第2話 ハクマくん
初めて会ったときから、ハクちゃんには特別な思いを抱いていた。
最初はきっと、憧れ――ううん、もっと羨望とか嫉妬に近いもの。
まりんの目には、ハクちゃんはスーパーマンみたいな無敵な存在に映った。縦横無尽に駆け回って、どんな木にも登っちゃって、人気者でいつも皆の中心にいて……いいなあ、て思ったんだ。
まりんには『できないこと』の方が多くて、そのせいで、いつも独りぼっちだったから。
引っ越してきたのもそう。まりんは『都会で暮らせない』って……そう両親が判断したから。
赤ちゃんの頃から、まりんはよく体調を崩していた――らしい。しょっちゅう熱を出しては、ママはまりんを病院に連れて行っていた、て聞いた。成長してからも変わらず。よく扁桃腺が腫れて熱を出しては寝込んでいた。そのせいなのか、はたまた、生まれついたものなのか、運動神経も壊滅的。体調が良くて遊びに出ては転んでケガをして帰ってきて……ママはどんどん神経質になっていった。あれはだめ、これはだめ――とまりんを守るためにあらゆる『危険』を排除しようとして、気づけば、まりんの周りには誰もいなくなってしまった。
そりゃあ窮屈だっただろうな、て思う。はっきりとした原因も分からなかったから、ママも手探りで……全てを疑うしかなかったから。何かのアレルギーなのかもしれない、と埃を疑い、近所の犬を疑い、野良猫を疑い、小麦粉を疑い、まりんと遊ぶにはいろんな制限がついて回ることになって――そんな友達とわざわざ遊ぶ子もいないし、辛抱強く付き合おうというママ友もいないよね。最終的にママは都会の大気を疑い、自然豊かな田舎に引っ越そう、ということになった。
といっても、パパの仕事もあるし――そもそも、パパはパパでママはやりすぎだと思っていたし――都会から少し離れた郊外に暮らすことに。
そこで出会ったのが、ハクちゃんだった。
引っ越しの日。夕焼けが差し込む外廊下。隣の部屋から出てきた同い年ほどの男の子は、緊張気味に「は……はくま」と名乗った。
心機一転、やり直そう――ていう引っ越しでもない。あくまで、今までの延長線上。考えうる危険因子を避けてたどり着いた先に他ならない。だから……『繰り返し』でしかないのだろう、てそのときは思ってた。
また……失うんだろう、て。
どうせ仲良くなっても、この子もまりんから離れてしまうんだろう、て。
幼心にもそんなことを覚悟しながら、自分を指差し、「まりん」と半ば諦めながら名乗った。
それから、数ヶ月ほど経って――。
「泥……遊び?」
「うん! 昨日、雨降ったからさ。公園の砂場がいい感じにドロドロなんだ」
引っ越しも落ち着いて、新しい生活にも慣れてきた頃だった。
何度目だろう。その子はウチに訪ねてきて、まりんを誘ってくれた。
反射的に、背後に佇むママに振り返っていた。当然、ママはぎこちなく笑って首を横に振った。
ガッカリもしなかった。分かりきっていたことだから。
「ごめんね、ハクマくん。まりん、泥遊びもできないの」
じゃあね、と玄関のドアを閉めようとしたときだった。
「いつもなにしてんの?」
「え……」
「まりんちゃん……公園にもぜんぜん来ないよね。いつも家でなにしてんの?」
「いつも……おえかき、とか……」
「ふうん。じゃあ、それやろう」
カラッと太陽みたいに笑って、当たり前みたいにハクちゃんはそう言ってくれた。
お絵描きなんて……大して興味ないはず。体を動かして、外で遊ぶほうが好きなんだろうな、てそれくらい分かるほどには、ハクちゃんのことを見ていたし……羨んでいたから。
「でも……いいの? おともだちだって、待ってるんじゃ……」
「ああ……うん。また今度あそべばいいし」
ハクちゃんにはいつも遊んでいた友達がいた。公園を通りがかると、よく四人で遊んでいるのを見かけた。その中に混ざることを想像したこともあったけど……そのたび、まりんには無理だな、て思い知った。到底、まりんにはできないようなことばかりして遊んでいたから。
だから、諦めきっていた。
それなのに――。
「ひとりじゃ、つまんないじゃん」
そんな言葉一つで、ハクちゃんはまりんの家に飛び込んできたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます