第4話 推しに嫌われる


――次の日。



「ふふふ……はははははははっはは!!」

「ソラ、いつもに増してキモいなー」



学校へ登校中、共に通学路を歩くゆらがディスってきても気にならないくらい、俺は高揚していた。



『へ、へんたああいっ!!!』


何度も思い起こした、昨日の情景が鮮明に思い出される。


あの声は……確実に、天ちゃんだ。それに、その後の言動からも、天ちゃんだと百パーセント断定できる!!

俺は、あの後あったことを、興奮しながらも思い出す。




「ひくっ……ううっ……おねえちゃんっ……」


バスタオルがはらりと落ちる、なんてラッキーが来ないか目をぎらつかせる俺。

天川さんは真っ青になっていたが、ようやく我に返るなり、腕を大きく振り上げ、


「で、出て行ってええっ!!!」

「はぐぅう!?」


その後、なぜか天川さんにまでも平手打ちを食らい、俺は家を追い出されたのだ。



しかしその痛みなど、全然気にならない。だって……あんなにも遠かった推しが、手を伸ばせば届くところにいるのだから!!!


「推し最高おおおお!!!」

「うるさいなあ」


咆哮する俺を、ゆらは怪訝そうに眉をひそめている。

しかし、そんな表情も痛くない! むしろ、どんとこいといったところだ!!


「ソラ、いつもに増してきもいよ? 確かに推しは尊いけどさあ……」

「な、ゆらも思うだろ!! 聞いて驚け!! 昨日、あの天ちゃんに!!」



「加屋さんっ!!!!」



あの天ちゃんに、会ったんだ!! 

というとんでもなくビックなニュースを口に出そうとした瞬間。ぐいっと腕を引っ張られ、俺は面食らって後ろを振り返った。

艶のある黒髪を二つに結い、ずりおちそうな黒ぶちの眼鏡の少女が、俺の腕を掴んでいる。


「……天川さん?」

「いいから来て」


「ソラ!? え!?」


いきなり現れた天川さんに連れられていく俺を見て、口をパクパクとさせるゆら。

俺は天川さんに引っ張られ、人気の少ない道まで連れていかれる。



「あ、天川さん?! どうし……」

「……き、昨日はいきなり追い出して、ごめんなさい……それで、その……お願いがあるの」


今にも泣きだしそうな顔になる天川さんを前におろおろしながらも、俺はとりあえず耳を傾ける。

周りには誰もおらず、寒い風が吹くのみだ。


「そ、その……私の妹が、あの天ノ川天だって、言わないでほしいの……っ」

「ちょっと、な、泣かないで!!」


言ってから、天川さんは顔を両手で覆ってしまう。よほど思い詰めていたのだろうと思うと、急に申し訳なくなる。


「私の妹……、よ、弱い子で……もし、個人情報や住所なんかが流出したら……本当に、これまでの努力が……っ!!」

「ももももちろん!! 黙っとく、黙っとく!! てか、この騒動は俺が悪いんだし!! ごめん!!」


よく考えれば、妹さんの顔をもう一度見たいとか言い出したのは俺だ。まあ、見ないという選択肢はさらさらなかったのだが、少なからず俺に非があるだろう。


「俺が脅しとかしなかったらよかった話だ! まあ、後悔はしていないが……こほん、とにかく絶対に言わない!!」


「……確かに」


と、顔を覆い、小さく震えていた天川さんが、ゆっくりと顔を上げた。

涙の跡は残っているが、目に鋭い光がともっている。


「……え?」

「確かに、って。これ、加屋さんが悪いよね! なんで私が頭下げてるんだろ!」

「ほえ!?」


形勢逆転、今度は天川さんが俺を睨みつけ、俺は小さくなって固まる。


「勝手に住所特定してさ! よく考えたら犯罪だよ!」

「でも、無線イヤホン繋げてきたのは……」

「あ、あれは、事故だし! とにかく、おしかけてきたのは加屋さん! ……ってことで、うったえたら加屋さん、捕まっちゃうんだからね!!」


推しとの対面直後に牢屋生活だけはごめんだ!!! 俺は息を吸い込み、天川さんを壁側に追い込む。こうなったら最終手段だ……!


「そそそしたら俺は、天川さんがえっちな動画を見ていたことをばらまこうじゃないか!」

「なっ、卑怯! 卑怯だ!」

「なら俺を訴えない事だな! てか、天ちゃんのことは絶対言わないって言ってる!」

「ぐっ、ぐぬう……!!」


俺たちはしばらく睨み合う。

しばらくし、天川さんが小さく息をついた。


「同盟を組もう」

「は?」


天川さんは、おさげを撫でながらも、鋭い目つきで俺を見る。


「私が警察に訴えない代わりに、加屋さんは、アメに関して一切の情報を漏らさない。どう?」

「それ、俺損でかくねえ?」

「はあ!? じゃあ、何ならいいの!」


今にも噛みついてきそうな勢いで迫ってくる天川さんから距離をとりながらも、俺はここをとばかりに胸を張って見せた。


「例えば、天ちゃんに、ちょっと会わせてくれる、とか」

「無理」

「そ、即答!? な、なら、口が滑っちゃうかなーとか!」

「ならその口滑らないようにボンドで固めてあげようか!?」


天川さんは顔をゆがめ、しばらく葛藤する。が、諦めたようにして大きく息をついた。


「あ、アメがいいって言ったらの話だからね!! ちなみに今は、アメの加屋さんへの好感度、最悪だから!!」

「よっしゃああああああ!!!」

「聞いてる?」


天川さんは大きくため息をつきながらも、スマホを取り出す。そしてしばらく操作していたかと思うと、やがてそれを耳に当てた。


「あ、アメ? 今大丈夫?」

『うん大丈夫ー。お姉ちゃんどしたの?』


「あああああアメちゃ……むぐ」


天川さんに口を抑えられ、とりあえず黙る。が、脳内はパラダイスだ。

そんな俺を横目でにらみながらも、天川さんは緊張した面持ちで口を開く。


「あのさ……昨日きた男子なんだけど! その男子が、もう一回アメに会いた」

『無理』


つーつーつー、と無機質な音が鳴り、俺たちはしばらく沈黙する。


「……ほ、ほら言ったでしょ……!! 嫌われてるの、加屋さん!」

「ぐぬぬ……ふふふふ、はははは!!」

「き、気持ち悪い、なに!?」


天川さんに怪訝そうな顔をされるが……実は、断られることを見越して、新たな手を準備していたのだ!!


俺は、身を仰け反らせる天川さんに向かって、にやりと笑いかけてみせた。





「ねえ天川さん、あの動画のことなんだけど……」

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ミスで、隣の席のめがね女子のスマホと無線イヤホンが繋がってしまった。そしたら、めっちゃえっちな動画見てたんだが!? さらに、彼女が最推しの姉だなんて聞いてない 未(ひつじ)ぺあ @hituji08

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