ボドゲタイム
霜月かつろう
第1話
賑やかな場所は好きなのだけれどはしゃぎすぎている人たちに囲まれ続けるのは苦手だったりする。せっかく整えた少しウェーブのかかった肩まで伸びた髪の毛が誰かに当たるのをいちいち感じるのも気を使わないといけないのも嫌だ。せっかくふんわりとセットしてきたのに崩れてしまうのも気に入らない。
という理由が辺りの人たちに伝わるはずもなくて押したり押されたり。人より少しだけ体格が小柄な
「ねぇ。君って新入生だよね」
「テニスサークル。バビロンだよー。今夜飲み会あるからよろしくねー」
「アニメって興味ある?今期は良作ぞろいだよね」
「学園祭を一緒に盛り上げようよ」
なんて言葉が飛び交うことから今が大学のサークル勧誘の時期であり、その人ごみにもまれているのは説明するまでもない。
動きやすいようにズボン履いてきてよかった。慣れていないスカートなんて履いてきたらこの人ごみでどうにかされてしまったかもしれないとさえ思う。
やっとのことで人ごみを抜け出すとようやく一息を入れる。
こんな風に人が集まることなんていまだにあるんだと妙に感心してしまう。アニメや漫画だと見たことはある景色だったけれどまさか自分がその中に入り込むなんて考えたことはあったけれど信じてはいなかった。
広いと思っていた大学構内が人で埋め尽くされている。こんなに多くの人が通っているのかと思うとこれからの大学生活になんだか、無性に不安をかじるのだけれどその原因にまったく見当もつかなくて考えるのをやめる。せっかくの大学生活精いっぱいに楽しむと決めたのだ。
どこか楽しげなサークルはないかと辺りを見渡そうとするが人の垣根に阻まれて遠くを眺めることができない。であれば高台に向かうしかないと少しでも高いところを目指す。幸いこの大学は傾斜があって登ること自体は容易だ。でも人の心理がそうさせるのか人の流れは上から下へだ。その流れに逆らうには体力が必要そうだったので春はすぐに切り替える。
抜け道とかないのかな。あたりを人の流れの隙間を利用して辺りをキョロキョロと探す。棟と棟の間に道が伸びているのを見つけて、あった。と思わず口にしてしまった。喧騒のおかげでだれにも聞こえなかっただろうけれど。無邪気にはしゃいでしまったことがすこし恥ずかしく思えてそこから逃げ出す様に駆け足でその見つけた抜け道へと入り込む。
ようやく一息つける。そうしてから足を進め始める。まるで繁華街の裏通りに迷い込んでしまったようなその道で自分だけの道みたいで春は足取りが軽くなる。ぐるりと棟を回り込むようにしながら坂を上る。これからこの中で勉強するんだよね。と見慣れない横に長い机を建物の窓から眺める。
あれ?なにか光った。
首をかしげながら窓に近づいて中を覗き込むけれどその光源がなにかははっきりしなくて、好奇心だけが膨れ上がっていく。
建物に入っちゃいけないとかないよね。もうここの学生なんだし。
そう自分に言い聞かせ、どこからか入れる場所がないかを探り始めた。講義をするために作られたその建物には余計な物はなくて。春からの抗議のお知らせが張り出された掲示板とか、教授からのお知らせとか。これまでの人生で関りがなかった光景が広がり続ける。さっきの部屋はどこかなとその光景に後ろ髪をひかれながらも好奇心を優先する。
なんだったんだろう。机に置いてあるのだから汚いものものではないはずだ。抗議に使うものだとしても想像ができない。もしかしたらなんでもない文房具の一部だったりするかもしれない。
でも、だれも居ない建物にドキドキとワクワクが止まらなかったし。その先にあるものが気になって仕方がなかった。
ここかなと思った扉を開けたところでどこも似たような景色が広がるだけ。それを繰り返すうちに目的の場所をすっかり見失ってしまった。それでもここまで来て引き返すわけにもいかず、とりあえずは開けてはその部屋をぐるりと見渡すのをしばらくしていた。
そして。
「あった」
思わず声に出してしまったくらいには諦めかけていたころだ。光るそれは傾きかけている太陽を反射しているように見えた。
