本編② 歴史

「撃った!」


 口を拗ねらせてセイカを睨むのは、解体を終えて休憩しているエンバだ。

 子犬のようにセイカに近づいて、足元に弾丸が撃ち込まれた事に不満を言う。


「どうせまたくだらん事を言っていただろう」


「くだらなくないよ! 僕は相棒を褒めていただけだよ!」


 彼の事ならお見通しのセイカはその事実も知っているが、だからこそ返すのは溜息である。


「はいはい。そんな事よりも…………うむ。血抜きも完璧だな」


「えっへん! めちゃ練習したからね!」


「そっか。偉い偉い」


 無愛想にエンバの頭を撫でるが、当の本人が満足気にしているので気にしない。


 その時、後方からこちらに向かってくるエンジンの音が響いて、大きなトラックがやってくる。

 その荷台から顔を覗かせている男がエンバの名前をあげながら手を振ってきた。


「エンバくん! お疲れ!」


「リオン! 今日は大物だから大変だと思うけどよろしくな~」


「むしろありがたいよ! またうちの運び屋を利用してくれてありがとう!」


「うちの相棒は知り合いとかいないみたいだしな~」


 リオンと言われた少年の視線が恐る恐る隣にいるセイカに向く。

 彼はクエーサーの中でも上級クエーサーの一人で、この国に数人しかいない実力者で彼を知らない者はいない。

 中には英雄視する人もいるが、当の本人は全く気にしていない。その相棒であるエンバですら彼を英雄などと見た事は一度もないのだ。


「リオン。すまないが魔獣の亡骸を頼んだぞ」


「はいっ! 任せてください! うちのエンゲージ解体屋にお任せください!」


「エンバ。俺は先に戻って軍に伝えておく」


「僕も――――」


「お前はこのまま亡骸と一緒にいろ。伯爵位ともなれば――」


「リオンはそんなやつじゃない!」


 たった一瞬で本気で怒るエンバに、口が滑ったと思ったセイカだったが、日常茶飯事なできごとにすぐに彼の意識を引き戻す。


「そういう意味じゃない。彼らが狙われたらの話だ」


「あ」


「ちゃんと国まで守ってやれ」


「分かった!」


 トラックに積まれているクレーンが動き出すと、エンバ達を残しセイカは一足先に街に戻って行った。


「セイカさんっていつもかっこいいね」


「そうか? あいつはいつもあんな感じだよ?」


「あはは~それはエンバだからね。さてさて回収始めるね~助手席で待ってて~」


「少し樹木の上に行ってくるよ~」


「いってらっしゃい~」


 エンバが身軽に近くの樹木を重力を無視して登って行く姿に、リオンは少し羨ましく思いながら自分の仕事を続けた。


 クエーサー。


 それは滅びた人類の中から生まれた少数の希望である。


 昔の魔獣は家畜同様に飼われていたのだが、世界を支配していた旧帝国エンゲルジハードの魔獣研究によってより強い魔獣を作ろうとした。

 その結果として、悪魔の力をその身に宿わせた魔獣が71柱生まれた。

 71魔獣は悪魔と名付けられ、その圧倒的な力で当時最強であった帝国を滅ぼした。


 かつて世界の全てを支配していたとされる人類は、その居場所を生き残る為に数か所にそれぞれの国でまとまって力を一つにして、バベルの塔という建造物に逃げ込む事で生き残る事に成功した。

 ただバベルの塔という狭い世界に生きられる人類は限られた者しかいなかったため、その中でも貧富の格差は帝国時代よりも酷くなっていった。

 下層人と中層人、上層人に分かれて生活しており下層人は皮肉を込めて下民と呼ばれて、最も人口が多い層となっている。


 バベルの塔は、人知を越えた力があり、それを世界は『魔法』と呼ぶ。

 その魔法がどこから来ているのかは分からないが、帝国時代の文献には『神の力』とし、神聖な力として決して人の手には渡ってならないと警告を鳴らしていた。

 皮肉にもその帝国が滅び、多くの人類が数を減らし逃げ延びる事ができたのは、世界で唯一魔法の力が及んでいるバベルの塔という四か所のみである。


 バベルの塔で生活を繰り返していた人類に神の奇跡か、はたまた悪魔の奇跡か、人類の中から特殊な力――――クエーサーを持った人間が生まれるようになった。

 クエーサーは普通の人とは違い、体内に『魔素』を持ち、それを利用して力を具現化して力を発揮する事ができる。

 だからこそ、各国はクエーサー集めに必死になっていて、クエーサーには生まれ関係なく破格の報酬を与える代わりに強制的に魔獣との戦力として働いて貰う事が義務付けられている。


