第28話

 その日、ネオ東京では異常な振動が観測された。公式の発表では原因不明とされていたが、ビックセブンの各社は原因を掴んでいた。

 原因は竜へと変貌したムゲンの雄叫びによる余波である。

 竜へと姿を変えたムゲンは、目の前にいる悪魔と対峙するように佇んでいる。

 突然の事態に困惑する悪魔。豊富な知識を持つ悪魔でも、目の前の人間が巨大な竜に変身するのは経験に無いからだ。


「なんだ貴様は!?」


「AAAaaa!」


 悪魔の言葉に対して、ムゲンは雄叫びで返答をする。その意味は目の前の悪魔の排除であった。

 獣のように四足歩行の体勢を取るムゲンは、そのまま悪魔に向かって突撃する。

 ムゲンが一歩踏み出す度に地面は大きく揺れ、建物の壁には少しずつだがヒビが入っていく。しかし周囲影響を気にすることもなくムゲンは、悪魔に向かって攻撃を仕掛けた。


「ぬおおお!」


 四メートルを超えたムゲンの巨体による突撃を、悪魔はなんとか両手で受け止める。しかし攻撃を止められたムゲンは、口を大きく開くと顎門で悪魔に喰い付こうとする。

 すぐさま悪魔は後方にバックステップをすることで、ムゲンの噛みつきを回避する。それでも攻撃を回避したあくまの額には、僅かながらに汗が浮かんでいる。

 悪魔は素早く右腕を前に出すと、魔力弾をムゲンに向かって放つ。一つ一つが人間には出せないほどの魔力の籠もった攻撃であった。だがムゲンは魔力弾の雨に向かって、恐れることなく突き進んでいく。

 なんだコイツは。悪魔の中に浮かんだ感情は恐怖であった。


「GAAAAAAAAAaaaaaaaaa!」


 文字通り獣のように突き進んでいくムゲン。そして悪魔との距離を一気に詰めていくと、そのまま腕を叩きつけるように振り下ろす。

 空気を切り裂く音と共に振り下ろされた一撃は、攻撃を回避しようとした悪魔の身体に命中する。

 ムゲンの攻撃をまともに受けてしまった悪魔の身体は、まるでボールのように吹き飛ばされてしまうのだった。

 地面を転がっていく悪魔であったが、すぐに体勢を立て直し立ち上がる。


「貴様よくもやってくれたな!」


 立ち上がった悪魔は即座に腕を再び構えると、手のひらから炎、氷、雷の嵐を生み出しムゲンに向かって放つ。

 人間にはできない悪魔の魔法の行使を見ても、ムゲンはただ唸るだけであった。

 ムゲンに向かって放たれた魔法の嵐は、建物を破壊しつつ襲いかかる。しかしムゲンに命中する寸前、ムゲンの姿は消えて魔法の嵐は空を切るのであった。


「何!?」


 目の前にいたムゲンが消えたことに驚きを隠せない悪魔は、即座に探知の魔法を行使する。しかし探知の魔法の結果は、目の前にムゲンがいることを示していた。

 周囲を見渡す悪魔であったが視界に映るのは倒れているアイシア、金剛会のドワーフの死体に、エルフとトロールの死体であった。

 次の瞬間、トロールの死体の影から、ムゲンが無防備な悪魔の背中へと襲いかかる。それはムゲンの吸血鬼の血が為せる技であった。

 しかし悪魔もムゲンの気配を察知すると、咄嗟に振り向きムゲンの攻撃を防ぐのだった。

 ムゲンと悪魔がぶつかりあった瞬間、それだけで凄まじい衝撃が発生する。そしてムゲンと悪魔は互いに睨み合いながら、両者共に組み合ってみせる。

 互いの力比べが続く中、先に動いたのはムゲンの方だった。


「GHAAAAAAAAAaaaaaaaaa!」


 大きな叫び声を上げたムゲンは、一旦後方に下がり距離を取る。そして大きく身体を回転させ、尻尾を勢いよく悪魔に叩きつける。

 まるで流星のように振り下ろされた尻尾は、悪魔の腹部へ命中しそのまま壁に叩きつけた。

 悪魔が壁に叩きつけられると同時に、部屋の周囲に轟音が鳴り響く。


 *********


「うう……ん……」


 部屋に響き渡る音を聞いたアイシアは、正気に戻り起き上がる。

 すぐに自分が全裸であることを気づいたアイシアは、即座に胸と下半身を腕で隠すと周囲の様子を観察する。


「何なのよこれ……?」


 しかしアイシアの視界に入ってきたものは、彼女の常識を破壊するような光景であった。

 悪魔を圧倒する銀の竜、そして高位の悪魔が一方的にやられている光景に、アイシアは驚きを隠せなかった。

 素早くアイシアはこの暴力の嵐に巻き込まれないように、部屋の隅に隠れるように逃げると竜と悪魔の戦いを見守る。

 倒れた悪魔に対してマウントを取る竜。そしてそのまま上から一方的に殴り続けていく。


「お、おい! もういいだろう? 私の負けだ、だから止めてくれ!」


 必死に叫ぶ悪魔の声を無視して、竜は攻撃を続けていく。鋭い歯で噛みつき、腕を叩きつけ、尻尾を振り下ろし、翼を振り回す。


「ひぃ!」


 竜の渾身の攻撃を受けた悪魔は、口から血を流しながら悲鳴を上げ続ける。

 その姿を見ていたアイシアは、思わず後ずさりしてしまう。

 アイシアにとって目の前の竜は、仲間であるムゲンではなく恐ろしい脅威なのだ。


「女、見逃してやるからこいつを止めてくれ!」


 悪魔は無様にもアイシアに懇願する。しかしアイシアは何も言わず首を横に振る。

 それを見た悪魔は怒りの形相を浮かべるが、その表情はすぐに恐怖に染まってしまう。

 なぜなら悪魔の眼の前には、既に竜の顎門が迫っていたからだ。

 慌てて逃げようとする悪魔であったが時すでに遅く。ムゲンはその巨大な口で悪魔の頭部を喰らいついた。

 断末魔を上げる暇もなく悪魔は、竜によってその生命を奪われる。そのまま竜は残った悪魔の遺体を、食事でもするかのように食べ尽くすのだった。

 悪魔の遺体を食べきった竜は、アイシアの方へゆっくりと視線を向ける。


「く……」


 竜の強烈な視線を受けたアイシアは、思わず尻餅をついてしまう。圧倒的な力を持つ竜に対して、今のアイシアは成す術がなかった。


「URRRRRRRRRrrrrrrrrr!」


 唸り声を上げながら竜は、ゆっくりとアイシアに近づいていく。その腰には竜の欲棒が、興奮するように脈打っていた。

 それを見たアイシアは恐怖のあまり、その場から動くことができなかった。

 次の瞬間、竜の動きはピタリと止まると、強烈な閃光が発生する。

 目を焼き尽くすような光に、思わずアイシアは目を閉じてしまう。

 すぐに光は収まったのでアイシアは目を開くと、そこには倒れたムゲンの姿。


「ムゲン!」


 ムゲンの姿を確認したアイシアは、急いでムゲンの元へ駆け寄る。ムゲンの身体はあちこち傷だらけであるが、命には別状ない様子であった。

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