すぐさま駆け寄って手に取ってみる。
「さ、さいころ?」
透明なサイコロがそこに転がっていた。小さなでもキラキラして中に何か浮かんでいる。
「きれい」
思わずそう呟いていた。こんなさいころが存在するだなんて思いもしなかった。しばらくのあいだずっと見ていたいとさえ思えてくる。
すごろくとかで使ったことがあるものより高級感がある。でも、なんでこんなところに。
「あー。それ。私のなんだ。拾ってくれたんだね。ありがとう」
だれも居ないと思っていた部屋に突然声が響いて驚いてしまう。おそるおそる声の主の方を見ると、女の子がひとり立っていた。背は春より高く、身にまとっている雰囲気も大人びて見えるから先輩だろうか。
「ねえ。もしかしてサークル探してる新入生だったりする?」
やっぱり先輩なんだ。もしかしてこのさいころもサークル活動で使うものなのか。だとしたらすごろくでもするのか。それとも丁とか半とか言うあれか。いやいや、そんなのが大学に認められているとは思えない。
「私もこれからボードゲームサークルに顔を出すんだけど良ければ一緒に行かない?」
先輩だと思っていた同期の子からの誘いは思いがけないものだった。
「えっと。これを振ればいいの?」
手に持ったのは不思議なサイコロだった。一の目から三の目までしかないのに六面体だ。さっき見つけたものとは違ってキラキラしていない。その木目のサイコロが二つ春の手の中にある。
「そ。そのダイスを二つ振って出た目を足した分だけこのチップの上を進むことが出来るの。奥にある宝物の方が得点が高い可能性があるんだけど。海の底まで潜り過ぎると帰ってこれなくなるから気を付けたほうがいいよ」
海の底と言うのは比喩なのだけれど妙に不安を煽られて本当に帰ってこれない様な気がしてきてしまう。
『これってなにするものなの』
色とりどり、形様々な箱たちは見たこともなくて大事そうに本棚にしまってあるのは分かる。でもそれがなにをするものなのかさっぱり見当もつかなかった。
『ボードゲームだよ。まったく知らない?』
さっきも言っていたけれど。知らない。すごろく?と聞くと千尋は少し顔をしかめた。
『すごろくもボードゲームの一種だと思うけど。なんていうかもっと奥深いの。考えることがたくさんあって。私も動画見るくらいで実際にやったことはないんだけど』
そう口にする千尋の目は輝いていて。その瞳を見ているだけでボードゲームと言うものが素敵な物に思えてきた。
『私にもできるかな』
春が口にしたその言葉は千尋を喜ばせるには十分だったみたいだ。その結果二人でこうやってテーブルをはさんで遊ばせてもらっている。
テーブルには三角形、四角形、五角形、六角形のチップ。それが蛇行しながら小さい面体から大きい面体へ進むようになんとなく並んでいる。色もだんだんと濃くなっていって。海を潜っていくような感覚に襲われる。
『海底探検って言うんだけど。すごろくみたいなものだから一緒にやろうよ』
そう言われてわからないままに勢いに押されて頷いていた。そうしててきぱきと準備が進んでいって出来上がったのがそのチップの列だ。
「これを振って進んでいくんだね。で。宝物ってなに?」
「ボードゲームに得点を稼ぐことで勝利につながることが多いんだけどこれもその一種だね。このチップが宝物なんだけど。得点がそれぞれ隠されているの。持ち帰ったチップの裏面に書かれている得点を多く集めたほうが勝ちってこと。宝物はそれをフレーバーとして使ってるの。イメージしやすいでしょ?」
そうかもしれない。海底に沈んだ宝物であるチップを潜水艦に持って帰ればいいってことらしい。確かに分かりやすい。でも。
「このゲージはなに?」
同じくテーブルに置かれている潜水艦のボードに書かれている一から二十五までを表す点。
「これは酸素。みんなで共有で持っているチップの数だけ酸素が減っていって」
千尋が点の上に赤いマーカー置いてそれを動かしていく。ゼロであろう場所には×印が書いてあって。それが意味するところは。
