悪役令嬢「わたしをさらって!」

超新星 小石

第1話 悪役令嬢「わたしをさらって!」


 天蓋付きのベッドの上に寝転がりながらここ三日間の出来事を振り返る。


 一日目。

 都内にある女子高に通っていた。服飾部の活動が終わって帰る途中、暴走したトラックが目の前に突っ込んできた。

 気づけばわたしは中世風の世界に転生しており名門貴族学校「聖セフィリア学院」の生徒だった。

 二日目。

 ここが乙女ゲーム【白銀のユナイテッド】の世界だと判明。しかもわたしの役は悪役令嬢。

 主人公が転校してきてなぜか敵対関係になる。

 三日目

 どうやっても主人公と仲良くなれない。なにをしても裏目に出て主人公を傷つけてしまう。


 とまぁ、だいたいこんな感じ。

 学院の名前に聞き覚えがあるとは思っていたけどまさかわたしが悪役令嬢に転生するだなんて……。

 まぁでもなってしまったものはしかたがない。くよくよ悩んでいたって前には進めない。考えるべきは今後のことだ。

 まず【白銀のユナイテッド】のあらすじを思い出そう。

 たしか、実は貴族の血を引いているって判明した主人公が学院に転校してきて、悪役令嬢(わたし)が「平民風情がなんでこの学院にいらっしゃるのかしら?」とかいいながらいちゃもんをつけて、他の子たちをそそのかしてわざと次の授業で使う道具を教えなかったり絶対できないであろう魔法の実験に推薦したりいろいろと嫌がらせをするんだ。

 でも主人公は機転と人柄の良さで困難を乗り越え、しかも悪役令嬢(わたし)の父親の汚職まで暴いてハッピーエンド。

 もちろん主人公と密接な関係になる男の子は数人いるけど、あの子がだれと結ばれても最終的にわたしの家は没落する。それがメインシナリオだから仕方がない。

 いやー、あらためて考えてみるとけっこう絶望的じゃないこれ?

 さてどうしようかな、と考えていると部屋の外で物音が聞こえた。

 なんの音だろう? 

 今夜は両親ともども貴族のパーティーに出席してる。

 世話係のエルザさんも休暇をとってるからいまこの家にいるのはわたし一人だけのはず。

 気になって様子を見に行くと、どうやら父の書斎に誰かいるようだ。

 そこでわたしははっとした。

 そうだ、今は主人公が転校してきて二日目の夜。

 我が家に泥棒がやってくる日だ。

 この泥棒の一件がきっかけで悪役令嬢(わたし)は主人公に濡れ衣を着せていよいよ彼女は本格的に虐められるようになる。

 主人公は数少ない味方に励まされて奮い立ち、真犯人を見つけようと動き出す。

 結果、泥棒を捕まえるんだけど、その泥棒が持っていたのが父の汚職の証拠だった。

 これがメインストーリーになっているからわたしの家の没落は免れないってわけ。

 なら主人公に濡れ衣を着させなければいい? ううん、それはきっと無理。昨日と今日とでわかったけど、わたしの取り巻きたちの暴走が止められない。さすがに「だまれモブ!」とも言えないし、わたしがいわなくてもきっとこの世界は主人公に真犯人を探すように促すはず。

 なら泥棒を未然に防ぐ? それも無理。自分のことをか弱い乙女だなんて思うほど腑抜けちゃいないけど、いくらなんでも犯罪者を取り押さえるなんてことはできない。針の穴に糸を通すのとはわけが違う。

 それにこの泥棒がやっていることっていわば貴族の汚職を暴く義賊的な行為だし、それを止めることが本当に正しいのかと問われれば……あれ? でもまって?

 そもそもどうしてこの泥棒は汚職の証拠を盗むの?

 そりゃお金にはなるかもしれないけど、単に金目当てなら宝石とか現金を盗んだほうがずっと効率的なのに。

 もしかして、義賊的、なんじゃなくて、本物の義賊?

