第3話 本庄きゅんの助言 

 カクカクシカジカ、まりんは可愛い――というようなことを俺は本庄にこれでもかと熱弁した。

 片道二十分の電車通学の時間も余すことなく使い切り、駅につき、改札を出てからも、俺は身振り手振りを交え、この二週間持て余した心の丈とクビになった経緯を打ち明けたのだ。終始、きょとん顔と怪訝顔を繰り返しながら俺の話に耳を傾けてくれた本庄。「――というわけだ!」と俺が締め括ると、しばらく己の中で噛み砕くような間を置いてから、


「つまり……なんの前触れもなく、いきなり、卒業式の日に『今日をもって幼馴染をクビです』と高良さんに宣告されて、それからずっと避けられてる、と」

「そうだ! 素晴らしい読解力だな、本庄!」

「いや……読解も何も――ほぼずっと高良さんへの想いを熱く語られただけで、クビになった経緯はその一言しかなかった気がするんだけど」

「そうか?」

「まあ、とりあえず……」


 色気すら漂わせる苦笑を浮かべ、本庄はついと視線を逸らす。それは俺を飛び越え、電柱を飛び越え、ぞろぞろと学校へ向かう人波の中、仲良く並ぶ二つの背中へ向けられた。


「結局、幼馴染をクビになっても、国矢はこうして高良さんを見守らずにはいられないわけだ。電柱の陰から……」

「当然だ! 草葉の陰からでも俺はまりんを見守るぞ」

「見守りそうだね。縁起悪いけど想像ついちゃったよ」


 はは、と呆れたように笑ってから、本庄はふいに表情を曇らせる。真剣な面持ちになってから、改めて俺を見上げ、


「で、国矢は……これで良いわけ?」

「良いって?」

「いや、この状態さ……もはや『同中』でもないでしょ。まともに会話もできなくて、ただ見守るだけって――ただのボディガードじゃない?」

「ボディガード……」


 ああ、まあ……そうとも言えるのか?

 視線を戻せば、ひときわ小さく見えるまりんの背中が。学校へと伸びる桜並木をまっすぐに進み、あれよあれよと遠ざかり、すっかり声さえも届かない遥か彼方へ――。


「いや! ボディガードでもクビになる距離ではないのか!? この距離じゃ、今、まりんの身に何かあっても文字通り、手も足も出せん!」


 血相変えて、今ゆかん、と電柱の陰から飛び出そうとする俺を「ごめん、余計なこと言った!」と本庄が腕を掴んで引き留めた。


「俺が訊きたいのは、国矢がどうしたいのか、ていうこと!」

「どうしたい、て……」

 

 はたりとする。

 そんなこと、考えるまでもないことだ。


「――そりゃあ俺は、まりんの傍にいたい」

「えっ……」

 

なぜか、本庄は時が止まったかのように固まった。しばらくキョトンとして、魂でも抜けてしまったのか、と心配になるような間があってから、


「いや……ほんとすごいな、国矢は。素直に尊敬するよ」とどこか自嘲じみた力無い笑みを溢し、本庄は俺の腕から手を離した。「そこまではっきり言えたら……いいんだろうな」

「は?」

「国矢はさ……それ、高良さんにも伝えたの?」

「そりゃあ、もちろ――」


 自信満々に言いかけ、言葉を切る。

 伝えた……だろうか?

 まりんの傍にいたい――なんて、当たり前のことすぎて。わざわざ伝えるようなことだと思ってもいなくて。


「直接は……言ってない、気がするが」

「直接言わなきゃ意味ないよ」

「そう……いうもんか?」

「うん、そうだね。そういうんだよ」


 いや、しかし――とつい、腕を組んで唸ってしまう。


「ただ……だな、本庄。俺はまりんの傍にいることを、もはや天命と思って今まで全身全霊で貫いてきたわけだ。その結果、クビになったわけで……」


 そう。あれやこれやと脳裏を駆け巡る微笑ましいエピソードの数々――俺にとって、『まりんの幼馴染』として過ごしたかけがえのない思い出だった。ほんの三十分ほど前までは……。

 今や、それらは全て後ろめたい『心当たり』でしかない。


 ――高良さん、よく我慢してるな、て思ってたけど……。

 ――幼馴染だから、ていう理由だけで傍にいられても迷惑だろうな、ていう話で。


 リアル同中にして本庄のお友達らしい鏑木さんの証言が蘇り、ぐぎゅうっと胃を絞り潰されるような痛みを覚えた。


「ど……どうしたんだ、国矢!? 素足で針の山を越えてるみたいな表情をしてるけど!?」


 それはどんな顔だ、本庄!?


「うぬううう……だめだ、絶対言えん! 自白剤を飲まされても、俺は耐えてしまう!」

「そこまで!? 言えない、て高良さんにか……? なんで?」

「なんでって、それは……」


 見えない何かに首を絞められているかのような息苦しさに襲われて、途端に声が出せなくなる。

 言いたくない、と己の魂からご先祖様の霊までも拒否しているようだった。


 『まりんに避けられている』という事実すら、受け入れきれずに口にすることもできなかったくらいなのに。いったい、どうして言えようか。幼馴染として俺が傍にいること自体が、もはやまりんにとって迷惑でしかなかったのかもしれない――なんて……口にできるわけがない。無論、それをまりんに直接言われた日には、俺の精神はきっとビッグバンを起こしてしまう。


「強制するわけじゃないけど……さ」と本庄は気遣うような笑みを浮かべて、顔を覗き込んできた。「ちゃんと言葉で伝えた方がいいこともあると思うんだ。特に人間関係はさ。『気持ち』なんて曖昧なものをベースにして築くものだから。脆いんだよ。たまには『言葉』で補強しないと」

「……」


 確かに……そうなのかもしれん。

 実際、俺もまりんの『気持ち』を――俺の『破天荒な幼馴染ぶり(鏑木さん談)』とやらで、学校中でもネタにされ、嫌な思いをしていたなんて――これっぽっちも気づいていなかった。まりんは顔を真っ赤にして『もおハクちゃんったら』と言うだけだったから。気づけぬうちに、『幼馴染』という関係が壊れていってしまっていたんだ。


「でも、もし……」と絞り出したような声が出ていた。「もし……『傍にいたい』と伝えて、まりんに――」

「しつこい! うざい! どっか行ってよ!」


 ギクウッと全身の毛という毛が全て逆立ったような気がした。

 ぎょっとして振り返れば、そこにいたのはまりん――ではなく。まりんと同じ制服を着た女子生徒。まりんと同じくちょこんと小柄で、しかし、まりんと違ってバッサリと短く切られたショートヘアは、まりんよりずっと明るい髪色。肌はこんがり焼け、はっきりとした目鼻立ちは快活そうな印象で。

 あれ――と、つい、眉を顰めて見入ってしまった。


 気のせいか、見覚えがある……気がした。

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