「ここまで減ったら酸素がなくなって宝物を持ち帰れなくなっちゃうんだ」
「なにそれ。こわっ」
「そうだよねー。本当だったら怖いよね。でもゲームだから大丈夫だよ」
「チップってどうやって手に入れるの?」
チップを手に入れなければ酸素は減らないのだという。であればなるべく持たない方がいいのだろうけれど。それだと勝利に繋がらないと言ったところか。
「ダイスを振って出た目分進んだ場所のチップを取るか取らないかを毎回決めるの。あと、ダイスを振る前に戻るかどうかも決められるよ。引き際が肝心ってやつだね」
簡単に説明してくれるが。要はすごろくみたいにサイコロの目の分だけ進んで止まったマス。このゲームではチップを取ることが出来る。
「あっ。持ってるチップの数がダイス目から引かれるから要注意だよ」
なんだかまたルールが増えてついに混乱し始める。
「う。わかんなくなってきた。ボードゲームってこんなに難しいの?」
さっきからルールが多すぎて頭の整理が追い付かない。これならよっぽど高校までのテストの方が簡単に思えてくる。
「え。あっ。そのごめん。テンション上がり過ぎちゃったみたい。ちゃんと順番に説明するね」
そう大人しくなった千尋は本当に楽しみにしていたんだろうと思う。動画で見ていただけでは物足りなくなって遊んでみたくて仕方なくなったのだろう。その魅力があるのであれば、一緒に楽しみたいとも思えた。
順番に説明書を読みながら一緒にルールを学んでいく。『海底探検』はサイコロでコマを進め、誰よりもたくさんの宝物を持ち帰ることを目指すテーブルゲームです。とある。なんでも欲張りな乗組員たちは我先にと海底に眠る財宝を探索したいらしい。でも酸素の供給されるタンクはひとつ。無謀な人がひとりでもいると全員の命が危険にさらされる。そんな中、宝物を持ち帰ることができるでしょうか。そう問いかけられている。
これがさっき千尋が言っていたフレーバーってことなんだ。ようやく理解するのと同時に自分が潜水艦の乗組員になった気にもなってくる。隣にいる千尋より、より深くに潜って宝物を持ち帰ればいい。でも欲張りすぎると空気がなくなってしまう。だったらサイコロの目をより多く出せばきっと勝てる。
自信満々にサイコロを握る。さっきの続きだ。
「あれ。千尋」
もう呼び捨てでいいや、競争相手に遠慮は無用だ。そんなことより気になることが書いてある。
「これ三人から遊ぶみたいなんだけど。ふたりでもできるの?」
「えっ?確かに動画でも四人でやってた……もしかしなくてもダメかも」
途端に瞳の輝きが消えて落ち込み始める千尋。ああ。そんなんじゃこっちもせっかく盛り上がってきたのにテンション下がっちゃう。
「ね。だったら探しに行こうよ。一緒に遊ぶ相手」
驚いた表情で千尋が顔を上げてこちらを見てくる。その瞳には炎が灯った気がして春もわくわくしてくる。
「そんな人いるかな」
私はどうなのさ。そう言いたくなったけれどここでそんなことを言ってもしかたない。
「私みたいにサイコロに反応する人もいるかもしれないし、その辺りに置いてみようよ。そうじゃなくてもゼミに知り合い位できるでしょ。端から誘っていけばきっとみつかるよ」
そうかもしれない。居ても立っても居られないと言った様子で千尋が立ち上がる。
「よし。じゃ、いこ。仲間探し」
なんだ。そのワクワクする言葉は。
慣れない大学生活。見たこともない未知の遊び。
偶然迷い込んだこの世界はもしかしたら自分を予想以上に楽しませてくれるものなのかもと。
千尋と一緒にサークル室の扉を開けた。
後ろで、あいつらなんなんだと呆れた声が聞こえてきて。そういえばまだ、なにも表明していないことに気がつく。
「私たちこのサークル入るのでよろしくお願いしますっ」
まだ勧誘もしてないのに。そう言っているみたいな表情の先輩たちが妙におかしくて千尋と声を上げて笑ってしまった。
ボドゲタイム 霜月かつろう @shimotuki_katuro
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