「エンバく~ん! 積み終えたよ~!」


「今行く~!」


 エンバが20メートルを超える樹木の頂点から飛び降りてくる。

 クエーサーの刻印を発現させてなくても身体能力が向上しているエンバは何気なく降りて来てトラックの荷部分に乗り込む。


「おやじ! 戻るよ!」


 運転席から親指を立てた右腕が外にでる。

 すぐにトラックが動き出して、バベルの塔に戻って行った。




 ◆




「おかえりなさい~! エンバくん~!」


 小さな子供達が下層に入って来るトラックの道の脇で手を振る。それに応えるかのようにエンバも手を振った。

 トラックがいつもの場所に向かおうとした時、それを防ぐ軍人達が現れた。


「とまれ!」


「あれ? どうかしましたか?」


「エンバ様はいらっしゃるか?」


 軍人の声にエンバがトラックの前部分の天井に登った。


「僕に何か用ですかぁ?」


 人当たりの良いエンバであっても、珍しく少し距離感を感じさせる対応をみせる。


「エンバ様。爵位持ちの魔物は軍に渡す義務がございます。魔獣解体屋に持ち込むができません」


「でも僕の自由にしてくれていいって司令が言ってくれたけど?」


「申し訳ございません。こればかりは軍の決まりですので…………」


 魔獣解体屋は主に下層の人々の一番の収入でもある。

 それを軍に渡す事で、エンゲージ解体屋の収入も減れば、ひいては下層の物資も不足する事になる。


「軍人さん! それはあんまりだ! ここまで持ってくるのに燃料代だけでもとんでもなく掛ってるんです!」


 リオンの言葉に軍人は冷たい視線を送る。これが下層と中層以上の差である。


「運搬費は払わせてもらう」


「それだけじゃ足りないですよ! こんな大物久しぶりなんですから!」


 リオンくんの言葉に続くように下層の人々の「そうだそうだ!」の怒声が鳴り響く。


 その時、


「全員静かにしろ」


 周囲に響く声には普通ではない力が込められて、その場にいた全員が一気に声を殺した。

 声がした場所から一人の軍人がゆっくりと歩いてくる。


「司令!」


「エンバ! 中々凄いのを狩って来たな!」


「ほぼ相棒のおかげですけど~」


「だがあいつ一人でも難しかったはずじゃ。お前達二人だからこそ成し遂げた偉業だ。すまんがその魔物を軍に譲ってくれないか? 魔物解体屋に損はさせない」


「それならいいです。セイカもそれでいいんでしょう?」


「セイカは全て君の判断に委ねるそうじゃ」


「…………もし、断ったら軍に渡さなくてもいいですか?」


「ああ。それでもいい」


 司令の言葉に他の軍人達が驚きを見せて何かを話そうとすると、司令が左手を上げて制止する。

 エンバを真っすぐ見つめる瞳からは、エンバを迎えに行った時と何一つ変わらない瞳が覗ける。


「分かりました。でもエンゲージ解体屋が本来得られた分はちゃんと渡してくださいね?」


「約束する。ただその魔獣の正規値段は厳しいが、大型魔獣の3倍を出そう」


「3倍!?」


 大型魔獣だけでも高額なのに、その3倍にリオンが驚いて声をあげた。


「分かりました。おやじさん! 悪いけど、軍のところまで運んでくれないか?」


 それに応えるかのように親指を立てた右手が運転席の窓があがる。

 ドラックが動き出し、本来行くべき道ではなく中層に繋がっているエレベーターがある部分へ進んだ。

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