっでだぁぁぁ。貴族っでだげで、だげで、俺はぁぁ……うぉぉぉぉん」
「…………」
ザックがこちらへ来たと思ったら、その奥からダルキンが猛ダッシュで現れ、そのまま泣き叫びながら地べたに頭を擦り付けた。
……気持ちが悪い。
「あぁぁぁ、申し訳ありません! 申し訳ありません! ダルキンの旦那は昔気質というかなんというか……その、話だけでも聞いてやってくれないでしょうか……? 俺からも、この通りです!」
「…………」
顔色を窺い、俺の機嫌が悪くなっていくのを感じ取ったからか、ザックはすぐさま頭を下げた。
……全く理解できないが、俺はこのザックという男が嫌いではない。いや、むしろ気に入っていると言ってもいい。
この取るに足らない男に、なぜか妙な親近感を覚えている自分がいるのだ。先程出会ったばかりだというのに……いや、一度手合わせしたことがあるんだったか。全く覚えていないが。
「それで──」
「この剣をどうか……どうか貰ってくれ!! 金なんていらねぇ!! 俺がどうしても使って欲しいんだ!!」
そう言って、ダルキンが俺に渡したのは一振の剣だった。黒い鞘に納まっているそれを抜けば、目に映るのは銀の輝き。だが、とてもそれだけでは言い表せない不思議な力を感じる。
今まで使っていたレプリカと剣身もさして変わらない。握り心地も良い。──うむ、素晴らしい。
「親父……コイツはミスリルだよな……? すげぇ、俺の剣より遥かに業物じゃねぇか。それに、ミスリルは硬度が高すぎて加工が難しいってのに……」
「あぁ、ザックの言う通りだ。黒竜の骨を芯に、ミスリルを加工して作った剣だ。鍔には黒竜の牙を、鞘には黒竜の甲殻を使ってある。正真正銘、俺の最高傑作だぜッ!!」
「こ、黒竜……!? どっから手に入れたんだよそんなもん!?」
ほう、黒竜。『色』を冠する竜か。
夏から始まる『魔物討伐実習』も楽しみにしていたというのに……忌々しい襲撃者め。
そんなことを考えながら、俺はダルキンから貰った剣を軽く振ってみる。手から伝わる確かな重さと、風を斬る音が心地いい。やはり、良い剣だ。
「──ダルキン、見直したぞ」
「お、おぉぉぉぉ……ありがたきお言葉」
「ありがたきお言葉ッ!? ダルキンの旦那が……敬語……だと」
コイツの無礼は到底許されたものではないが、良い仕事をするならば仕方ない。
許してやろう。俺は寛大だからな。
「だが、金は受け取れ。アルフレッド」
「かしこまりました」
「待ってくれ!! 金なんて俺は──」
「勘違いするな。この俺の為に、より良い剣を作れ。これはその投資だ。分かったな?」
「うぅ、うぅぅぅ……必ず、必ずやぁぁうわぁぁぁん」
「……おい、鬱陶しい。──ザック、どうにかしろ」
「また俺ですかッ!?」
今後より良い剣を作って欲しいというのも確かにあるが、それよりも借りを作ることが我慢ならん。
だから金を払うと言ったのだが……俺の足元で泣きわめく髭面の男を見て若干後悔している。
まあ、ザックに任せればいいだろう。
++++++++++
「えっと、すみません……俺らちょっと用事を思い出しちゃって、ここで失礼します。突然すみません。今日は本当、俺らの為にありがとうございました」
「……ありがと」
ダルキンの鍛冶屋を出てすぐ、カニスとフェーリスがそう言った。
「おう、そうか! いいっていいって! 今度は美味い飯屋に連れて行ってやるからな!」
ザックは特に引き止めることなく、二人を見送ろうとした。しかし、
「──待て」
「「…………ッ」」
ルークが引き止める。カニスとフェーリスは、それだけで心臓を掴まれたような思いがした。
「お前たちには聞きたいこともある。また、折を見て話そう」
「……かしこまりました、ルーク様。それでは、失礼します」
「うむ」
ルークの言葉はそれだけだった。今度こそ、カニスとフェーリスは去っていった。
