第4話 恋バナ
そうして、『がっかり』することはどんどん増えていって……なんだかモヤモヤとしたものが胸の奥に積もっていくのを感じていた。曖昧で未知で。うまく言葉にできないそれを、はっきりと意識するようになったのは、中二になってから。
思春期真っ只中。周りではよく男の子の名前が飛び交うようになって、
「やっぱり、本庄きゅんだよねー!?」
「全然接点ないじゃん。面食いめ」
「え〜、本庄きゅんは中身も最高だから! 修学旅行中に告っちゃおうかな!?」
「はあ? 相手にされないって!」
わいのわいの、と修学旅行の夜もそんな話で皆、盛り上がっていた。
中学生にはちょっと豪華に思える、格式ばった京都の旅館。その一室――。
お風呂も入って、あとは消灯まで自由時間。きっちりと布団の敷き詰められた部屋で、お揃いの学校指定ジャージに身を包み、それぞれ思い思いに過ごしていたはずなのに。いつの間にか、輪になって恋バナ大会に。京都まで来ても、話す内容は放課後の教室と変わらない。そんなクラスメイトの様子に、柑奈ちゃんは少し呆れ気味だったっけ。
まりんはといえば。どう反応したらいいか分からなくて、お地蔵さんみたいに布団の上にちょこんと座って、愛想笑いだけ浮かべていた。
『二階から国矢』の一件から、何度か、告白を受けそうになったけど、どこからともなくハクちゃんが現れ、いつもそれどころじゃなくなった。『触らぬまりんに白馬なし』……なんて諺まで生まれて。やがて、告白される――という気配を感じとるたび、まりんの頭をよぎるのは『どこからハクちゃんは現れるだろう?』ということだけ。また危ないことをしないといいけど……と気が気じゃなかった。
それが、当時のまりんの『恋バナ』で。
明らかに、周りで囁かれる皆のそれとは違っていた。でも、全然気にしてなかった。気にならなったんだ。まりんはそんな『恋バナ』で満たされていたから。このときまでは――。
「てかさ、本庄きゅんって……あの子と付き合ってるんじゃないの?
ふと思い出したように、一人のクラスメイトが声を上げた。
ずっと恋バナ大会の進行役になっていた――クラスの中でも特に華やかで、中心的な存在だった――三人組の中の一人、小沢さんだった。
「え〜!? 無い無い! ただの幼馴染でしょ!? 幼稚園から一緒なんだ、て聞いたよ。だって、全然釣り合ってないじゃん!? あんな地味で暗い子! 付き合ってるわけないよー」
「幼馴染といえば……」
そこでふいに、司会三人の視線がまりんの方へと飛んできて、
「国矢くんだよね!」
すると、その場にいる全員の眼差しがバッとこちらに集まった。
あまりに突然、白羽の矢が飛んできて。まりんは「えっ」と虚を突かれて固まった。
「ねえねえ、実際、どうなの?」と小沢さんはニンマリ笑んで訊ねてきて、「二人って、本当にただの幼馴染? 実は、それ以上の関係だったりする!?」
「それ……以上?」
なんだ、それ? ――というのが最初のまりんの感想だった。
そのときは、きっと、想像もしたことなかったんだ。ハクちゃんとの関係に『それ以上』があり得ること。そんな可能性が――、その選択肢が――、あってもいいのだ、と……。
「えっと……」
『期待』とか、『好奇』といったものだろう、何やら含みを持った視線が集まる中、どう答えればいいのかも分からず、口籠もっていると、
「それ、気になってたー! だって、国矢くん、べったりだもんね? 高良さんに告白する男子は、根こそぎ追っ払っちゃうし」
「実はもうキスしてたりとかするの?」
「キ……!?」
キス――!?
かあっと一気に全身がのぼせ上がるみたいに熱くなって、脳天まで茹で上がるかと思った。ボン、と頭から湯気が飛び出すかと思った瞬間、
「あ! 私、お風呂場に忘れ物したっぽい」
唐突に、隣からそんな声がして、「まりんも一緒に来て」とぐっと腕を掴まれた。
ハッとして振り返れば、隣に座っていた柑奈ちゃんが腰を上げるところで。そのまま腕を引っ張り上げられる形でまりんも立ち上がると、柑奈ちゃんはフッと意味深にまりんに笑いかけた。
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