037 真剣が欲しい。


「申し訳ありません!! 申し訳ありません!! この失態は私の責任です!! どうか、どうか娘だけは──」


 ボクが右手を上げれば、足元で泣き叫ぶ煩わしい女の声がようやく止んだ。

 正直、苛立ちのままにこの女の首を斬り捨てることなど容易い。──だが、ダメだ。

 まだ利用価値がある。


「顔をあげなさい」


 ……醜い。女の顔は恐怖に歪み、涙で汚れている。酷く醜い、見るに堪えない。

 やはり、人間は美しくなければ生きる価値が著しく下がるな。


「貴方はとても良くやってくれています。自分を卑下しないでください」

「あぁ……ぁぁ……」

「貴方の娘は言いつけを守り、侵入の手引きを完璧にこなしてくれました。これはボクの落ち度。貴方が責任を感じる必要はありません」

「そのようなことは……ッ」


 ボクは立ち上がり女へと近づく。

 そして目線を女の位置まで下げ、ポン、と肩に手を置いた。

 本当は気が進まない。だが、そうすべきだ。この女の心をより強く縛るために。

 あぁ、右手から不快感が全身へと広がっていく。気持ちが悪い。後で念入りに洗わなくては。


「この世界に災いを招く『闇』は滅ぼさなくてはなりません。これからも、力を貸してくださいね」

「……私の全ては主様のもの。全身全霊をもってお仕え致します」


 恍惚とした女の顔を見て、ボクはボクの行動の全てが正しかったことを確信した。

 もう用はないこの女を下がらせ、ボクは思った。


 ──本当に悪運の強い国だな、と。


 ミレスティアという忌々しい旧世代の覇権国家を失墜させるべく、長年準備してきた。

 ところが、いざ計画を実行に移すという段階になって『闇属性』の発現という耳を疑う情報が転がりこんできたのだ。

 過去の大戦にて、『光属性』を持つ一人の魔法使いによって全てを覆され、ミレスティアが覇権を握るに至ったという歴史がある以上、対をなす『闇属性』を無視することはできない。

 そして、『闇』は魔法を無効化する。ダメだ。それは、絶対にこの国が持ってはいけない力だ。


 だからボクは各国にこの情報を流した。当然、情報源がボクであると分かるようなミスはしていない。

 全てを巻き込み『闇』を消す。必ず、ミレスティアをよく思わない国が排除に動き出す。


 当然、ボクも動いた。

 この国には馬鹿な貴族が多い。取り入るのはあまりにも容易かった。

 それが──今回の『アスラン魔法学園襲撃』だ。

 未熟なうちに『闇』を排除、可能ならば拉致する。排除ならばそれはそれでいい。拉致できればこちら側の駒にする。ボクならそれができる。

 ……という、悪くない計画だったはずだけど。

 結果は見事に失敗。


 なんでかな? なんでだろう? 

 ボクは思考を巡らせる。

 闇属性に関しては情報が少ない。あの魔道具が機能しなかった? いや、その可能性は薄い。

 魔法の枠組みを逸脱するとは思えない。


 うーん。……あ、──『貴族でありながら剣術も嗜む』って、言っていたねそういえば。

 その時は大した情報ではないと切り捨てたが、いや、有り得るのか……? 