「…………こだ……どこにある……」

 扉の向こうから微かに声が聞こえてくる。

 やっぱりそうだ。この泥棒は、金目当てじゃない、汚職の証拠を探しているんだ。

 なら……ならもう、いっそのこと……賭けてみようかな……。

 わたしはごくりと生唾を飲み込みドアノブを握った。

「クソ!」

 扉を開くや否や、黒いローブを纏った男が開かれた窓に向かって駆け出した。

「まって! お願いがあるの!」

 男が窓の淵に手をかけたところで動きをとめ、ゆっくりと振り返った。

 窓の外で輝く満月と同じ金色の瞳と視線が重なった。

「……お願いだと? 俺に? 家主の娘であるあんたが?」

 警戒するような低い声。ややハスキーボイスだ。

 ドッドッドと胸の奥で暴れる心臓を抑えながら、わたしは男の満月の瞳をまっすぐ見つめ返し、口を開く。

「わたしを……さらって」

「……は?」

「わたしをさらってください!」

「ちょっと……なにをいってるのかわからないんだが……。なぜ俺が、いや……なぜあんたは、自分から誘拐されようとしてるんだ?」

「それは……このままだと、わたしはひどい目にあうから。どうにかしてここから逃げたいの」

「虐待? それとも娘を置いてパーティーにいくような親を困らせようって魂胆か?」

「どっちも違う。ただ、この家の主は……わたしの父親は、よくない方法でお金を稼いでる。だからきっと、その報いを受けるの。その時は……わたしもいっしょに……」

「…………はっ、身の危険を感じて親を見捨ててでも自分だけは助かろうってか。ずうずうしい女だ」

「なっ! ひ、ひどい! だいたいわたしは別にこの家の子供じゃないし!」

「実の娘にそんなこといわれるなんて貴族とはいえ同情するな。……いいだろうついてこい」

 そういって彼は、わたしに手を差し伸べた。

 わたしはその手を握り返し、煌びやかな貴族の世界から月明かりが降り注ぐ夜の世界へと飛び出したのだった。


※ ※ ※


 わたしを連れ出した泥棒の名前はミミズク。本名は教えてくれない。

 わたしもかつての名前を捨てるようにいわれたが、なかなかいい名前が思いつかない。

「うーん、あなたがミミズクでしょ? じゃーわたしはー」

 夜の森を歩きながらいろんな名前を考える。

 スズメ? やだ。なんか弱っちそうだもん。

 ツバメ? むかし蛇に食べられてるところを見ちゃってから苦手なんだよね。

 フクロウ? ものすごい偏見だけどフクロウってなんだかおばちゃんのイメージだから嫌。

「くだらないことでよくそんなに悩めるな。名前なんてなんでもいいだろ」

「嫌だ。名前ってねぇ、とっても大事なんだよ? 太陽って聞くとなんだかぽかぽかしたイメージが湧くでしょ? 風って聞くと爽やかで自由なイメージが湧いてくるでしょ? わたしっぽい名前じゃなきゃ嫌」

「……じゃあミミズクは?」

「え?」

「ミミズクは……どんなイメージなんだ?」

 えーなになにこの人そんなこと気にするなんて微妙に可愛いとこあるじゃん。

「うーん……根暗?」

 ちょっと冗談いってみようかな。

「……そーかよ」

 思ったより傷ついてるっぽい!

