第50話

 夜、眠りについていたムゲンは、ふと目が覚めた。近くの時計を見れば深夜の二時である。

 先程までどうにか眠っていたムゲンであったが、アイシアとサクラの柔らかさに獣欲を煽られ、我慢できずに起きてしまう。


「うう……ギンギンする……」


 左右を見れば気持ちよさそうに寝ているアイシアとサクラの姿。そして二人の豊かな胸が、ムゲンの腕に押し付けられていた。

 思わずアイシアの胸に手を伸ばしたくなるムゲンであったが、理性を総動員させて抑え込むことに成功した。

 ――さすがに睡姦は駄目だろ。

 そう思いながらムゲンは、二人を起こさないようにこっそりとベッドを抜け出す。


「月が綺麗だ……」


 寝室を抜け出したムゲンは一人、リビングで水を飲んでいた。窓の外には息を呑むほどの星空と、ネオン輝くビル群が広がっている。

 未だ肉欲を昂ぶらせているムゲンは、それを抑えるために一人夜のネオ大阪へ出歩くのだった。


 **********


 夜のネオ大阪を歩くムゲンは、一見すると平然を装ってるが、その心の中では情動が荒れ狂っている。

 ――アイシアの身体を征服したい。サクラの豊満な身体を貪りたい。

 そんな事を考えながらも、心の中で渦巻く色欲を抑え続けるムゲンは、いつの間にか歓楽街に来ていた。

 歓楽街には水商売の女性や、客引き、そして酔っ払いなどが多くいる。


「ここは今の俺には毒だな……」


 肌を露出させた水商売の女性の姿や、周囲から漂ってくる淫気が、ムゲンの淫魔としての本能を刺激していく。

 急いでその場を離れるように走り出したムゲンは、人の気配がない裏路地に逃げ込むのだった。

 周囲に人影もない裏路地で、ムゲンは一休みするように大きく息を吐く。


「ふぅーここなら当分大丈夫そうだな」


 深呼吸をしながらムゲンは近くにあった自動販売機で、冷たいソーダ水を購入する。

 ガコンという音と共にソーダ水が出てくると、ムゲンはそれを飲みだすのだった。

 ひんやりとした炭酸水が喉を通る度に、劣情で熱くなった身体が冷えていき、ようやくムゲンは落ち着いた気分になれた。

 だが休んでいたムゲンの耳に、強烈な鈍い打撃音が入ってくる。


「ん? 何だ?」


 打撃音を聞いたムゲンは、即座に音のする方向に視線を向ける。するとムゲンの視界に、男が勢いよく吹っ飛んでくる。

 即座に男を回避したムゲンは、飛んできた男を見やる。男の外見から男の種族がオークであることが分かった。そして一つの問題が出てくる。

 問題は男の種族がオークだからではない、オークの男の口元から伸びる異常なほどに鋭い牙、それが問題だったのだ。

 その特徴から察するにオークの男は、吸血鬼であることが予想できる。

 吸血鬼――それは西暦二千七十年の今でも、圧倒的な力を持つ不死者イモータルとして有名な存在である。それ故に吸血鬼は迫害されることも多いのだ。

 そんな吸血鬼がネオ大阪の夜の街で、吹っ飛んできたことに疑問を持つムゲン。


「いった何が……?」


 頭の中に渦巻く疑問を解消するために、ムゲンはオークの男が飛んできた方向に向かうのだった。

 すぐにオークの男が吹っ飛んできた理由は判明した。

 ムゲンの視界にはシスター服を着た金髪の女性、そして女性を囲むように男たちが立っている。

 男たちの種族はオークにトロールと肉体的にヒューマンよりも圧倒的に優れた種族ばかりで、金髪のシスターは端から見ても押されていた。


「ククク、中々やるようだが数の不利は覆せないようだな」


「く、卑怯な……」


「はっ! 脆弱なる者はいつもそう言う。数の利はお前たちの専売特許だものな!」


 オークとトロールの男たちは、金髪のシスターの言葉を鼻で笑うように答える。

 遠くからそれを見ていたムゲンは、オークとトロールの口から鋭い牙が伸びていることに気づくのだった。

 ――こいつら全員吸血鬼……!

 ムゲンはオークやトロールの吸血鬼が、何人もいることに思わず絶句してしまう。

 元来吸血鬼の出生率は低く。基本的に吸血鬼が増える手段は、普通の人間から吸血鬼へ変貌することである。

 そして吸血鬼に変貌した人間は、その身体能力を何倍にも強化されるのだ。

 その強化倍率、数値にしておよそ二倍から三倍である。

 ヒューマンでも驚異的な身体能力を叩き出すのに、オークやトロールが吸血鬼となれば、その驚異は計り知れない。

 だがそんな吸血鬼オークや吸血鬼トロールを前にしても、金髪のシスターは負けずに戦っていた。


「は! せいや!」


 突撃してきた吸血鬼オークの一撃を捌いた金髪のシスターは、そのままカウンター気味に蹴りを叩き込む。

 だが蹴った金髪のシスターの隙を突くように、他の吸血鬼オークが殴りかかる。しかし金髪のシスターは、吸血鬼オークの一撃を紙一重で躱すのだった。

 目の前で繰り広げられる戦闘を見て、ムゲンは思わず拳を握ってしまう。それは目の前の一対多数を見ていられないからだ。

 もっともな理由を上げているが、今のムゲンにとってはその身に渦巻く獣欲を解消したいだけなのだ。

 ニタァと笑ったムゲンは、吸血鬼オークと吸血鬼トロールの横っ面を殴るために拳を握り走り出した。

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