 単純に、魔法以外の力で撃退した? 訓練された手練の暗殺者を? 魔法を至高とする国の、あの歳の子供が……? ──信じられない。というか、信じたくないね。


 いや、もう一人。

 今年は属性魔法すら扱えない、あの国で言うところの無能が入学したという話もある。

 それどころか、全く想定外の第三者の介入も考えられるし……はぁ。

 わからない。情報が足りないね。


 うーん、どうしたものかなぁ──。


 ++++++++++


「──さて、アルフレッド。お前に問おう。『剣聖祭』について、父上にどこまで話した?」

「……詳細までは。『剣聖祭』なるものが帝国で開かれる、ということをお伝えしたのみでございます」

「それは重畳。つまり父上は、『剣聖祭』が毎年死人が出るほどの苛烈な祭りであることを知らないわけだ」

「…………」

「ククク……アルフレッド、このことは他言無用だ。安心しろ。何が起きようとお前に責任が及ばぬよう、俺の意志を書面で残しておく」


 ミアとの一件がようやく落ち着いたことで、俺の頭はここ数ヶ月で最も楽しみにしている『剣聖祭』のことで埋めつくされていた。

 ゆえに、アルフレッドさんの困ったような顔を見て、若干の申し訳なさを抱かないわけではないが、どうしてもこればかりは譲れない。


「その必要はございません」

「……なに?」

「申し訳ありません、ルーク様。私自身、『見たい』と思ってしまっております。これは私の意志。ゆえに、もし万が一のことがあれば自ら責任を取らせて頂きます」

「……クク、随分と偉くなったものだなァ、アルフレッド。お前の意志なんてどうでもいい。俺の意志が優先されるに決まっているだろう? 書面に残す。これは決定事項だ」

「……ありがとうございます」


 剣聖祭について調べるうちに分かったことがある。それは、本物の剣を用いた試合が行われるということ。

 もちろん、殺人を容認するものではないらしいが……即死の場合は仕方がないことだと黙認される。正しく──真剣勝負というわけだ。

 クク……血が沸き立つようなこの感覚。

 実に久しい気がする。


「まずは真剣を手に入れる。自ら選びたい。直接出向くぞ、準備しろ」

「かしこまりました。直ぐに近衛を──」

「いらん。お前がいればいい」

「……かしこまりました」


 あの襲撃事件のこともあり、俺は真剣が欲しいと強く思った。今あるのは訓練用のレプリカのみ。

 もちろん、自軍の騎士の武器はあるだろうが、やはり自らの得物は自ら選びたいというもの。

 正直、今俺は浮かれている。それも、とてつもなくだ。最近はやたらと面倒事が多かったゆえの反動だろう。


 死の危険がある。それだけで、父上は俺が剣聖祭に参加することを許さないだろう。

 だから、俺は考えたのだ。


 ──『冒険者』の資格を取ればいい、と。


 そうすれば、貴族としてではなく一冒険者として帝国に赴くことができる。煩わしい貴族の立ち振る舞いや様式美も必要ない。

 唯一の懸念点は身バレした時のリスクが大きい事だが、そんなミスをこの俺がするはずもない。


「ククク……アッハッハッハッハッ!!」

「…………」


 完璧ではないかッ!! 

 これで父上に何も言うことなく剣聖祭に参加できる!!

 突然笑いだした俺に、アルフレッドさんがなんとも言えない目を向けてくるが、まあいい。

 すでに下調べは済んでいる。

 さっそく、鍛冶屋に出向くとしよう。


 ++++++++++


「いやぁー、すみませんザックさん。お言葉に甘えて、本当についてきてしまって……ほら、フェーリスもお礼」

「……ありがと」

「いや、いいっていいって! 気にすんなよンな小せぇこと!」


 俺の言葉に嘘はなかった。

 このくらいなんでもねェ。冒険者なんてものをやってりゃあ、縁ってのが如何に大切かってことに気づかされる。

 結局、こういう繋がりが回り回って自分の為になるんだからな。


「それに、色々と紹介してもらって。本当もう、なんてお礼を言ったらいいか──」

「だから本当に気にすんなよ。それより、これから紹介する鍛冶屋の親父のことなんだが……」

「ん。どうかした?」

「いや、腕は確かなんだが……ちと気難しくてなぁ……」

「なんだ、そんなこと。大丈夫。人付き合い得意」

「……え」


 なんでこの子は、こんな自信満々なんだろう……基本無表情だし、口数少ないし、別に愛想が良いわけでもないんだけど……。

 い、いや、この子なりにきっと得意なんだろう。どのみち、俺がフォローすればいいことだ。

 そんなことを考えているうちに、馴染みの鍛冶屋に着いた。

 相変わらず飾りっけのない、一軒家をそのまま改装しただけの店。だが、それがいいんだ。


「ここがさっき話した──」


 その時、


「俺は権力には屈しねぇぇえええええッ!!」


 中から、耳の裂けるような怒号が響いてきた。それは、道を歩く人々が思わず足を止めてしまうほど。


「な、なんだ!?」


 状況はよく分からなかったが、俺はすぐさま中へ入った。


「──うるさい。大声を出すな。二度は言わないからな?」


 その姿を見た瞬間、忘れたと思っていたあの日の悪夢が、奈落の底から這い上がってくるように甦った。

 なんでいるんだよぉぉおおおおッ!!! と、叫び出さなかった自分を褒めてやりたい──。

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