「えぇーっと……俺もこの辺で……」
ザックもそれに便乗して去ろうとする。鍛冶屋に来て、ルークと出会ってからというものずっと息が詰まる思いだ。気を遣いっぱなしで胃も痛い。
ルークは大貴族であり、ザックは平民の冒険者。気を遣うなという方が無理な話なのだ。彼の感情は当然のものである。
「ザック、ギルドとやらに案内しろ。冒険者の資格をとる」
「……へぇ?」
ただし、ザックの望みが叶うことはなかった。
「……二度は言わんぞ」
「ひいぃ、すみません! 案内させていただきます!」
ザックに選択肢などあるはずもない。無駄だと分かっていても、チラチラとアルフレッドに目配せをしてみるが、鋭い眼光で睨み返されるのみ。
それによって余計に胃の痛みが増すだけなので、ザックはすぐに諦めた。人生、ときに諦めることも大事であると彼は知っているのだ。
(もう嫌だ……仲間たちの元に帰りたいよぉ……)
無言のまま冒険者ギルドへ向けて歩き始める。
それからはなんとも気まずい時間が流れた。普段であれば、ザックは何気ない会話で場を和ませるのは得意な方だ。
しかし、今回ばかりは喋らない方が賢明であると判断した。何が無礼となるか分からないからである。もし、些細なことでルークの反感を買ってしまえば最悪なんてものではない。
ゆえに、彼は黙ることを選んだ。
「え、あれは……」
「…………」
しばらく歩いていると、ルークたちの前方から数台の馬車が走ってきた。明らかに貴族のものだ。
それを見てルークは自らの記憶を辿ってみるが、クロードから来客の予定は聞かされていない。
そしてこの時、偶然にもルークとザックは全く同じことを思った。
(……嫌な予感がする)
(……嫌な予感がする)
ザックは切に願う。何事もなく通り過ぎてくれと。──だが、運命がザックを嘲笑うように馬車は止まった。
「……ゴドウィン家か」
ぽつりとルークは呟く。馬車のドアに飾られた家紋。それは、ギルバート家と並び貴族派閥の筆頭であるゴドウィン家のものだ。
そして、おもむろにドアが開かれた。
「久しぶりだな、ルーク」
「…………」
一人の女性が降りてきた。
その顔立ちはとても整ったものだが、どこか荒々しい雰囲気を纏っている。獅子の鬣のような黒き長髪、豊かすぎる胸。そして、女の身でありながらルークとほぼ変わらない長身。
好戦的な笑みを浮かべ、そのアメジストの瞳には傲慢の光を宿していた。
(デカいな……色々と)
ルークは見たまんまにそう思った。
「──エレオノーラ、か」
「嬉しいぞ。覚えていてくれたか」
彼女を直接見て、ルークは頭の中でバラバラだったパズルのピースが次々とハマっていく思いがした。──そう、知っているのだ。
(前世を思い出したあの時よりも昔の……『ルーク』の記憶。エレオノーラは──いわゆる俺の幼馴染みだ)
ルークが最初に引っかかりを覚えたのは、序列一位である彼女の名を見たときだ。
(……完全に思い出した)
ゴドウィン家とギルバート家は、クロードが野心を無くした為に関係が徐々に悪化していった。それまではルークとエレオノーラも交友があったのだが、必然的に会わなくなっていたのだ。
そして、ルークが剣術を学び始めたという噂が貴族の間で広まったことで、完全に疎遠となる。
「アルフレッドも久しぶりだな」
「お久しぶりでございます、エレオノーラ様」
「……二人に会えて私も嬉しいのだが──」
これまで穏やかだったエレオノーラの雰囲気がそこで一変した。
「平民と何をしているのだ、ルーク?」
「…………ッ」
できることなら、ザックは全力でこの場を逃げ出したかった。大貴族が二人。一人いるだけでも尋常ではないストレスだというのに、二人だ。
しかも今、明らかに良くない感情を向けられているのだから、たまったものではない。
(なんで俺ばっかりこんな目に遭うんだあああああッ!!)
