本編④ 変化

「セイカ様。お帰りなさいませ」


 豪邸に入るや否やメイド服を着た女性がセイカを迎える。

 慣れた仕草で彼の上着を受け取ったメイドは、玄関口の隣にある衣装掛けに上着を掛けて足早にセイカの後を追った。


「すぐに食事の準備を致します。お風呂の準備はできておりますので、お先に入ってくださいませ」


「ああ」


 簡潔に答えるとリビングから風呂場に向かう。

 大浴場と言っても過言ではない風呂場で水を浴びて広すぎる浴槽に身体を浸す。

 久々に感じた興奮がまだ覚めず、銃のトリガーを引いた時の感触が残る右手がほんの少しだけ今でも震えていた。

 それには理由がある。

 相棒――――エンバである。

 エンバは元々天真爛漫な性格でありながら、意外にも戦いに憶病な所がある。

 周りの評価は何の考えもなしに敵陣に突っ込んでいくタイプだと言われているが、敵をよく見ていて極力被弾しないように動いている。

 初めて彼の戦いを見た時から彼の目線は攻撃よりも避ける事を集中しており、だからこそエンバとバディを組んでも良いと思えた。

 上級解放者となって、超遠距離援護を行える相棒を求め続けた。

 そして、それはエンバという理想の形で落ち着いた。

 何故なら、本日戦った爵位持ち魔獣である悪魔との戦いでも決して怯むことなく、また無謀に攻める事は決してせず、相手の攻撃を避ける事に注力する彼だからこそ、安心して前衛を任せられ、しまいには援護しやすくするために魔獣を極力動かさないようにしている所が、彼こそが自分とバディを組める存在であると確信した。

 それが確認できた今日だからこそ、セイカは自身の震える右手を嬉しそうに眺めた。

 暫く今日の戦いの想いに浸り、風呂からあがってリビングに向かう。


「今日は豪勢だな?」


 テーブルの上には普段よりもずっと多い種類の食事が並んでいて、思わず声にしてしまう。


「はい。セイカ様に良い事があったようですから。簡単な祝いも込めました」


「そうか。ありがとう」


 長年家に仕えるからこそ、セイカの顔色一つで状態を判断できるメイドである。

 珍しく感謝の言葉を口にする彼に顔には出さないが、大きく驚くメイドでもあった。

 元々小食のセイカのために殆どの料理を一口サイズに揃えて並ばせられている。


「残ったものはいつもの場所に」


「ああ。頼む」


「かしこまりました」


 元々孤独な彼を知っているメイドだからこそ、最近の彼の変化に嬉しく思い、自然と笑みがこぼれる。

 それだけ彼を変えた何かがあって、彼本人ですら気づかないうちにその色に染まっている。

 作り置きしている食事は、いつもの場所に配達するようにする――――――下層にある孤児院に向けて。




 ◆




 エンバ達が倒した爵位持ち魔獣を目の前に司令は嬉し笑みをこぼす。

 軍部の中でも異質の存在であり、問題児でもあるセイカが自ら選んでバディを組んだ。

 それだけでなく、下層から見つかった人類初めての下層出身のSランククエーサー持ちのエンバとしても初めて爵位持ちを倒した功績を積んだ。


 数年前。


 下層にクエーサー持ちがいると噂されるようになり、彼を探し回っていた。

 それでも見つけるまで数か月掛かったが、不自然に魔獣を解体して売りさばいていた解体屋を見つけ問いただした所にまだ幼いエンバがいて、彼を保護したいと申し出たが本人から断られた。

 それから何度も会っているうちに、彼がSランククエーサーである事を見破り、必要以上の干渉をしない代わりに、有事には力を貸して貰えるところまで約束を結んだ。

 それから数年後。

 軍の中でも扱いが難しかったセイカに彼を合わせて、お互いがお互いを認めてバディを組んでくれたのはお互いにとっても、司令にとって良き事となった。


「司令!」


 爵位持ち魔獣の亡骸を目の前に一人の軍人が司令に声をあげる。


「やはりあの者を何としても軍に入れるべきです!」


「ほぉ…………君が熱くなるなんて、珍しいね」


「熱くなるも何も、初めての爵位持ちをここまで鮮やかに倒せるセンスを持つ彼なら、軍が持つ戦い方を教え込んだ方が人類のためになります!」


「…………人類ね。君にとって人類とはなにかね?」


「はい?」


「そもそも人類を守るためにクエーサーが生まれた。だが人類は人類守るためにクエーサーを使っていない」


 司令の言葉に軍人は不思議そうな表情を浮かべる。


「君のように優秀な軍人だからこそ、見えない部分もあるのだよ」


「見えない……部分でございますか?」


 司令は爵位を表す魔物の刻印を見上げた。


「彼の存在が貴重だ。下民と蔑んだ歴史と実績が彼らと我々に溝を作り、それはやがて己を滅ぼすかも知れない。だがこのタイミングで彼が現れた。それもまた神の導きかも知れない。わしはそう感じているのじゃよ。だから彼を正規軍に入れるつもりは毛頭ない。それに――――――」


 司令が目を光らせて軍人を見つめる。


「彼を正規軍に入れられる人が東バベルにいるとは思えないしな」


 東バベルの中でも誰よりも気高く強い司令は、誰からも憧れの的であり、それは下層民でさえ間違いない事実である。

 中には英雄とさえ呼んでいる者もいる。

 そんな司令が彼を説得できないのは大勢の軍人が知っている事実である。

 だからこそ、彼を正規軍に引き込むのは不可能に近いのだ。

 司令の言葉に、軍人は大きな溜息を一つ吐くと、諦めたように巨大な魔獣を眺めた。

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