一章
第1話 出会い
それは、五才のころ。
マンションの部屋から外廊下へと勢いよく飛び出したとき、すぐ隣――しばらく、誰も住んでいなかったはずのその部屋から、一人の女の子が出てきた。
シミも皺さえも無いような、きっちりとした水色のワンピースを着た、お人形みたいな女の子だった。
年は同じくらい。ふわりと柔らかそうな長い黒髪。赤々と照らす夕焼けに、今にも溶けてしまいそうな白い肌。長く伸びたまつ毛の下で、夕陽を浴びた瞳が、トパーズのごとく幻想的に輝いていた。
華奢で小柄なその少女は、今にも風にさらわれてしまうんじゃないか、という儚さを漂わせ、その横顔は寂しげでどこか翳のある感じがした。
それなのに――俺に気づくや、「はじめまして」と浮かべた笑みは明るく晴れやかで、一瞬にして、辺りが光に包まれるようで。その笑みだけで、この世の憂いが全て消え去ってしまうんじゃないか、とさえ思えた。
公園が世界の中心で、泥だらけになることしか能のなかった俺にとって、その出会いは青天の霹靂というか。空き地を散歩していたらペガサスにでも出くわしたかのような――そんな衝撃だった。
当然ながら、すんなりと挨拶を返せるわけもなく、呆然と突っ立っていると、
「お名前、なに?」
「は……はくま」
たどたどしくも答えると、「まりん」と彼女は自分を指差して微笑んだ。
まりん――と心の中で繰り返しながら、俺は自分の中で高鳴るものを感じていた。
初めて覚えたその感覚は……『使命感』とでも言えばいいのか。
漠然と、知った気がしたんだ。自分がここに在る意味。その理由。存在理由……というもの。
例えば――の話だ。
神様というものが存在するとして、人が産まれながらに何か宿命を負っているのだとしたら。
俺の宿命はこの子を守ることだろう、なんて……そのとき、思ったのだ。
だから、今日も俺は走っていた――。
中学も終わりを迎えた晴れの日。はらはらと舞い散る桜の花びらが小雨のごとく降り注ぐ中、卒業生と在校生があちこちに散らばって別れを惜しみ、保護者がスマホを手にアイドルのコンサートよろしく写真を撮りまくる――その中を、俺は一人、メロスの如く全力で走っていた。
「まりぃいいいん!」
威風堂々としている場合ではなかった。
まりんがいないのだから。
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