二章
第1話 幼馴染の気持ち
「ああ……やっぱり、幼馴染を辞めた途端これだ」
ぽろりと泣き言みたいなのが溢れていた。
分かってた。覚悟してた――はずなのに。実際に、その光景を見たら……ダメだ。胸が抉られるようで。苦しくて息もできなくなる。
「は? 何が?」と、隣から訝しげな声が聞こえた。「国矢くんがまたやらかしてんの?」
隣に座っていた柑奈ちゃんが険しい表情で振り返る。――そうして、まりんの目線を追うように柑奈ちゃんが見つめた先にあるのは、まりんの見ている光景と同じもの。
隣の車両で、ガタガタと電車に揺られながら向かい合う二人。まりんたちと同じ制服を着た女子と話す、その見慣れた大きな……遠い背中。
「ハクちゃん……さっそく、逆ナンされてる」
「は!?」
ぎょっとして顔をコチラに戻す柑奈ちゃん。
「ぎゃ……逆ナン? え? 同じ光景見てる?」
「どういう意味? どう見ても逆ナンの現場だよ」
「いや、どう見えるか、て言われたら恐喝現場でしかないけど……。周りもあれ、怯えてるよね」
うぅ、だめだ。見ていられない。
ふいっと顔を背け、膝を見つめる。
やっぱり、やだ。ハクちゃんがまりん以外の女の子と話してるの……。
でも――と膝の上で握りしめた拳に力を入れる。
これがあるべき姿なんだ。
今までがおかしかっただけ。まりんが狂わせた。全部、まりんのせいだから……。まりんがいなかったら、これがハクちゃんの日常だったはずなんだ。
「あんたの目には、国矢くんはいったいどんだけイケメンに見えてるんだ」
ぼそっと柑奈ちゃんがそう零すのが聞こえ、「え」と思わず、顔を上げる。
「イケメンだよ。――イケメンでしょ?」
すると、柑奈ちゃんのクールビューティな顔が思いっきり引きつる。
分かりやすいなぁ、もお。
ハクちゃんは世間一般では『イケメン』とは言わない部類……なんだろう。
彫りが深い顔立ちで、肌はちょっと浅黒い。短い髪はツンツンとして、眼はギラリと鋭く、表情もいつも堅い。体躯はガッシリとして大きくて、無言で佇む姿はさながら仁王像の如き威圧感。信号を待っているだけなのに、周りのお母さんたちは子供を遠ざけようとするし。財布を拾って、落とした持ち主に渡そうとすれば、目が合った瞬間、「すみません、どうぞ!」と献上されそうになる始末。
イケメンというよりは強面、というやつなんだろう。
でも――。
「たまに笑う顔……すごい可愛いんだよ」
はは、と笑えばあの頃と変わらないハクちゃんがいて。出会ったばかりの……まだ『幼馴染』じゃなかったハクちゃんを思い出す。
そのハクちゃんを独り占めしたい、て思う気持ちはずっと心の奥底で燻っていて。でも、そんな想いがきっとハクちゃんを『番犬』にしてしまったんだ、と今は分かるから――。
「やれやれ」不意に、隣で呆れたようにため息つくのが聞こえた。「そんなに大好きなら、なんでクビにするかね? 幼馴染でいたほうが勝機もあったでしょう。まあ、あの国矢くんと恋仲になるのは、なかなか骨が折れるとは思うけど」
「何本、骨を折ってもハクちゃんとそういう関係にはなれないよ」
「そ……そこまでかい」
「うん。そこまでなの」
自虐めいた言い方になっちゃったけど、それが真実。約十年、一緒にいて辿り着いた真理。
肩を抱かれて歩く機会があるとしたら『介助』のとき。キスは『人工呼吸』か、あわよくば魔女の毒リンゴでも食べたときかな。ハクちゃんと……たとえば、裸で抱き合う――とか、そういう展開になるとしたら、雪山くらいだろう。
「だから、迷惑なだけ……だと思ったんだ」再び、視線を隣の車両に向ける。「これ以上、まりんが『幼馴染』でいても……ハクちゃんにとって迷惑にしかならない、て気づいたから」
手も声すらも届かない。今や遠く離れ、誰ともしれない女の子と何やら夢中で話すその背中を見つめてポツリと言った。
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