間違っても声には出せないので、ザックは心の中でめいっぱい嘆きの声を上げた。
「お前には関係のないことだ」
「確かにそうだな。だが、私はルークがこれ以上自らの格を落とすようなことをして欲しくないんだ」
「……あぁ?」
「剣術を始めたと聞いたときは耳を疑ったぞ?」
ルークから恐ろしい程の怒りの雰囲気が漂い始めるが、エレオノーラはどこ吹く風。笑顔を崩すどころかさらに深めた。
(いぃぃやぁぁぁああああああッ!!)
この正しく一触即発の状況は、ザックにとってとても耐えられるものではなかった。嫌というほど冷や汗が出てくる。
「なァ、ルーク。私は一年でアスラン魔法学園のトップとなった。剣術なんてものをやりながら、お前はこの私を越えられるのか?」
「……クク」
ルークは静かに嗤った。
「今すぐにやってもいい。どうせ、結果は変わらんからなァ」
「……フフ、ハハハハハッ!! ──いいじゃないか」
エレオノーラの哄笑が響き、より一層危険な雰囲気に包まれる。獣同士が睨み合い、その喉笛に噛みつく機会を伺っているかのような緊張感がそこにはあった。だが──
「エレオノーラ、早くしろ」
「……はい、父上」
馬車から別の声が聞こえたことで、その息苦しい程の緊張感は霧散した。
「残念だが、またの機会としよう。ではまたな、ルーク」
「…………」
それだけ言うと、エレオノーラは踵を返し馬車へと戻っていった。
(……最後まで降りなかったな)
再び走り始めた馬車を見ながら、ルークは激しい怒りを覚えた。エレオノーラの父が最後まで馬車を降りなかったからだ。それは挨拶をする必要もない、という意志に他ならない。
「行くぞ」
「かしこまりました」
「あ、はい!」
だが、ルークはすぐに歩き始めた。
ザックとアルフレッドもそれに続く。
(エレオノーラ……あの女は俺の踏み台だ)
彼女を直接見たことで、ルークはある原作知識を思い出していた。
(一年でトップになった逸材を容易く倒すことで、『ルーク』という敵の強大さが表現されるわけか。そうだ──俺は学園編のラスボスでしかなかったな)
少しだけ明確になった記憶。
隔絶された強さを手に入れ、必ず幸せを掴んでやるという決意を新たにし、ルークは冒険者ギルドへと向かった。
(それにしても、ゴドウィン家は何をしに来たのか……)
++++++++++
「どうした、エレオノーラ。クロードの息子と何かあったのか?」
「いえ、特には」
「本当か? 顔が赤いようだが……」
「本当に大丈夫でございます」
「そうか。──な、なんだそのクネクネとした動きはッ!」
ルークたちと別れた後、ゴドウィン家の馬車の中にて、
(ヤバヤバヤバっ、ルーク超カッコいいんですけど……。めっちゃ大きくなってたし! 何より、私にも一切臆さないあの強者の態度! ヤバすぎだよもう! 気を抜いたら叫んじゃいそうだった! ──フフ、ルークなら私に勝ってくれるよね? あぁ、早く思いっきり戦いたいなぁ)
獰猛な眼差しで遥か先を見据え、エレオノーラは悶えていた。
ルークが剣術を始め疎遠になってしまったという分岐は、彼女に小さくない変化をもたらしていたのである──。
++++++++++
【後書き】
ご報告です。
本作『極めて傲慢たる悪役貴族の所業』が、角川スニーカー文庫様より書籍化して頂くことが正式に決定致しました。
皆様の応援のおかげでここまでこれました。
本当にありがとうございます。
これからもマイペースに書いていきますので、本作をよろしくお願いします。
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