❅10.誰でもないサマエルが僕を肯定してくれた。ただそれだけで僕は救われたんだ。

あの夜、サマエルに話した。

紫月しづきの姫のこと。

僕の生い立ちと僕の血のこと。

“サマエルなら”そう思った。

サマエルなら大丈夫。

わかるんだ。

サマエルは僕を見捨てない。

でも、ほんとは凄く怖かった。

―また信じるの?

―また裏切られるの?

――またあの地獄に戻るの?

もし…。

もし、サマエルまで失ったら僕は。

僕は本当にサマエルを“信じられるのか”。

だって、まるで。

どんなに握りこんだ手も震えは止まることを知らないみたいでみっともなくて。

そんなサマエルを信じてない証みたいなもの見せるわけにはいかなくて。

僕の中から悲鳴をあげる獣を押さえつけるように必死に隠した。

僕はきっとどんな反応をされるか怯えていんだ。

僕はサマエルが。

サマエルが僕に愛想をつかして置いて行かれることも、

サマエルが僕の前から居なくなるのは身が引き裂かれるように痛い。

サマエルは僕のり所だから。

だからどうか。

―――“どうか神様、慈悲じひをください。僕はサマエルを失いたくない。”


それなのに、そんなことまるで気にしていないかのようにサマエルは僕をちらりと一瞥いちべつした後、ふっと鼻を小さく鳴らしてサマエルは

「ミハイルが紫月しづきの姫だろうが、何だろうが過去に何があろうが俺はどうでもいい。

 俺が話してんのはここにいるミハイル…凛弥だ。

 変えたいんなら手を伸ばせばいい。」そういった。

出会ってからというもの言葉を尽くすことのない印象のサマエルがはっきりと告げた。

それはすっごく強い意思のこもった声で。

そして、それは傍から見たら心底どうでもよさげに。

でも、もう僕には充分なほど分かった。

不器用なサマエルの隠れた優しさ。

サマエルが。

誰でもないサマエルが僕を肯定してくれた。

ただそれだけで僕は救われたんだ。









 その数日後、サマエルが異端児いたんじとしてここに来た理由を知った。

サマエルもまた、世間でもこの施設でもさげすまれた子だった。

サマエルがいつも一人でいる理由。

サマエルが本当は優しいくせにいっつも不機嫌な顔をしている理由。

わかったよ。


――今度は僕がサマエルを孤独から守りたい。


「サマエルの誰に向けて言うでもなくまるで言い聞かせるみたいに呟いたあの「言わせたい奴には言わせておけばいい。」はきっとサマエル自身にも向けられていたんだ。」

本当は傷ついているくせに強がってそうでも言っておかないとサマエル自身が辛くなってしまうから、壊れてしまうから言い聞かせている。

「そんなの、寂しいよ。」

「苦しいよ。」

僕にはお母さんがいたからまだよかった。でも、サマエルには誰もいなかった。

僕らはきっと似た者同士。

僕がサマエルに出来ることはなんだろう。

きっと僕が出来ることなんてたかが知れてる。

でも。


―――「せめて傍に居たい。」


それからのヴァンパイア更生育成施設こうせいいくせいしせつでの日々はサマエルと過ごすようになった。

僕は片時もサマエルの傍を離れないようにした。

それこそかまってかまってとじゃれつく犬のように絡みに行って、時に猫のようにかまえかまえとじゃれついてサマエルの傍で甘えてみせた。

最初はついてくるなとあしらわれていたけど、いつの間にかサマエルはそれをとがめなくなった。

そして、僕らはいつでも一緒にいるようになった。






いつしか施設ではサマエルとミハイルが寄り添って寝ている光景を皆がよく目にするようにまでなった。

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