005 選ばれなかったとしても。


 ──『冒険者ギルド』


 国から独立した機関であり、主に魔物の討伐を生業としている。

 そのため、“冒険者”となった者が戦争や政争などの国家に関わる争いに利用されることはない。ミレスティア王国はその限りではないが、戦争の際に市民を徴兵する国家も当然存在する。

 そういった背景もあり、冒険者とは平民にとって人気の職業の一つなのだ。

 だが、望めば誰しもが冒険者となれるわけではない。


 冒険者に求められるものはたった一つ──『力』である。


 高貴な身分だろうが、高潔な精神を持っていようが、魔物を討伐する“力”がない者が冒険者となることはできない。

 逆に力さえあるのならば、どんな者であろうと冒険者となることができるのだ。

 そのため国家を脅かす武力集団となりえる危険性もあるのだが、厳しい規律のもとそのようなことは全くと言っていいほど起こったことがないという歴史が、冒険者ギルドが信用され存在を許される理由である。

 また、冒険者となった者は国家の垣根を越え自由に活動することができる。

 ミレスティアつまりは様々な思想や価値観を持った者達が同じ場所に集うということであり、いわゆる冒険者同士の“揉め事”が起きることも珍しくない。

 まあ、ミレスティア王国は魔法至上主義であることが広く知れ渡っているため、他国の冒険者がこの国を訪れることは珍しいのだが。

 これらの理由により、市民の多くは冒険者ギルドに“荒くれの者の集団”という印象を抱いているが、実際それを否定することはできないだろう。

 問題点がないわけではないが、それ以上に冒険者の需要は大きい。それほど魔物の被害は後を絶たないのである。


 ゆえに、今日という日も冒険者ギルドはとても賑わって──いなかった。


「先程、5番目のAランク冒険者パーティー『灰狼の爪痕』がしばらく活動を休止すると報告しに来たそうです」

「はぁ……」

「事態は深刻ですよ。ため息をついてる暇はありません」

「あー、エルカさん美人だったなー。王都に帰っちゃう前にお茶でも誘っとけば良かったなー」

「いい加減、3ヶ月も前の話をするのはやめてください。現実逃避をやめ、決断しなければギルドが潰れます」

「はぁ……具体的には?」

「分かってるでしょう。この『依頼』を断ってください」

「ムリムリムリっ! アルさんがどんだけ怖いかお前も知ってるだろ!?」

「ですが! 断らなければギルドが潰れます!」

「……ぐぬぬ」


 ここはギルバート侯爵領、都市『ギルバディア』にある冒険者ギルド。

 苦悶の声を上げるのはギルドマスターを務める『ドルチェ・パンナコッタ』という男だ。


「はぁ……でもさすがに断らないとな。自軍の騎士を使えばいいものを、こんな依頼をわざわざ冒険者に出すもんだから何かあるとは思っていたけど……勘弁して下さいよアルさん……」


 ドルチェは手元にあるその依頼を改めて見る。

 そこにはこう書かれていた。


『ギルバート家嫡男“ルーク・ウィザリア・ギルバート”との近接戦闘による模擬戦を行ってもらう。武器は自由。この模擬戦において“ルーク・ウィザリア・ギルバート”が如何なる負傷をしようとも貴殿に一切の責任を問わない。ただし、貴殿が負傷した場合はギルバート家が相応の謝礼を支払うことを約束する。報奨金は下記の通り。ただし、もし勝利したならば報奨金は2倍とする。 報奨金:金貨1枚』


 金貨1枚。

 並の冒険者にとっては大金だ。

 これだけで、贅沢三昧の夜を過ごしたとしても1週間は食べていける。

 それがたった1回の模擬戦で手に入ってしまうのだ。何か裏があると勘ぐりつつも、手を出してしまうのは仕方がないというものだろう。

 しかも命の危険性は皆無であり、希望のランク指定もないためギルドとしてはどのランク帯の冒険者に対しても受注可能とする他ない。


 だが──これはまさしく『悪魔の依頼』であった。


 たった三ヶ月。

 この依頼を受けた5つのAランク冒険者パーティーが無期限活動休止を表明したのだ。

 ここで少し冒険者の話をしよう。

 冒険者にとってAランクになることは一つの登竜門だ。なぜなら、才能の無い者はどんなに努力を積み重ねようとも、Bランクまでしか到達できないというのが冒険者の共通認識だからである。

