I'm not crazy

Nekome

It's OK

ああ、私は何て不幸なのだ。

 この世界は美しいのに、小鳥がさえずり幼子が笑いおひさまは日々を照らしているのに。

 こんな所へ捕まってしまって、なんという体たらくだ。

 花々が咲き誇り木々がそれを包むようにして守る美しい世界を私はある一室の小さな鉄格子からしか確認ができない。

 それどころか、我が身はベッドの上に拘束され、思うように動くことすらできない。

 おひさまが真上に差し掛かる頃に来るやつは、自分のことを医師だと誤解している。その隣にいるあざとい女も同じだ。自分のことを看護師だと誤解している。

 私が熱心に諭しても、彼らは誤解を解こうとしない。それどころか、なにやら私に不敵な笑みを浮かべ、意味の分からない事をほざくのだ。


 こいつらはうそつきだ。

 そうだ、そうに違いない。

 

 一日の中で運ばれてくる食事には少量の毒が盛られていて、私をじっくり殺そうとしているのだ。

 私は逆らえない。逆らったら何をされるかわかったもんじゃないから、おとなしく食べる。


 私は非力で善良な人間だ!臆病な人間だ!

 彼らはそんな私をいじめる。

 不敵な笑みの裏には想像しがたい憎悪が隠されていて、今すぐにでも私を殺したいと思っている。

 

 友人、友人に会いたい。誰か一人でも信用できる人に、優作はもうダメだ。奴は彼らのスパイで、私をこんなところに置き去りにした張本人なのだから。

 他にも友人は沢山いる。義雄、正雄、キヨちゃん……完全に信用できるかどうかは別として、他にもたくさん。私は社会的地位を得とくしている人間なのだ。

 彼らに便りを送れば、全員、いや、誰かひとりだけでも私のことを助けてはくれないだろうか。

 「私たちが悪かった。許してはくれまいか」と懇願する友人たちの目が思い浮かぶ。


 だって誰も、私に一凛の花さえ送ってこないのだ。

 薄情者だ、あいつらは。

 やっぱりだめだ。友人はダメだ。


 そうだ、世界全体に向けて私が助けてと言えば、誰かは助けてくれるんじゃないかしら?

 世界に一人くらいは私のことを理解し助けに来てくれる善良な人間がいるのではないだろうか。

 ああ、でもダメだ。ここには封筒も紙も筆もない。そもそも、もし筆があったとして、私は拘束されている故筆を持つことすらできないのだ。


 でも、でも書かなければならぬのだ。私にはそういう使命がある。

 決死の想いで便りを書いても良いかと聞けば、なんと許してくれた。

 彼らでもまだ善良な心が残っていたのだ。

 だが、拘束を解くことは許されなかったし、口伝で聞いたものを彼らが文に書き起こすということだった。

 善良な心をたとえ持っていようと、悪魔は悪魔だった。

 どんな曲解をされるかたまったものではなかったが、模範的で清い私はそれを許し、彼らに筆を握らせ、自分自身の想いを赤裸々にして紙に書き留めてもらった。


 この手紙は、キヨちゃんに送ろう。私より五つ下の純真で優しい心を持つキヨちゃんならば。きっと私の願いを聞き入れ、今すぐにでもこの地獄から私を連れ出してくれるはずだ。


 手紙を、出した。


 半月ほど経ったというのに、返事が返ってこない。

 どうして、なぜだ。


 私は次々と友人に助けてくれとの便りを送った。裏切り者の優作にまで送った。

 だというのに、返信は、一通のみ。誰が書いてくれたかは不明。


 その手紙が届くころ、私は友人に見捨てられたと嘆き、酷く憔悴しきっていたものだから、その帰ってきた便りをみて、心が舞い上がるを越して、泣いてしまった。

 しかし、そっと丁寧に開いた手紙には

『しっかりと、療養すべし。治療すんだなら、そばを食べよう』

 のみ。

 誰が書いたのかもわからぬそれを私は、読むために一時拘束を解かれた両腕でびりびりに裂き、口に詰め、飲み込む。


 そこからの記憶、無し。

 

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I'm not crazy Nekome @Nekome202113

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