 人間っぽい反応を見ると安心するなぁ。

「嘘嘘! ミミズクってあれでしょ? フクロウの親戚みたいな鳥でしょ? なら知的とか落ち着いてるイメージかな!」

「知的ねぇ……俺が知的ならお前はクックとかでいいんじゃないか?」

「クック? どういう鳥なの?」

「元気でよく鳴く世界中で愛されてる鳥だ」

「へー、いいじゃん! じゃあ今日からわたしはクックね!」

 後々知ったことだがクックは鶏のことだそうだ。

 それを知った日、わたしはミミズクの耳を思いっきり引っ張ってやった。


※  ※  ※


 三日後。隣町に到着した。

 さあ外の世界を満喫するぞ! なんて思っていたら路地裏で父が雇った刺客に襲われた。

 ミミズクが撃退してくれたけど、どこに刺客がいるかわからないのでいまは町はずれの空き家に身を潜めている。  

「久しぶりにベッドで寝られると思ったのに……」

 中途半端に欠けた月が照らす廃墟の中、わたしは膝を抱えてうなだれる。

「生きてるだけマシだと思えよ」

「それはそうだけど、ふかふかのベッドとかシャワーが恋しいんだからしょうがないじゃない。あとそろそろ化粧水が欲しい」

「化粧水ってお前なぁ……つっ……」

「どうしたの? ……もしかして怪我⁉」

 ぼろぼろのソファの上でわき腹を抑えながら苦悶の表情を浮かべるミミズク。

「大した怪我じゃない……」

「いいから見せて! うわぁ……」

 手をどけさせると彼の脇には五センチほどの切り傷があった。

「うわってなんだようわって」

「ごめんごめん……でもこれ、縫わなきゃダメかも。ちょっとまってて!」

 今日すこしだけ買い物ができた時に買っておいたソーイングセットを取り出す。

 するとミミズクの顔が一気に青ざめた。

「おい、まさかお前が縫うのか?」

「大丈夫。これでも縫うのは得意なの」

「医者でも目指してたのか?」

「ううん、普段は服とかぬいぐるみとかだよ。肉を縫うのは初めて」

「……本気か?」

「ダメ? あ、ねえなにか消毒できるものない? ライターとか」

「…………」

 ミミズクは渋い顔のまま国旗が掘られたジッポ・ライターをとりだして火をつけた。

 針の先端を火であぶりながらわたしは「もしかして煙草吸うの?」と尋ねた。

「吸うかよそんなもん」

「じゃあなんでライターもってるの?」

「別に……火が必要になる場面なんていくらでもあるだろ」

「……たしかに」

 なにか隠している気がしたけど、聞いてほしくなさそうだったので追求するのはやめた。

 ぎこちないながらも彼の傷口を縫い始める。固い腹筋になかなか針が通らず苦戦したけどなんとかなりそうだ。

 よくみると彼の体には古傷がたくさんあった。

 じっとみていると「なにじろじろ見てんだ変態」といわれてしまった。

「だ、だって気になるんだもん! こんなに傷だらけなんてあなたどんな人生送ってきたのよ!」

「なんでそんなことお前に話さなきゃならないんだ」

「あっそ。じゃあもういい」

 そういったきり無言でちくちく縫い進めていると、頭の上に手を置かれた。

「いつか……」

「え?」

 顔をあげると、ミミズクはどこか寂しそうな顔でわたしを見下ろしていた。

「いつか、話すよ。きっと」

「……うん」


※ ※ ※


 ミミズクの怪我がよくなってきたころ、旅を再開した。

 ちなみに彼の目的地は王都だそうで、いちおうわたしもそこまでいっしょにいくつもりだ。

「王都にいってなにをするんだ?」

「さあ。まだなーんにも決めてない」

「おいおい、そんなんで大丈夫なのかよ」

「だってしょうがないじゃん。落ち着いて調べものする時間だってないんだから。まぁでも大きな町にいけば仕事くらいあるでしょ。たぶん」

「貴族ってのはみんなそうなのか?」

「そうって?」

「大胆というか……無鉄砲というか……」

「違うんじゃない? たぶんわたしだけだよ」

「なんでお前はそんな子に育っちまったんだ?」

「さーね。一回死んでるからかも」

「……冗談だとしたら笑えないし、冗談じゃないなら成仏してくれ」

「あはは!」

 不安がない、といえばそれは嘘になる。

 いまはただ現実から目をそらしてるだけなのだ。

 本当はこれからどうすればいいかなんてわからない。ううん、この世界に来る前からわからなかった。

 進学や就職のことなんてなにも考えてなかった。ただ漠然と大学にいって納得できる労働条件の仕事を探して身の丈にあった人生を過ごすんだろうなって思ってた。

