【短編】令和元年のコンキスタドール

青豆

令和元年のコンキスタドール

 我々の街に侵略者がやってくるらしい。その噂は、教室の窓際、遠野くんの席を爆心地に、急速に広まった。我々は来るべき侵略に備え、対策を練ることにした。コードネーム『令和元年のコンキスタドール』である。我々はさっそく次の日から会議を行った。

 会議は放課後の体育館の中心にて行われた。議長は遠野くんが務め、その両脇に補佐官――おそらく下級生だと思う――が置かれた。僕はというと、遠野くんを中心に出来た円の端っこに座っていた。僕は遠野くんと違って、どちらかというとシャイな性格なのだ。

「みんなも既に話を聞いたことだと思う」

 全員が床に座るのを確認すると、遠野くんは厳粛な態度を示しながら言った。ごくん、という唾を飲み込む音が、八方から聞こえた。僕も唾を飲んだ。ごっくん。

「近く、何者かが我々の中学校に侵略に来るとの情報が入った。これは、確かな筋からの情報だ。詳しくは言えないが、俺様と一緒の塾を通っているやつから聞いたんだ。彼は、嘘をつかないことで有名なんだ」

 確かな筋からの、と彼が言った時に、どこからか悲鳴が上がった。周囲がざわつきはじめ、いよいよただ事じゃないぞという雰囲気が強まってきた。僕はとても不安になった。

 すると遠野くんの真向かいに座った男の子が、腕をスッと上げた。どうぞ、と遠野くんが言った。

「でも、誰が、いつ、くるのかは、わかっていないんだろう?」

「近いうちに、侵略者がくるんだ」

「それは答えになっていないよ」と男の子は言った。「僕が訊いているのは、侵略者が誰なのか、近いうちとはいつのことか、ということなんだもの」

「そんなの、どうだっていいだろう」と遠野くんは顔を真っ赤にして言った。僕は、彼がモジモジするのを初めて見た気がした。

「どうだっていいわけがないよ。これはね、とおっっても重要な問題さ。敵を知ることは、戦略を練るにあたって、もっとも大事な事の一つだからね。うーん……そんなこともわからないのに、議長が務まるのかな。僕はちょっと不安だよ、遠野くん」

 議場は再びざわつきだした。ざわざわ、がやがや。でも、それはさっきとは違う意味でのざわつきだった。遠野くんの権威の揺らぎに対する、不安のざわつきなのだ。

 遠野くんは悔しそうに爪を噛みだした。僕はちょっとかわいそうに思ってきた。何故なら、これは仕方のない事だからだ。彼は自分の頭の悪さを、権力で隠していただけなのだ。文学者は筋肉を付け、独身男は蕎麦を打ち、遠野くんは権力を振りかざした……ただそれだけのことなのだ。

 やがて、補佐官の下級生が鳥のように喚きだした。せいしゅくに! せいしゅくに! でも、男の子は極めて静かだった。静粛にしなければならないのは、補佐官の方だった。なんだかとっても嫌な雰囲気だ。ここがソヴィエトの広場なら、機関銃掃射が行われたに違いない、と僕は思った。

 しかしとにかく、ここは日本の中学校の体育館の中心で、遠野くんらが掃射出来るのは、せいぜい輪ゴム鉄砲くらいのものである。いまに始まろうとしている革命の萌芽は、誰にも摘むことなど出来ないのだ。遠野くんは権力の座から引きずり落とされ、男の子が新たな指導者となり、侵略者はそこにつけいって我々の大地を踏み荒らすのだ。そう思うと、僕はとっても悲しい気持ちになった。僕はこの学校のブランコとグラウンドが大好きなのだ。

 と、その時、事態は思っていたのと別の方向へと動き出した。体育館の扉が大きな音を立てて開き、五人の新たな下級生が入ってきた。遠野くんは兵隊を隠し持っていたのだ。男の子はびっくりして口を開いたままだった。彼は抵抗する暇もなく口をふさがれ、手を縛られ、体育館の外へと連れ出されてしまった。誰も何も言わなかった。みんな委縮しきってしまい、言葉を発することが出来ないのだ。

「ああなりたくないなら」と遠野くんは言った。「黙って俺たちに従う事だ。いいな?」

 全員が頷いた。僕も頷いた。

「侵略者は近いうちやってくる。それは確かな存在である。これ以上の情報が必要か?」

「いいえ」と全員が言った。

「何か案がある者は挙手をしろ。なければ俺の案を採用する。……あいつを旗手に、一年と二年の連合部隊を組織する。三年は各分隊を指揮してもらう」

 誰も意見はしなかった。出来るわけないのだ。

「異存がないなら、実行に移そう。その日が来るまで、訓練だ。明日から始めるぞ」

 そうして翌日から訓練が始まった。主に二階からの投石の訓練がなされた。野球部のピッチャーが投石において大いに活躍し、勲章が卒業後渡されることとなった。遠野くんの第二ボタンである。そんなもの欲しい人はいなかったけれど、みんな羨ましそうな演技をした。まったく、学校はいつの間にかソ連共産党みたいになってしまったのだ。

 我々の令和元年は、そのようにして過ぎ去った。


 その日は突如としてやってきた。侵略者が本当にやってきたのである。それはとある土曜日の朝だった。我々が土曜の訓練を行っていた時だった。

 侵略者の進軍を窓から眺め、遠野くんは満更でもなさそうな顔をした。今や、遠野くんの指導者としての評価は、以前のそれを越しつつある。恐怖政治も、全てはこの日のためにあったのだと思うと、我々は彼を敬愛しないわけにいかなかったのだ。

「賽は投げられた」と遠野くんは言った。「もう、後戻りは許されない。今、野球部を中心に投石部隊が屋上で待機をしている。先鋒の部隊は迎撃の体制を敷いている。もう逃げることは出来ない。我々はルビコン川を既に渡ってしまったのだ」

「怖いね」と僕は隣の子に言った。

「怖いけど、僕らには偉大な指導者がいるよ」

「うん」

「だから」と彼は笑って言った。「大丈夫さ」

 僕は頷いた。侵略者たちは校門を既に突破していた。僕はバドミントンのラケットを握りしめた。賽は投げられたのだ。

 この前の男の子が恐怖に顔を引きつらせていた。彼は旗手で、つまり真っ先に攻撃を受ける役割なのだ。大きな運動会の赤旗を持っているけれど、そんなもの役に立たない。

「いくぞおおおおおおおおおおおお」

 男の子は覚悟を決め、叫んで突撃をした。僕らもそれに続いて突撃した。旗手の後ろでは一年生がファランクスを組み、その後ろに三年生が立っていた。侵略者は、あ、と言った。

「よかった、丁度よかった」と侵略者の旗手は言った。「あの、お聞きしたいんですが、本日模試が行われる教室はどこでしょうか?」

「え?」

 我々の声がこだました。上を向き、窓から眺める指導者の顔を見た。遠野くんは、すまし顔でガラス窓を開けた。

「二階のⅮ組の教室です!」と遠野くんは言った。

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