第27話

 悪魔は丸太のような太さをした脚を上げると、倒れているムゲンの身体を踏み潰そうとする。

 しかしムゲンは痛みに悲鳴を上げる身体を無理矢理動かすと、悪魔の一撃を回避する。そのまま急いで立ち上がるムゲン。目の前には迫りくる悪魔の手のひら。

 すぐさま横に転がることで悪魔の鷲掴みを回避したムゲンは、倒れているアイシアに視線を向けるが、すぐに眼の前の悪魔に意識を向ける。

 眼の前の悪魔によってムゲンの生存本能が刺激され、目を離すことができないのだ。

 少しでも悪魔から目を離すと、自分が死んでしまう。そう判断したムゲンは地面に落ちているアサルトライフルに向かって飛び込み、アサルトライフルを拾い上げる。


「糞ぉ!」


 そのまま迷うことなくムゲンは、アサルトライフルの照準を悪魔の目に合わせ、躊躇なくトリガーを引く。

 放たれた弾丸は悪魔の目に命中したが、悪魔の視界を奪うには威力が足りなかった。


「ははは、何だそれは豆鉄砲か?」


 悪魔の態度に思わず悪態を付きたくなったムゲンであったが、それでもアサルトライフルの引き金を引き続ける。だが放たれたアサルトライフルの銃弾は、悪魔の身体を傷つけられない。

 元々悪魔、天使、精霊などの人類ではない種族の幾つかは、物理的な耐性を持っている場合がある。ムゲンの眼の前にいる悪魔もそうだ。

 例えアサルトライフルの銃弾が効かなくとも、ムゲンは銃弾を撃ち続けるが遂にアサルトライフルは弾切れを起こす。

 急いでタクティカルベルトから弾倉を取り出してリロードをしようとするムゲンであったが、その隙を突くように悪魔は殴りかかってくる。


「もう終わりか? ならば死ね!」


 悪魔は成人男性の胴並の太さをした腕をムゲンに振り下ろす。

 再び悪魔の一撃を喰らえば、頑丈なムゲンであっても唯では済まない。そう判断したムゲンは、慌てて横に飛ぶことで攻撃を回避する。

 しかしムゲンが攻撃を回避したその瞬間、悪魔の一撃がアサルトライフルに掠ってしまう。

 予想外の衝撃を受けたアサルトライフルは、銃身が右に歪んでしまうのであった。


「く……!」


 アサルトライフルの銃身が歪んだことを見たムゲンは、即座にアサルトライフルを投げ捨てる。そして先程までアイシアが使っていたショットガンを探すのであった。

 しかしそれを邪魔するように、悪魔は尻尾をムゲンに向かって薙ぎ払う。

 転がって攻撃を回避していくムゲンであったが、徐々に余裕がなくなっていく。そうして悪魔の攻撃を回避していく内に、ムゲンの懐にあったポケットトロンが着信を告げるように震え始める。


(誰だ……?)


 ムゲンは思わず電話をかけてきた人間を殴りたい衝動に駆られるが、今はそんなことをしている場合じゃないと思い直し電話を無視する。

 しかしムゲンの意思を無視して、ポケットトロンは通話を開始するのであった。


『もしもしムゲン君! そっちはどうなっているんですか!?』


 電話の相手は建物の外にいる筈のサクラ。しかしサクラの様子はどこか焦っている様子だった。

 それもその筈だ。サクラはアイシアのポケットトロンに何度も通話を試みたのだが応答せず、ムゲンに通話を無視されたサクラは仕方なく、ムゲンのポケットトロンをハッキングしたのだった。


「今、手が離せない状況なんです」


『せめて状況だけでも!』


「アイシアは気絶していて、目の前にはサタナキアの分霊を名乗る悪魔が一体!」


『な……』


 ムゲンの投げやりな報告を聞いたサクラは絶句してしまう。ムゲンたちより教養のあるサクラはすぐに、サタナキアと名乗る悪魔の正体に糸目をつけたからである。


『サタナキアですか!? あのビックセブンの一つ、パンデモニウムの重役アガリアレプトと同格の!?』


 思わぬビックネームに驚きを隠せないサクラ。そのままサタナキアについて解説しようとするが、それどころではなかったムゲンは、思わずポケットトロンの通話を切ってしまう。

 ブツリと通話の切れた音がポケットトロンからするとムゲンは乱暴にポケットにしまい込む。


「もう話はよかったのかぁ?」


 嘲るように声をかけてくる悪魔。それに対しムゲンは無言でファックサインを返す。

 ムゲンのファックサインを見た悪魔は、いらだちを隠せない様子で足元に落ちていたアサルトライフルを脚で軽く小突く。それだけでアサルトライフルは、まるで銃弾のようにムゲンに向かって飛んでいく。

 飛んでくるアサルトライフルにムゲンは反応できず、そのまま腹部に命中してしまう。


「がぁ……!」


 腹部を襲った痛みのせいで、口から形容し難い声を漏らしてしまったムゲンは、飛んできたアサルトライフルごと壁までふっ飛ばされる。

 凄まじい衝突音と共に壁に激突したムゲンは、そのまま床に倒れ込んでしまう。

 倒れ込んだムゲンの元に、ゆっくりと悪魔が近づいてくる。そして悪魔は倒れているムゲンの頭を掴むと、そのまま持ち上げてみせる。


「なんだ、息巻いてみせたのにこの程度か?」


 そう言って悪魔はムゲンの頭を掴む力を徐々に強くしていくと、ギリギリときしむ音がムゲンの頭から聞こえてくる。


「があああぁぁぁ!」


 頭部を襲う強烈な痛みに耐えられずムゲンは叫び声を上げてしまう。それを聞いて悪魔は少しは気が晴れたと言わんばかりに笑うのだった。


「いい声だ、もっと私を楽しませてもらうぞ。そうだな例えばこの女をお前の目の前で犯すとかな」


 そう言って悪魔は倒れているアイシアに視線を移す。アイシアはまだ悪魔の発情の術に嵌っているのか、ムゲンの叫び声を聞いても慰めを止めようともしない。

 それどころかアイシアは熱の籠もった視線を、ムゲンの股間に向ける始末である。

 ムゲンはそんなアイシアの姿を見て、身体の奥底から怒りが湧き上がるのを感じた。だが悪魔に頭を掴まれているために、ムゲンは動くこともできない。

 俺は無力だ。

 ムゲンは思わずそう思ってしまう。次の瞬間、ムゲンの身体の奥底から何かが漲ってくる。

 それはムゲンにとって未知の力であった。身体の全身に満ち満ちていく謎の力。

 完全にムゲンの身体に力が満ちたその瞬間、ムゲンの様子は一変する。


「AAAAAAAAAaaaaaaaaa!」


 身長百五十センチ前後であったムゲンの身体は、徐々にそのサイズが大きくなっていき眼の前の悪魔と同程度になっていく。

 そのままムゲンの身体は四肢を持ち、銀色の翼と身体を持つ竜へと変化した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る