第2話 同じ
「逃げられた……?」
意味ありげな本庄の言葉に、思わず訊き返すと、
「隣の車両から姿がチラッと見えたからさ……声かけてみようと思って来たんだけど。余計なことしたな」
はあ、とその爽やかな顔立ちに似合わぬ陰鬱そうなため息をこぼして、本庄は吊り革に掴まった。
「話の邪魔しちゃって悪かったな、国矢」
「ああ、いや……それは良いんだが。――本庄はさっきの同中さんと知り合いなのか?」
「『同中さん』って……名前も知らないまま話してたのか?」と本庄は苦笑して、「
何か言いかけ、本庄ははたりと言葉を切った。誤魔化すように咳払いして、
「家も近くてさ、昔は仲良かったんだけどな。いろいろあって、今はこんな感じで避けられてるんだ」
「いろいろ……? 喧嘩でもしたのか」
「喧嘩――か。できたら良かったのかもな」
はは、とどこか情けなく本庄は笑い、リアル同中さん……もとい鏑木さんが去った『女性専用車両』の方へと視線を向けた。
「俺のせいで……嫌な目に遭わせちゃってさ」
「本庄のせい……?」
『きゅんきゅん王子・本庄きゅん』――数多の女子をキュン死にの淵に追いやった、という武勇伝は数知れず。しかし、悪い噂なぞこれっぽっちも聞いたことはない。本庄の話を誰かがすれば、漏れなく語尾に♡がついてくるかのようだった。何よりも、まりんが『本庄くんはお掃除も上手で字も綺麗なんだよ。礼儀も正しくてすごく良い人!』ととびっきりの笑顔で言っていた。まりんがそう言うなら、すごく良い人に違いない。
「本庄が誰かを傷つけるわけないだろう。誤解だ」
「いや、初対面だよね!?」
ぎょっとしてから、「まあ、確かに……」と本庄は気を取り直すように顔を引き締め、
「俺が直接何かしたわけじゃないんだけど。俺と仲良いせいで、周りからいろいろ言われてたらしくて……。だから、もう俺と関わりたくないんだと思う。高校に入って環境も変わったら、もしかして――とか期待したんだけど。ダメだったな」
「そう……だったのか」
かける言葉が見つからない――とはこのことだ。
不特定多数の女子に囲まれては、律儀に爽やかスマイルで応対していた。そういう姿をいつも見かけていたから。まさか、あの『本庄きゅん』がそんな悩みを抱えていたとは……。それは辛いだろうな、と自分のことのように胸が痛む。仲良かった女の子に自分のせいで嫌な想いをさせ、避けられるようになる……なんて。もし、俺も同じように、まりんを傷つけ、まりんを避けられるようになったとしたら――。
「――って、同じだ!」
「うわあ、何!? なんで急に叫んだの!?」
「俺も同じだ、本庄!」と俺は本庄に向き合い、その肩をガシリと掴む。「俺も避けられているんだ!」
「え……? あ、いや……だから、瑠那がいなくなったのは俺が来たからで、国矢じゃ――」
「鏑木さんでなく……!」
つい、言葉に詰まった。
喉が勝手にキュウッとしまっていく。俺の身体が全身全霊をかけて、その事実を口にするのを拒絶しているかのよう。まだ認めたくないのだ。まだ受け入れきれていないのだ。
グッと奥歯を噛み締め、苦悶の表情を浮かべて押し黙る。――そんな俺を怪訝そうに見つめてから、ふと何か察したように「え」と本庄は目を丸くする。
「嘘……まさか……高良さん? 国矢、高良さんに避けられてるのか!?」
のおおおおおお!!!
ガシャン、と目の前の車窓を突き破り、電車から飛び出したくなった。
「確かに……高良さんの姿が見えないからおかしいな、とは思ったんだけど。単に、『女性専用車両』を使ってるからかと……」
「俺を避けるために『女性専用車両』を使ってるんだ……」
「……」
絶句する本庄。
あ、泣きそう。
「えっと……喧嘩?」
「いや……いきなり、幼馴染をクビになった」
「クビ……!?」
その爽やかな容姿からは想像もつかない素っ頓狂な本庄の声が車両の中に響いた。
「幼馴染って……クビになるの?」
「俺も初めて知った……」
ガトンゴトン、と安穏と揺れる電車の音だけが虚しく辺りに木霊していた。
しばらく本庄も俺も黙り込み、居心地の悪い沈黙があってから、すうっと本庄が静かに息を吸う気配がして、
「こういうのも、縁、てやつなのかな」と本庄はトンと俺の背中を叩いて、ふっと清々しく微笑みかけてきた。「好きな子に避けられる経験なら長いから。俺でよければ話くらい聞くよ、国矢」
「……本庄きゅん」
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