第4話 同中の朝②

「まりん!」


 慌てて駆け寄り、シュタッと俺はまりんの傍らで膝をつく。


「いたた……」


 地面に両手両膝をつき、呻き声を漏らすまりん。ふわりとウェーブがかった髪の合間から覗くその横顔は、苦痛に歪みつつも傷は見当たらない。とりあえず、顔から地面に突っ込んだわけではないようだ。


「どこか痛むか? 怪我は……」


 肩を支えて上体を起こさせた――その瞬間、ちらりと、捲れたスカートから赤く滲む膝が見えた。


「ぬお! 血が……!?」


 大出血とかではない。擦り傷程度……だろうが。

 とにかく、何か異物が入ってはいないかチェックせねば――。


「傷を見せてくれ」

「ひやん!」


 ひやん……?

 そっと脚に触れるや、まりんは素っ頓狂な声を上げ、びくんと身体を跳ねさせた。

 傷に触れないよう、細心の注意を払ったはずだが。


「す……すまん。痛んだか?」

「いたい……とかじゃなくて……」


 モゴモゴと何やら口ごもり、俯くまりん。


「優しすぎる……くらい……だから」

「ん……?」


 よく聞き取れず、「なんだって?」と顔を覗き込むと、その顔がかあっと赤く染まっているのが分かって、


「まりん……!? 大変だ! 顔が赤いぞ! 傷口から悪いバイキンでも――」

「ハクちゃんだよ!」

「俺……!? 俺は傷口からは入れんぞ!?」

「そういう意味じゃなくて! とにかく……ハクちゃんはもう、まりんに触っちゃダメなんだよ!」


 やはり真っ赤になったその顔をバッと上げるや、まりんはこれでもかと声を張り、そう言い放った。


「触っちゃ……ダメ……?」


 駅舎へと流れゆく人波の中、まりんの傍らで膝をついたまま、俺は呆然として銅像のごとく固まった。


 なぜだ――?


 昔から身体が弱く、おっちょこちょいでお茶目なまりん。その看病も応急処置も幼馴染たる俺の使命で。誇りを持ってやってきた。からは、特に。二度と同じ過ちはすまい、と胸に誓いを立て、健やかなるときも、病めるときは特に、まりんの傍を片時も離れず、まりんを守ってきた……つもりだ。まりんに何かあれば、担任よりも、養護教員よりも、まず俺の元に報せが来る――中学時代は、それが自然の理と化していたくらいだったのに。


 それなのに……『触っちゃダメ』!?


 触らずにどうやって手当てをしろ、と? まさか、『同中』だからなのか? 同中は傷の処置もしてはいけないのか? 偶然居合わせた人バイスタンダーでも応急処置はするのに!? 『ただの同中』は見知らぬ通りすがり以下だとでも言うのか?

 そんな非人道的な格差社会があっていいのか……!?

 愕然として見つめる先で、まりんはつと目を逸らし、


「ハクちゃんに触られると……まりん、おかしくなりそうなの」


 切なげな表情でぽつりと漏らしたその言葉に、はたりとする。

 おかしく……? 何がだ――と眉を顰めてから、ハッとする。


「関節か!? すまん! そんなに強く触っていたつもりは無かったのだが――」

「なんで、そうなるの!? 違うよ! ハクちゃんの力加減は職人の域だよ! お医者さんみたいだよ!」


 もお、とまりんは苛立ちと憂いのこもったようなため息を漏らすと、なぜだろうか、どこか縋るような寂しげな眼差しで俺を見つめて言った。


「だから……もうイヤなんだよ。思い知っちゃうから」

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