第51話

 既に金髪のシスターの体力は限界であった。

 十人以上の吸血鬼たちを前にしてその殆どを倒したが、最後に残った吸血鬼トロールのタフさに消耗戦を強いられていた。


「ははは、脆弱なる者よこれで終わりだ!」


 そう言ってトロールの吸血鬼が、右腕を大ぶりに振りかぶった瞬間、横からムゲンの飛び蹴りが吸血鬼トロールの首に命中する。

 ゴキっと鈍い音と共に吸血鬼トロールは絶命し、そのまま倒れるのだった。


「なっ!?」


 横殴りされたことに驚く吸血鬼トロールたち。その隙にムゲンは素早く金髪のシスターの前に立つ。


「貴方は……?」


「通りすがりの正義の味方ってことで通してくれない?」


 金髪のシスターに向かって屈託のない笑みを見せるムゲン。それを見た金髪のシスターはコクリと頷くのだった。

 二人の様子を見た吸血鬼トロールたちは、激昂した様子で地団駄を踏む。


「てめぇ、いきなり出てきて何様のつもりだ!」


「はっ、肉体的強者のトロール様が数で囲むなんて、落ちぶれたもんだなぁ?」


 ムゲンの挑発を聞いた吸血鬼トロールは、さらに激怒した表情となる。吸血鬼トロールはそのままムゲンに向かって、丸太のような太さの腕で殴りかかる。

 だがムゲンは吸血鬼トロールの一撃を、何とか紙一重で回避した。そしてムゲンはヘビーピストルを取り出そうと、素早く腰に手を回す。

 だが最低限の装備しか持ってきていなかったムゲンの腰には、ヘビーピストルは無かった。


「しまっ!」


「はっ! 隙ありぃ!」


 吸血鬼トロールの叫びを聞いたムゲンは咄嗟に前を向く。すると目の前には吸血鬼トロールの拳が近づいていた。

 しかし次の瞬間、横から伸びてきた緋色の槍が、吸血鬼トロールの拳を貫いた。


「があああぁぁぁ!」


 分厚い皮膚で覆われた拳を貫かれた吸血鬼トロールは、窓が割れそうな叫び声を上げる。その一瞬できた隙を突くように、ムゲンは吸血鬼トロールの目に指を入れた。

 グチャリと音を立てて潰れる眼球。そして痛みに耐えかねた吸血鬼トロールは、思わず膝をついてしまう。

 さらに追撃を入れるように、ムゲンは吸血鬼トロールの顎に拳を叩き込んだ。

 眼球の痛みと脳が揺れたことで、まともに立てなくなった吸血鬼トロールは、そのまま何もできずに倒れてしまう。


「これで一つ! そっちは……へ?」


 後を振り向いたであったの視界に入ってきたのは、地面に倒れ伏した吸血鬼トロールの姿であった。

 そして吸血鬼トロールを倒したのは、華奢で女性らしい柔らかさと豊かな胸を持った金髪のシスターだからだ。

 金髪のシスターの息は若干荒れているが、それでも傷らしい傷はなく余裕を感じさせる。


「助力ありがとうございます。それであなたは……」


 一体何者ですか。そう言おうとした金髪のシスターであったが、その続きを言う前に地面に膝をつく。

 金髪のシスターの頬は紅く、いきも絶え絶えであった。その様子は医学の知識がないムゲンでも異常であることは分かる。

 ムゲンは思わず金髪のシスターに近づく。その時、ムゲンは金髪のシスターの口元から覗く、鋭い牙に気づくのだった。

 口から覗く鋭い牙――それは吸血鬼に連なる者であるということである証拠。ムゲンは思わず一歩後ろに下がってしまう。


「騙して……ごめんなさい。でも私は半端者ダンピールなのです」


半端者ダンピール?」


 苦しそうな様子の金髪のシスターが発した聞き覚えのない言葉に、ムゲンは思わず頭を傾げてしまう。

 金髪のシスターが説明しようとした瞬間、ムゲンの背後を見てすぐさま戦闘態勢をとる金髪のシスター。

 それを見たムゲンはすぐさま背後に視線を向けると、そこには忍者のような服を着た男が立っていた。

 男は顔の半分を布で隠しているが、口元の鋭い牙は布で隠せていない。つまり目の前の男は吸血鬼忍者なのだ。


「ふん、その女は吸血鬼の祝福を受けて、それを拒んだ愚か者。だが並々ならぬ力を持つ以上、我らの主がその身を欲しがっている」


「それを聞いて彼女を差し出すとでも?」


「なんだ貴様、名前も知らない女を庇うのか?」


 吸血鬼忍者はそう言うと、腰に差した刀を抜いて上段の構えを取る。吸血鬼忍者が戦闘態勢を取ったことを見たムゲンも、素手とはいえ戦いの構えを取る。

 構えを取ったムゲンと吸血鬼忍者の間に、一触即発の雰囲気が流れてゆく。だがその雰囲気を断ち切るように、黒い影がうごめくように二人の間を駆け抜けていった。


「な!?」


「む!?」


 黒い影に驚く二人。すぐさま黒い影は吸血鬼忍者に襲いかかるのだった。

 無意識に刀を振い黒い影の攻撃を防ぐ吸血鬼忍者であったが、その間に金髪のシスターがムゲンの手を取りその場を去るように走り出す。


「ぬ……待て!」


 吸血鬼忍者に待てと言われても、金髪のシスターは何も答えずに無理矢理ムゲンを連れて逃げ出して行く。

 その間にも黒い影――金髪のシスターが操る影は、吸血鬼忍者を妨害し続けるのだった。


「くっ……逃したか。だがそう遠くには逃げていないはずだ!」


 吸血鬼忍者が黒い影を殲滅したのは、ムゲンと金髪のシスターがその場を去ってから数分後のことである。

 だが吸血鬼化したことによって、五感が常人よりも優れている吸血鬼忍者には、ムゲンと金髪のシスターの逃走跡を探すのは容易いことであった。

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