 ゆえにAランク冒険者には確固たる矜恃がある。Bランク以下の冒険者とは比べるべくもない、自身の『力』への矜恃だ。

 もちろんさらに上はある。

 Sランク、そして最上位であるXランクと呼ばれる者たちだ。

 しかしそれは『真の英雄』や『逸脱者』と呼ばれる、ほんのひと握りの選ばれた存在にのみ許される称号であり、そもそも目指す者があまりに少ない。

 ゆえに大半の冒険者が目指すところはAランクなのである。


 さて、話を戻そう。

 なぜ5つのAランク冒険者パーティーが無期限活動休止をしたのか。

 それは途方もない努力の果てに手に入れたその『矜恃』が、あまりに無価値で意味のないものだと気づかされたからだ。──本物の『化け物』との邂逅によって。


『話にならない、時間の無駄だ。なぜギルドはこうも弱い冒険者ばかり寄越す』


『この前来たのは確かCランクの冒険者だったな。お前もそうなのか?』


『Aランク? 何だそれは。Cランクではないのか? なぜ実力が同じ者達を分ける必要があるのだ。ギルドの等級制度とやらは当てにならんな』


 真に選ばれた者からすれば、選ばれなかった者など皆等しく有象無象でしかない。

 どんなに努力を積み重ねようと本当の高みには決して届かないのだ。

 どんぐりの背比べをして喜んでいただけ。

 あまりに滑稽な話じゃないか。


 そう、彼らは様々な苦難を乗り越え手にしたその『矜恃』を否定された。これまでの全てを嘲笑いながら否定されたのだ。

 あまりに残酷で──そして、ありきたりなこと。

 しかし見方を変えれば、彼らは今ふるいにかけられているのだ。

 ここでもう一度立ち上がるか、そのまま沈み続けるのか。高みを知って、尚立ち上がることができた者は強い。

 立ち上がったとしても、『真の英雄』へと到ることはできないのかもしれない。

 それでも、以前の自分よりは確実に一歩先へと進むことができるだろう──。

 

 §


 えっと、この2年位で気づいたことがある。

 もはや俺の傲慢さは抑えることができない。どんなに必死に抗っても無駄なんだ。この呪いを解く方法は多分──ない。

 まったく……俺はこれからも敵を作り続けることになるのか。冒険者さん達にもだいぶ失礼な態度とったし。恨まれてるんだろうなぁ……。

 嘆いても仕方ないんだけども。

 やっぱり……一番不安なのは、対等な存在に負けることだ。アルフレッドさんの場合はあまりにも歳が離れ、経験の差がありすぎた。

 でも、それが同い歳の相手だったらどうだ? 

 そんな相手にもし負けた場合、俺は心を保つことができるのか?

 

 ──否だ。


 もし負ければ、膨大な自尊心は音を立てて崩れ落ち、俺の自我は崩壊する。

 その時点でバッドエンド。それほどに、“ルーク”の意志は強烈だ。

 そうなるとやはり……俺は勝ち続けるしかない。腹を括るしかないんだ。


 ──受け入れるべき……だな。


 恐らくは、この肉体に宿る強烈な『ルークの意志』。今後勝ち続けなければならないとすれば、これを拒否するのではなく、受け入れるべきだ。

 その方がいいと本能でわかる。

 よりルークらしく、より強くならなければ──いつか必ず限界がくる。僅かな差が勝敗を分けるような場面で、勝つことができない……可能性がある。

 だとすれば受け入れるべきだ。

 勝利というこの一点だけは、絶対に妥協しないと決めたのだから──。


「…………」


 ──ふむ。

 己こそが最上位。俺より上には誰もいない。そうであると信じ、微塵も疑わない傲慢なる心。

 今までとは似ても似つかない……はずだが。明確に、『馴染む』という感覚がある。元々そうあるべきだったものが、ようやくその本来の姿を取り戻したかのような。


「……楽、だな」


 他人を見下すことに抵抗があった。

 しかし……俺は『ルーク』だ。誰であろうと見下す方がむしろ自然。

 そう考えた瞬間、心が楽になった。


「……チッ」


 その時、珍しい光景を目にした。

 アルフレッドさんが誰かと話してると思ったら、思いっきり舌打ちをしていたのだ。隠す様子なく。

 舌打ちをされた男はペコペコと何度もお辞儀をして、逃げるように立ち去っていった。


「どうした、何かあったか?」


 理由を聞いてみることにした。


「……それが、ギルドマスター自ら『依頼』を拒否されてしまいまして」


「そうか」


 ……なるほど。

 正直、あの冒険者たちとの戦いは実につまらないものだった。

 冒険者との模擬戦は、アルフレッドさんがあとは実践あるのみと言って始めたことだ。しかし、実際はつまらないの一言に尽きるものだった。


 ……やはり、楽だ。


 今まではこういったことを意識して考えないようにと抗っていたが……受け入れた途端、とてつもなく楽になった。

 表現を濁さずに言えば、あの冒険者共は話にならないほどに弱かった。それに加え、この都市の最高ランクの冒険者だというのだから、期待はずれもいいところだ。


「──ちょうどいい」


 ふむ、いいタイミングだろう。

 そろそろ始めたいと思っていたのだ。


「と、言いますと?」

「頃合だ。──『魔法』について知りたい。父上に伝えろ。魔法省に連絡し、魔法鑑定官を呼んでくれとな」

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