 ファッションには興味があったけど、それを仕事にしようとおもえるほどの勇気なんてなかった。

「も、もしさ」

 ちょっぴりブルーになっていると、ミミズクがおずおずと話し始めた。

「なに?」

「もし行く当てがなければ……俺が仕事を紹介してやってもいい」

「本当⁉ あ、でも……犯罪は嫌だよ」

「違う違う。まっとうな仕事だよ」

「ふーん。どんな仕事?」

「合法的に鉄砲で人を撃つ仕事なんてどうだ? ぴったりだろ」

「バーカ。……へへ」

 旅は不便なことも多いけど、彼との関係は日に日に良好になっていく。

 彼の隣は居心地がよかった。いっそ……いっそこのまま……。

「いっそ……このまま世界を巡るなんてのも悪くないけどな」

「……え?」

「……冗談だ。忘れてくれ」

「そう……そうだよね」

 旅の終わりは、もう目前まで迫っていた。


※  ※  ※


「クソ! 離せ!」

「ミミズク!」

 王都に到着すると、わたしたちはすぐに憲兵に取り押さえられた。

 わたしたちは引き離され、わたしは憲兵が用意した馬車に押し込まれた。 

 馬車の小窓に張り付いてミミズクを見ると、彼は地面に顔を押し付けられて必死になにかを叫んでいた。

 でも、その声は聞こえない。

「ミミズク! ミミズクぅ!」

 わたしも叫んだ。でもきっとこの声は届いてない。やがて馬車は走り出し、それきりミミズクがどうなったのかはわからない。

 実家につれもどされ、両親から「迷惑をかけるな」と叱られた。

 学院ではすでに主人公がみんなの中心的な存在になっていて、わたしの居場所はなかった。

 なんとなく居心地が悪くて、わたしは人がいない場所を求めて図書室に入りびたるようになった。

 それからすぐ、父の汚職が明るみになりわたしの家は没落。家族はばらばらになり、わたしも学院を去ることになった。

「お嬢様……あの……これを」

 家を退去することになった日。世話係のエルザさんが一枚の紹介状をくれた。

「これは?」

「姉が経営している雑貨屋の紹介状です。もしも行く当てがなければ、ここへ」

「ありがとう。助かる」

 小さな優しさに元気をもらって、わたしはもう一度王都を目指した。


※  ※  ※


 五年後ーーーーわたしはエルザさんのお姉さん、フェルマさんの手助けもあり、自分だけのブティックを持つことができた。

 小さなお店だけど、元の世界のセンスを取り入れたわたしの服を気に入ってくれる人もできた。

 オーナーとしてそれなりに板についてきたころ、軍服を着た男が一人、店に入ってきた。

 若そうに見えるけど肩の星は三つ。かなりのお偉いさんだ。

「いらっしゃいませ。なにかお探しですか?」

「いや、注意喚起だ。ここ最近、この地区で泥棒が多発していてね」

「あらら、それは用心しないといけませんね」

「まぁでも……みたところこの店は大丈夫そうだけどね」

「? どういうことですか?」

 わたしが尋ね返すとその軍人は微笑み、目深にかぶっていた軍帽を脱いだ。

 満月のような金色の瞳。

 黒いツンツン頭。

 胸の中に、懐かしさがこみ上げてくる。

「なにせ自分を盗んでくれなんていう女が店主をやってるんだ。泥棒も真っ青さ」

「ミミズク⁉ どうして……え、似合わない!」

「似合わない⁉」

「なんで軍服なんて着てるの⁉ それはさすがに盗んじゃダメだよ!」

「いやいやいや違う違う違う! 俺はもともと軍人なの! ただいろいろとややこしいことがあって身分を隠してたんだよ!」

「ええ⁉ 盗みだけじゃなくて詐欺まで⁉」

「お前なぁ……俺ってそんなに犯罪者面かよ……」

 ミミズクはしょんぼりと眉を八の字にした。

 思ったより傷ついてるぅ~!

「ふふ、嘘嘘。あのライター、軍人しか配給されないやつだったもんね」

「知ってたのか?」

「働き始めてからだけどね。それで? 今日は何しに来たの?」

「久しぶりの再開だってのに、ずいぶんドライじゃないか」

「あれから何年経ってると思ってるの? いっとくけどわたしはねぇ、あれから仕事に恋にいろんな経験をつんだ大人の女になったんだからね?」

「そうか……ま、だとしても関係ないな」

「あっそ。で、今日は何しに?」

 ミミズクは軍帽を胸に当て、わたしの前で片膝をついた。

 彼はわたしを見上げ、そしてどこか役者ぶった雰囲気で手を差し出してきた。

「君を盗みに……なんてね」

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