第6話 がっかり

「は……ハクちゃん!? なんでここに……っていうか、裸……!?」

「ちょうど国矢くんのクラスの入浴時間だったからね」とサラリと答えたのは柑奈ちゃん。「全裸で出てきたらどうしようか、と思ったけど下は履いててよかった」

「柑奈ちゃん……!?」


 確信犯――って、『下』!?


「まりんが謎の火照りに襲われているという声が聞こえたが……大丈夫か!?」


 まだ状況を掴めきれていないというのに、ハクちゃんは有無を言わさぬ勢いでズンズンと歩み寄ってきた。もちろん、上半身は裸のまま、隠そうとすることも恥じる様子もなく。

 幼馴染で物心ついたときからずっと一緒にいた。でも、そういえば、裸を見る機会なんて全然無くて。見たことがあっても、きっと、それは『裸』が大した意味を成さない頃。小学校の体育で、チラッと水着姿を見るとか、それくらい――。

 だから、そこまで間近でハクちゃんの裸を――すっかり男らしく、逞しくなった『肉体』というものを――目の当たりにしたのは初めてで、まりんは目のやり場も分からず、オロオロとたじろぐことしかできなかった。

 そんなまりんの肩をハクちゃんは容赦無くガシッと掴んで、

 

「どうしたんだ!? 謎の火照りとはなんだ!?」

「ひゃっ……」


 さらに距離が縮まると、そのお風呂上がりの熱までほわんと漂ってきて。目の前の彼が裸であるという事実が生々しく伝わってくるようで。

 そんな状態で、相変わらず、真っ直ぐにハクちゃんは真剣な眼差しを向けてくるから――。


「ほんとだ……! 顔が真っ赤だぞ! どうしたんだ、まりん!?」


 指摘され、さらにかあって顔が熱くなるのが分かった。

 今にもぼんって自分が爆発してしまいそうで。


「は……ハクちゃんだよ!」て苦し紛れに叫んで、顔を背けていた。

「ぬ? 俺!?」

「早く服着てきて、もお!!」


 言って、本能的にハクちゃんの身体を突き放そうとしたその手にしっかりと感じてしまった。じんわり熱を帯びた、固い肉体の感触。自分とは程遠い、頼もしくて頑丈そうな――生身の男の子の身体。


「はわああああ!?」

「『はわああああ』!? なんだ? どうした、まりん!?」

「な、なんでもないよ!」と慌てて、両手をハクちゃんから離し、「すっごい静電気が起きただけだよ!」

「静電気!? 俺は何も感じなかったが……」

「何も……感じない……?」


 刹那、しゅん、と何かが自分の中で萎むのが分かった。

 一気に熱が引き、勢いも失って……しばらくポカンとしてから、隣からの視線を感じてハッとする。

 視界の端に見えたのは、ニマニマと怪しげに笑む柑奈ちゃんで。その意味ありげな眼差しの意味を、もうまりんは理解できるようになっていた。

 そして、今まで感じてきた『がっかり』にもようやく説明がついた。

 

 遡れば、初めてハクちゃんが告白を妨害してきたとき――あのとき、ハクちゃんに『お財布』を心配されてガッカリしたのは、きっとハクちゃんにも感じて欲しかったから。他の誰かに奪われたくない、てハクちゃんにもして欲しかったんだ。無意識に、まりんがずっとそう思っていたように……。

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