本編③ 異質

「おい、聞いたか?」


「あの赤いのか?」


 全員がスーツを着込んでいて、下層とはまるで違う雰囲気のバーの中。

 カウンターに座った二人の男が噂話をしている。


「そうそう。伯爵位を狩ってきたらしいぞ」


「すげぇな…………クエーサーを持っているだけでも凄いのに、たった二人であれを倒せるのは本当に凄いな」


「まぁ片方が上級クエーサーだしな」


「それもあるな。そう考えるとあの赤いのは運がよいな。あんな凄い人から指名されたらしいしな」


 東ガンダルヴァ地区のバベルの塔。

 クエーサーは全員で200人を超えるが、その中でも上級クエーサーはたったの4人のみ。

 通常クエーサーですら強大な力を持つが、上級クエーサーともなるとますます強く、さらにクエーサーの中でも強さのランクによって、その差も大きい。

 セイカが持つ『蒼穹』はSランクとクエーサーの中では最強の能力を持ち、さらに上級解放(両瞳)まで到達している。

 それだけで通称東バベルの中では一番目か二番目を争える程の実力者である。


「それにしても、あの赤いのは未だ下層に入り浸っているらしいぜ。あんな下民に今でもお金をばら撒いてらしいからな~とても信じられねぇぜ」


「ああ。本当な」


 そんな二人の噂を隣の席で聞いていた二人の男女ががいた。

 美しい金色の髪は海のようにウェーブかかっており、照明が反射する程に美しい艶を保っている。

 さらに視線が髪に行きそうになるが、その下から覗ける顔は男性なら誰しもが振り向く程の美人であった。


「ふぅん。あっちのバディはもう伯爵位ですって。今の心境は?」


 美女の質問に苦虫を嚙み潰したような表情を見せる美男子は悔しそうにコップを握り飲み物を一気に流し込んではテーブルに荒く叩きつけるように置いた。


「ふふふっ。悔しいでしょう?」


「…………当たり前だ。あんなクソに先を越されてしまったからな」


「まぁ…………私だって悔しいものね。下民上がりに先を越されたのは頂けないわよね」


「ああ。それにあのクソは司令のスカウトを堂々と断った馬鹿だからな。それだけで腹立たしい!」


「でも先を越されたのは仕方ない。それが現状よ。明日からまた訓練を続けるわよ?」


「……ああ。分かっている。俺が足を引っ張っている事もな」


 美男子の頭に浮かぶのは、ただ能天気に笑うエンバであり、彼が今まで軍に対して放った腹立たしい言葉の数々である。

 今回の伯爵位ですら下層の解体屋に譲ろうとしたと聞いていて、ますます苛立ちを覚えてしまった。


「司令はどうしてあんなやつを贔屓にしているのかが理解できねぇ……」


「一応Sランク様だからね」


「それも納得いかねぇ」


 中層で住んでいる平民位、上層に住んでいる貴族位は下民を蔑み、自分達の中からクエーサーが産まれる事を望んでいる。

 実際、下層からクエーサーが生まれた事例はごく僅かで、その中でもSランクであるエンバは歴史の中でも初めての存在でもあるのだ。


「まぁ、今度こそ爵位を私達で倒せばいいでしょう」


「そうだな」


 エンバへの闘志を心の中で静かに燃やし始める美男子は、美女と共に夜の街に消えていった。




 ◆




「エンバくん!」


 上層で現状報告を終えたエンバは、他に目もくれず真っ先に下層に戻って行った。

 自分が生まれ育った孤児院に向かうと、多くの子供達に迎え入れられた。


「みんな、今日はご馳走が食べれそうだぞ」


「「「「やった!」」」」


 エンバの言葉を待ってましたとばかりに、全員が喜びを身体で表現する。

 孤児院の中から一人の女性が出てきた。


「お帰りなさい。エンバ」


「ただいま。シスターアナスタシア」


 ボロボロになった修道複を着込んだ齢40代の女性が優しさに満ちた表情でエンバを迎え入れてくれた。

 群がる子供達と共に孤児院の中に入っていくと、中にも多くの子供達がいて挨拶を交わす。

 多くの子供達がそれぞれ与えられた役目通りに食事の準備を進める。

 皿を用意する子、テーブルを拭く子、料理を手伝う子、皆が各自の仕事をこなしながら、まだ終わってない仕事を手伝ったりと誰一人怠ける事なく働き続ける。

 エンバはその姿をただテーブルから眺めた。

 現在の孤児院の生活費の殆どはエンバとエンゲージ解体屋からの援助で成り立っている。

 エンバが孤児院出身なのもあるが、あくまで援助されている側として、彼を働かせるのはシスターも孤児達も全員が拒んでいるのだ。

 そんなエンバは孤児院でみんなが忙しく動き回っている姿を眺める時間が最も幸せに感じる。

 今日の戦いで一歩間違えば、死の隣り合わせの戦いだったのも、全てこの子供達を思えば、なんてことなかった。


 その時、一人の男の子がエンバの隣に座る。


「お帰り、エンバ」


「やあ、ライアン」


 ライアンと呼ばれた少年は、手に握っていた松葉杖をテーブルに置いた。

 そんな彼の片足は、その姿を失くしており、彼が普段どのような生活を送っているのかが一目瞭然であった。


「今日は大きな魔獣を倒したんだって?」


「そうだよ~大型魔獣よりも大きい魔獣だったんだ」


「大型魔獣よりも大きな魔獣があるの!? もしかして、悪魔?」


「そうそう」


「もう悪魔と戦ったの!?」


 エンバの言葉に大袈裟に驚くライアンは、普段からクエーサーをサポートする仕事に就きたいと、勉強熱心であり、その事を知っているエンバだからこそ、彼には自分が経験した事を事細かく説明している。


「青い刻印だったから伯爵位らしい。巨大な猪だったよ」


「猪か~エンバが持ってきてくれた書籍には伯爵位ってものすごく強いらしいんだけど、ケガはしてない?」


「全くケガはしてないよ~そもそも相棒が上手く援護してくれて封殺したからね」


 戦いの時の興奮を身体で表現するエンバを見て、まるで当事者のように喜ぶライアンだった。

 二人が談笑を重ねていると孤児達が食事の準備をテキパキ終わらせてテーブルの上に食事が並んだ。

 シスターの祈りと共に食事が始まり、孤児院には楽しそうなエンバと孤児達の声が響き渡った。

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