第2話恋がしたいオジサン達

会社を出た藤岡と三浦は、電車で2人の自宅の最寄り駅近くの、居酒屋千代に向かった。偶然、2人の最寄り駅は一緒なのだ。藤岡と三浦は同期だが、藤岡は業務課の主任、三浦は総務課の主任である。三浦も既婚者で二児のパパだ。

2人は外見はぼろぼろの居酒屋千代の暖簾のれんをくぐった。

「いらっいませ~」

「やぁ、凛ちゃん」

「あっ、藤岡さんと三浦さん。いらっしゃい。今日は混んでて、カウンター席で宜しいですか?」

「うん、いいよ。あれっ、千代婆さんは?」

「藤岡さん聞いて下さいよ、わたしのおばあちゃん、出勤途中で転んで右足足首捻挫したんですよ。だから、今日はバイトの子をフル出勤させて、わたしが指示出してるの。藤岡さんと三浦さんも、いつもの、生でいい?」

「いいよ」

三浦はコクリと頷く。外見はぼろぼろだが、内装はびっくりするくらい、広く清潔感溢れ、店内は活気に満ち溢れている。

外見から若い子は余り来店しないが、一度でも、この居酒屋千代に入って飲んだ若者は躊躇ちゅうちょせず、リピーターとなる。


「お待たせしました、生になります」

と、バイト君が生を運んできた。次いでにおしぼりも持ってきた。

三浦が口を開く。

「バイト君、おしぼりは一番先に出すものだよ」

「すいません」

「次から気を付けて」

「はい」

2人は先ずおしぼりで、手を拭き、顔を拭き首周りを拭いた。

カウンター席座る若い女の子2人が、このオジサン達の一連の行為を汚物を見るような目付きで見ていた。視線を感じた三浦が女の子の方を見ると、女の子達は視線を外した。


「かんぱ~い」


2人はジョッキを軽く合わせてから、生ビールをがぶ飲みした。

殆んど飲み干した2人はバイト君に2杯目と、つまみを注文した。

「板わさある?」

「いたわさ……ありません」

「じゃ、かまぼこある?」

「あります」

「馬鹿者、かまぼこが板わさなんだよ!」

「す、すいません」

「あと、土手煮と焼き鳥の盛り合わせ、以上。君はあれか、大学生か?」

「い、いえ、まだ高校生です」

「そうか。じゃ、居酒屋の世界を余り知らないんだな」

「はい」

「オジサンも悪かった。名前は?」

「折田です」

「折田くん、チップだ」

そう言うと、三浦は折田に千円札を一枚渡した。

「ありがとうございます」

「で、まだ、付きだしも出てないからね」

「分かりました。直ぐにお持ちします」

折田は、直ぐに枝豆を持ってきた。

「君は、見た目だけではなく、指導員としても最高のオジサンだ」

「小太りに、オジサンって呼ばれる筋合いはねぇよなぁ」

「さっき、首筋拭いたじゃないか」

「……9月だから」

「は?」


2人は生ビールを互いに5杯のみ終えてから、日本酒のひやを注文した。

藤岡はバイトの折田に、

「日本酒のひやってな、冷酒じゃないぞ。常温だぞ。分かったか?」

「はい」

「じゃ、ひやを二合。二合が分からないなら凛ちゃんに聞け」

「分かりました」

つくねの串に、一味を振り掛けて食らいつき、すかさず日本酒を飲み、ほんのり顔を紅くした藤岡は、三浦にこう言った。

「三浦~また恋をしてみないか?」

「鯉?それなら早く言ってくれよ!オレも鯉が好きなんだから」

「お~、お前も恋が好きなのか?」

「あぁ、あの酢味噌の甘酸っぱい味」

「酢味噌?まぁ、恋は甘酸っぱいよな?」

「早く言ってくれれば、つまみに鯉を注文したのに!」

「注文……恋を?」

「うん、鯉」

「三浦、それは英語でカープの鯉?」

「そうだよ!鯉の洗いの事」

藤岡は、話しが噛み合わない理由を理解した。

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