蒼炎のクェーサー

御峰。

本編① 悪魔

 視線の先には美しい大自然が広がっているが、所々には自然からは似つかないような無機質で自然を相容れない巨大な破片が転がっている。

 静寂が訪れている広大な森を一人の青年が無表情のまま眺めていた。

 そんな彼の後ろから鉄がぶつかる音を鳴らしながらもう一人の青年が近づいてきた。


「エンバ。またここか。探したぞ」


「ん~そろそろ時間?」


「らしいな。気を引き締めておけ」


「分かってるよ~それよりも、この前の戦いで負った傷は?」


「問題ない。俺は――――――」


 青年が何かを話そうとした瞬間、森の奥から聞き慣れない轟音が鳴り響いた。


「来たな。頼んだぞ。エンバ」


「任せて~それよりも、いつもの頼んだよ~? セイカ」


「ああ」


 エンバと言われた青年が立ち上がり、轟音を響かせて向かってくる方に視線を移す。

 視界を埋め尽くしていた緑色の木々は海のように波を打ち始め、次第にその姿を消していく。

 倒れた訳ではないのに木々は一瞬にして枯れていくのだ。


「クェーサー。発動」


 エンバの片方の赤い瞳に魔法陣のような刻印が浮かびあがると同時に、人身に人ならざる者の気配が纏う。


「解放! 炎神ノ紅刀!」


 彼の右手に爆炎が溢れ、一瞬にして形を作り始める。燃え盛る手を気にする素振りも見せず、右口角を小さく吊り上げたエンバが高台から地上に飛び込んだ。

 燃えていたはずの炎は、既にその姿を消し――――、一本の真っ赤な刀身の刀となりエンバの右手に握られていた。


「クエーサー発動」


 迷い一つなく森に飛び込んだ赤い髪の青年を見送ったセイカもまた彼と同じようにその瞳に魔法陣のような刻印を灯らせる。


「解放。蒼穹ノ双撃銃」


 セイカの美しいブルーサファイアのような両瞳の刻印から全身に溢れるオーラが立ち昇り、次第に両手に集まり始める。

 やがて形を作ったそれは、右手には銃身の長い銃と、左手には短い銃が現れた。

 すぐに二つを重ねて、立ったままスコープを覗いた。


 セイカが覗いたスコープには相棒であるエンバが映っており、丁度樹木の頂点に降り立っていた。

 段々と近づいてくるそれは周囲の木々を枯らせながらエンバの目の前までやってきた。


 そして、


 セイカが構えていた銃身が長いスナイパーライフルが静かな銃声を鳴らし不思議な弾丸を放つ。

 瞬きすら許されない時間の中、弾丸はエンバに向かって軌道を変える事なく進み――――エンバの耳の横すれすれを通り過ぎた。


「さすが、相棒セイカ


 当然という信頼に満ちた表情で笑みを浮かべるエンバの視界には、小さな弾丸が腐食をもたらすそれに命中すると、海や空にも似た蒼々たる爆発が起きる。

 数十メートルにも及ぶ爆発のはずが、全く音がせず朽ち果てた木々を祝福するかのように、その全てを飲み込んでいった。


「ひゃ~今回のは偉く速いなと思ったら、あの模様からすると『伯爵位』か。魔獣を超えた存在――――悪魔か」


 蒼炎の爆発で周囲の木々が全て吹き飛び、一帯が丸裸になって不気味な景色の中から咆哮を放つのは、人の対極に存在する魔獣の姿であった。

 全部で7つあるという伝説の貴族位を持つ魔獣は、通常の魔獣と比べて圧倒的な強さを誇り、一体一体が巨大な力と唯一無にの力を持つという。

 今、目の前にある10メートルを超えそうな魔獣は猪の姿をしていて、燃えるような真っ赤な目とどんな頑固な敵でも一撃で粉砕できそうな角を持っている。

 口の両脇から空高くその存在を示している二本の角は、無数の小さな角が生えており、ノコギリのような役割を持ちそうである。


 そして、一番目立つモノは、その額に刻まれている刻印である。


 エンバやセイカの瞳に宿っている刻印とはまた違う形の刻印は、その魔獣が特別な魔獣――――悪魔である事を示すのだ。

 6つある爵位の中でも、下から3番目に当たる『伯爵位』はそれぞれの色で表示されていて、最上位の『王位』は赤色、『大公位』は橙色、『公爵位』は黄色、『侯爵位』は緑色、『伯爵位』青色、『総裁位』は紫色で示されるとされる。

 エンバの目の前の巨大猪の魔獣は青色の伯爵位なのが一目で分かるのだ。


「初めての侯爵位との戦闘ね~まぁ僕には相棒が付いているからいいか」


 禍々しい気配を解き放っている魔獣に飛び降りる。


「放出! 炎神乱舞!」


 全ての燃やすが如く爆炎がエンバの全身を覆うと、まるで生きているかのような炎と共に魔獣を斬りつけると、炎が一斉に魔獣を全身を周り始める。


 グルアアアアアアア!


 魔獣の咆哮は音圧だけで周囲の空気を圧しやって、エンバを大きく吹き飛ばせた。

 エンバの身体から鈍い音が響いたが、何もなかったのように体勢を戻して地面に着地すると同時に遥か遠くから一発の弾丸が魔獣に直撃する。

 先程と違い爆発は起こさないが弾丸は超高速で回転しながら魔獣の身体を突き進む。


「ナイス、相棒~!」


 人の速度とは思えない速さで一気に間合いを詰めては弾丸の反対側から魔獣を斬りつける。

 最初は傷一つなかった魔獣に生傷が増え、中から魔獣の血液が勢いよく空中に吹き飛ぶ。

 エンバは慣れた仕草で血液を避けると、地面を濡らした魔獣の血液からは焦げる匂いと共に地面を焼き始めた。

 それに目もくれる事なく、走り込み始め巨大猪の身体に大きな傷を負わせると、弾丸がようやく分厚い皮を突き破り、おびただしい量の魔獣の血が噴水のように空を赤く染めていった。


「放出、炎神乱舞」


 二度目の魔放により、巨大猪は悲痛の叫びと共にその場に倒れ込んだ。

 真っ赤に燃えるような瞳が段々くすんでいき、やがてその色を失くした。


「さすがというか、あんな遠い距離からコアを一発で撃ち抜いたのか…………相棒ながら恐ろしいや~」


 その時、一発の弾丸がエンバの足元に着弾する。


「ひいいい! 分かりました! すぐに解体しますよ! んもぉ!」


 愚痴をこぼしながら、魔獣の血抜きを進め、解体を急ぐエンバであった。

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