第18話

 アイシアがカグヤに注文した商品を受け取ったムゲンとアイシアは、梱包された銃と衣類を持ちながらブラックマーケットを後にした。

 地上のアイスクリーム屋を出たムゲンたちの前に、黒い大型のバンが停車する。


「はいはーい、お買い物お疲れ様でーす。サクラちゃんがお出迎えしに来ましたよ!」


 停車した黒い大型のバンのスピーカーからサクラの声が響き渡る。そして運転席から出てきたのは、マトリクス上でしか見たことのなかったサクラの姿であった。

 マトリクス上では下着が覗けそうなぐらい短いスカートを着た女性であったが、今はロングスカートにブラウスという出で立ちをしていた。


「悪かったわね車走らせて」


「いいですよそれぐらい。買った物を持ったまま歩かせるなんてできませんからね」


 そう言うとサクラはアイシアが持っていた銃の入った袋を受け取り、素早くバンの中に仕舞っていく。

 持っていた全ての銃器をバンの中に仕舞ったムゲンとアイシア後部座席に座り、サクラは運転席に乗り込む。

 そのまま三人を乗せた黒いバンは、ゆっくりと加速していくのであった。


 **********

 ムゲンたちが乗ったバンはそのままバー『バベル』に向かって走っていく。

 バベルまでの道を進んでいる間、アイシアは無言で購入した衣類の袋を開けていく。


「ん? どうしたんですかアイシア」


「どうしたもこうしたも無いわよ、これからリザルトって奴をぶっ殺す前の仕事をするのに、そんな格好じゃ笑われるでしょ」


 アイシアはそう言うとムゲンを指差す。今のムゲンの格好は、灰色のポンチョに最低限の服を着た格好である。

 少なくとも今のムゲンの格好は、仕事を受けるコントラクターの格好ではない。


「まあポンチョはないですね」


「そうよねサクラ」


「なのでムゲン君にはここで着替えてもらいまーす」


 運転しながら楽しげに笑うサクラと、ムゲンの服を脱がそうとするアイシア。

 ムゲンは抵抗しようとしたが、アイシアの力には敵わずそのまま脱がされてしまう。その間にもサクラは運転しながらも、半裸のムゲンの姿に興奮しながら視線を向け続けていた。


「あーもう、子供じゃないんだからジッとして!」


 またたく間にパンツ一丁にされたムゲンは、アイシアが開封した衣類に袖を通していく。

 着替え終わったムゲンの格好は、白のワイシャツに黒の上下のスーツ姿となった。


「ふーんいいじゃない。これなら舐められずに済むわね」


「コレはコレで、今のムゲン君に奉仕されたいですね……」

 

 今のムゲンの姿を見て満足そうに頷くアイシア、サクラは逆に口からヨダレが垂れる寸前であった。そんなサクラの様子に、アイシアは無言でアイアンクローを仕掛ける。


「あんたねぇ、流石にそれはマズイでしょ」


「痛いです、痛いです、いいじゃないですか。美少女と見間違う男の子にご奉仕プレイされるとか!」


 涙目になりながらも欲望を垂れ流すサクラ。それを聞いたアイシアのアイアンクローはより強さを増していく。

 運転席に座っているサクラがアイアンクローを受けている間に、思わずサクラはハンドルを離してしまう。


「って!? ハンドル離してますよ!?」


「大丈夫よ、サクラはこのバンと繋がっているからハンドルを離しても平気よ」


「まぁ警官に見つかったら違反キップ切られますけどねー」


 そう言いながらサクラは自分の首元をムゲンに見せつける。そこにはコードが伸びており、そのままバンに繋がっていた。

 まさに今のサクラはバンと一体化していると言ってもいい。

 そのままサクラはバンを走らせていき数分後、目的地のバー『バベル』の前にバンを停車させる。

 安っぽいネオンがチカチカと光る看板の下には、扉が開いたままの店の入り口がある。

 ムゲン、アイシア、サクラの三人は、『バベル』の中に入っていくのだった。


「それでアイシア、今回の仕事について聞いてます?」


「シェイドからは聞いてないわ、詳細は依頼人から聞けとしか。それよりムゲン、緊張しすぎ」


 アイシアは緊張気味のムゲンの背中を軽く叩いて、緊張を紛らわせようとするが、慣れないスーツを着ているムゲンの緊張は紛れなかった。

 そんなムゲンの様子を見たアイシアは小さく笑みを浮かべると、まるで姉のような表情でムゲンの頭を軽く撫で回していく。

 アイシアの気遣いに、ピンと張り詰めていたムゲンの緊張は少しだけほぐれるのだった。

 そうしてムゲンたち三人は『バベル』にある指定された個室へと向かっていく。


「ここね」


 指定された個室は十人も入らない程度の広さの個室であった。しかしコントラクターが仕事のブリーフィングをするには丁度いい広さである。

 三人が部屋に入ると中には先客がいた。


「ふん、来たか」


 部屋にいたのは黒いスーツを着た小柄な――ドワーフの男であった。

 男は子供並の背丈をしている成人といった見た目をしているせいか、そのアンバランスさが妙な印象を与えている。

 さらにドワーフの男の右腕は大型の機械仕掛けの義肢

 ――サイバーリムに置き換えており、ドワーフ特有のアンバランスさに加え、さらに歪さを醸し出していた。

 そして胸には金色のバッジを付けており、このドワーフの男がどこかのヤクザの構成員であることがうかがえる。


「待たせたかしら?」


「いや待っていない、まあ座ってくれ。それから仕事の話をしよう」


 ドワーフの男を聞いたムゲンたち三人は、ドワーフの男の向かい側の席に座っていく。

 三人が席に付いたことを確認したドワーフの男はコホンと咳払いすると話を切り出し始める。


「さて、俺は金剛会の使いの者だ。今回の仕事について話してもいいか?」


 金剛会と聞いたアイシアは素早くサクラに目配せをする。すると即座にサクラがBMIブレインマンインタフェースでポケットトロンを使い、金剛会について検索する。

 数秒後、ムゲンとアイシアの視界に金剛会についての情報が表示された。

 金剛会――ネオ東京に縄張りを持つヤクザの一つである。その特徴はデミヒューマンを積極的に構成員として雇い入れていることである。

 つまり目の前のドワーフの男も金剛会の構成員である可能性が高い。


「さて、仕事は単純だ。ある場所で行われている悪魔崇拝者のサバトを邪魔してほしい」


「失礼ながらなぜ金剛会の人間がサバトの邪魔を?」


「あーこれは独り言だが、最近金剛会とその敵対組織の境界線に悪魔崇拝者共が巣食ってな、もし金剛会が潰しにかかったら抗争になる可能性がある」


 アイシアの質問に答えるドワーフの男の返答に、ムゲンは納得する。

 悪魔崇拝者が行ったサバトの結果、強力な悪魔が召喚される可能性はままある。その可能性を考慮してサバトに戦力を送る場合は基本的に一回で全滅させる程の戦力を送るのだ。


「それになぁ、最近ヒューマン至上主義者共が調子に乗っているせいで、あんまり戦力を回す機会が無いんだよ」


 ドワーフの男は顎から伸びたひげを擦りながらそう呟く。その表情は困り気なものだった。

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