第59話

 アイシアが開いたページは、バイオウェアの商品が書かれたページであった。

 ページには筋肉を強化するバイオウェアが詳細に書かれていたが、その手の知識がないムゲンにはチンプンカンプンだった。


「うーん?」


「そう悩まなくてもいいわ、私としてはムゲンの隣で買い物したかっただけだもの」


 難しそうなカタログの内容に、思わず眉をひそめてしまうムゲンであったが、アイシアは相変わらずの無邪気な笑みを浮かべると、ムゲンの頭を撫でるのだった。

 アイシアのまるで子供のような扱いに、ムゲンは不機嫌そうな表情をするが、それを見たアイシアに「そんな反応じゃまだ子供よ」と言われてしまう。


「それで、私もバイオウェアをアップグレードしようと思うのよ。たとえば筋肉を強化するものとかいいじゃない?」


「俺は相場が分からないけど、幾らぐらいするの?」


「一つ上にアップグレードするだけで、約四万ニューエンほどかしら」


「よ!?」


 表情を変えずにアイシアが告げた価格に思わず驚いてしまうムゲン。だがアイシアは一枚ページを捲り、カタログをムゲンに見せる。

 そこには神経加速と書かれた、項目があり価格は約十万ニューエンと書かれていた。

 ――じゅ……十万ニューエン……。

 目眩がしそうな価格に、ムゲンは思わず頭を抱えてしまう。

 そんな高額なバイオウェアを、アイシアは「やっぱり少し高いわねー」と呟くだけで済ませてしまう。


「アイシア、不躾な質問だけどさ。アイシアは幾らサイバーウェアとかにお金かけたの?」


「ふふ、本当に不躾ね。まあ大体……三十万ニューエン程だったかしら。つまり私は三十万ニューエンの女ってことね」


「さっ! 三十万!?」


 アイシアの告げた金額に驚きを隠せないムゲン。そんなムゲンの反応を見たアイシアは、イタズラが成功した童女のような笑みを浮かべるのだった。


「別に驚くことじゃないわよ。サクラのデックチェアとかハッキング機器はもっと高額だもの」


「大体幾らぐらい?」


「サクラの持っているヤツが大体三十五万ニューエンで最高級だと八十万ニューエンするらしいわ」


 アイシアの口から出た金額の大きさに、ムゲンは頬を引きつらせながら乾いた笑いしか出なかった。

 ――そんな金額の機械使う人間がいるのか? いや、オリュンポスコーポレーションの人とか使えるか。

 そう考えたムゲンの脳裏には、自慢げな笑みを浮かべるリリィの姿が浮かぶのだった。


「それでアイシアは本当に購入するの?」


「決まってるでしょ、もちろん買うわよ。もっとも、この仕事を終えて報酬を手に入ってからだけどね」


 アイシアは「取らぬ狸の皮算用って嫌いなのよねー」と言いながらも、楽しげにバイオウェアの載ったカタログをペラペラとめくっていた。

 そんなアイシアの姿を見て、ムゲンは思わず苦笑してしまうのだった。

 苦笑しているムゲンの様子を遠目から見ていたカグヤは、雰囲気を変えるように声をかけてくる。


「こらこらアイシア、一人でカタログ見ているんなら、少年は私が連れて行っちゃうぞ?」


「はぁ!? なんであんたが連れて行くのよ!」


「そりゃあ、少年が一人で暇そうにしているからさ。少年が私と一緒にナニしようと君には関係ないだろ?」


 カグヤの言葉に、グググと悔しそうに唇を噛むアイシアだったが、カグヤの言葉も一理あると考える。

 なのでアイシアは、先程まで見ていたカタログを閉じると、ムゲンの手を取って銃器が並んでいるエリアへ歩いて行く。

 嫉妬しているアイシアの様子を見たカグヤは、楽しそうに笑いながら入ってきた別の客の相手をする。


 **********


 銃器が並んでいるエリアに着いたムゲンとアイシア。

 そこには拳銃であるライトピストルやヘビーピストル、アサルトライフルに、スナイパーライフル、ゲテモノで言えばヘビーマシンガンまで置いてある。

 様々な銃器が並んでいる銃器エリアを見たムゲンは、まるで子供のように目を輝かせながらサンプルの銃器に手を触れていく。

 ムゲンが手に取ったのは、安価なアサルトライフルである。

 だが安価だからといっても、質実剛健な作りで砂に埋めても銃弾を撃つことができる代物であった。


「ムゲンはそれでも買うの?」


「いやー今使っているアサルトライフルが使えなくなったらかな」


「ふーん私はこれかしら」


 そう言うとアイシアが手に取ったのは、スナイパーライフルであった。

 スナイパーライフルのサイズは、小柄なアイシアよりも長くまるで狙撃銃というよりは、重火器のようなサイズ感をしていた。

 弾倉に入る銃弾数は少ないとはいえ、発射時の衝撃を殺すことができれば連射できるスナイパーライフルである。

 アイシアは手に取ったスナイパーライフルをまるで、繊細な物を扱うように丁寧に構えリロードする。

 ムゲンとアイシアは各々自分に合いそうな武器を手に取ると、見せあい価格を見て笑い合うのだった。


「なんだいあんたたちは!?」


 遠くからカグヤの驚くような声が、ムゲンたちの耳に届く。

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