第17話

「ちょっとカグヤ、計算間違えていない? 想像より安いんだけど」


「なにちょっとしたサービスだよ。未来のお得意様に向けてのね」


 明細に書かれた金額を見たアイシアは、怪訝な視線をカグヤに向ける。しかしカグヤは悪びれることなく笑顔を見せる。

 アイシアが突き出した明細には、衣類一式とヘビーピストル、サブマシンガン、アサルトライフル、そしてスマートガン・システムへの改造と弾薬の値段が記載されていたが、その値段は三千五百ニュー円と書かれていた。


「私の試算だと予算ぎりぎりの四千ニュー円だったと思ったんだけど?」


「言っただろう? サービスだって」


 不審がるアイシアの視線を向けられても、カグヤはニコニコと笑みを崩すことなくアイシアを見る。その笑顔からはカグヤが何を考えているのか読み取ることはできない。

 深くため息をついたアイシアは、仕方なく明細書をポケットにしまい込む。

 アイシアとカグヤが話している間、ムゲンは隣のフロアにある商品棚へ視線を向けていた。

 なぜなら商品棚には商品が並べられておらず、カタログだけが大量に置かれてあったのだ。

 興味を持ったムゲンは一つカタログを手に取ると、パラパラと中身を眺めていく。

 カタログには様々なサイバーウェアが載っており、思わずカタログをめくるムゲンの手は早くなっていく。


「おや、少年はサイバーウェアにお熱かい?」


「あ、めったに見ないものだからつい……」


 カタログを見ている事に熱中していたムゲンの後方に、いつの間にか立っていたカグヤ。

 いきなり声をかけられて、驚きのあまりムゲンは咄嗟にカタログを閉じてしまう。

 そんな子供みたいなムゲンの様子を見て、カグヤは可愛らしい笑みを浮かべながら閉じたカタログを再び開ける。


「いいんだよ別に見るだけならタダだし」


 そう言いながらカグヤは、ムゲンの耳元で呟きながらカタログをめくっていく。

 カタログには、目のサイバーウェアから耳のサイバーウェア、鼻、神経、人工筋肉、そして指先に至るまでのあらゆる部位のパーツが掲載されていた。

 どれもが最新式のサイバーウェアで、価格を見れば眼を見張るような値段をしていた。

 とはいえ最先端を進むコントラクターであれば、いずれのサイバーウェアを装備するのが定石であるが、ムゲンにはサイバーウェアを購入できない理由があった。


「でも俺、サイバーウェアを入れられないんですよ、体質的な理由で」


「もしかしてバイオウェアもかい?」


「そうなんです。バイオも駄目です」


 バイオウェア――それは機械製のサイバーウェアと違って、人が元々持っている器官を強化するバイオテクノロジーの総称である。

 サイバーウェアと違い機械探知にも引っかからず、ハッキングにも影響を受けないというメリットがあるが、その分値段は高く付いてしまう。

 ムゲンがサイバーウェアやバイオウェアを入れられない理由、それはムゲンの身体に原因がある。

 ムゲンの身体にはドラゴンと淫魔、吸血鬼とヒューマンの遺伝子が混じっているが、ヒューマン以外の遺伝子が邪魔をしてムゲンは、サイバーウェアとバイオウェアを入れられないのだ。


「それは残念……ゴホン、体質なら仕方がないね。最近入った新商品でもどうかと思ったけど、これは専門家に聞かないと駄目だね」


「新商品?」


 ムゲンとカグヤが話している内容に興味を持ったのか、アイシアも二人の会話に入ってくる。

 アイシアはムゲンの隣に移動すると、ムゲンの持っているカタログを覗き込んでカタログのページを捲っていく。

 しかしカタログの中にはアイシアの興味を引き付けるものは無かった。


「ああ、違うよ新商品はここ」


 カグヤは別のカタログを取り出すと、ペラリとページを捲る。カタログにはへその下、ちょうど下腹部辺りに刻まれたハート型の模様――俗に言う淫紋が載っていた。


「ぶ!?」


「ちょっと! 何よコレ!?」


 目の前に出された淫紋らしき画像に驚きを隠せないムゲンとアイシア。そんな二人に対して、カグヤは笑顔を浮かべたまま説明を始める。


「コレの名前はマギテックウェア、簡単言うと魔法を刻み込み肉体を強化する技術さ」


「ふーんそんな物があるのね」


「まあ今は実験段階だからモルモット扱いになるのが欠点だね」


「そんな物客に出すんじゃないわよ!」


「いいじゃないか、借金に困窮しているコントラクターとかを実験台としてマギテックウェアを施しているんだ。慈善事業と言ってもいい筈だよ」


 カグヤはそう言って悪びれることなく笑う。

 そんなカグヤの言葉は本当なのか、それとも嘘なのか判断できなかったムゲンは何も言わずに黙っていた。


「まあ未来有望な少年に、マギテックウェアを無理矢理埋め込むなんて真似するとは考えていないから安心してくれ」


 そう言ってカグヤはウィンクをする。しかしアイシアだけは納得していない様子で、ジトッとカグヤのことを睨んでいた。

 そんなアイシアの視線を気にすることなく、カグヤは一つのケースを取り出してくる。


「まあマギテックウェアのことは置いておいて、ほらアイシア。君に頼まれた物だよ」


「まあいいわ、ありがと」


 そのままアイシアはケースを受け取ると、注文した中身かどうかを確認する。

 アイシアが注文したのはスマートリンクが搭載されたコンタクトレンズであった。このスマートリンクという装置はスマートガン・システムと同時に使用することで相手との距離、残弾、銃そのもの耐久値などが視覚で分かる優れものである。


「ムゲン受け取りなさい」


「え、いいんですか?」


 そう言うとアイシアはムゲンに向かってコンタクトレンズの入ったケースを投げ渡す。慌ててキャッチをしたムゲンだったが、投げ渡されたケースを見て驚いてしまう。

 なぜならケースの端には三千ニュー円と書かれた値段シールが付いていた。


「あの、これって……」


「プレゼントよ。ただし、これは借りよ!」


 ビシッと指を差しながら答えるアイシアに、ムゲンは苦笑いを返すしかなかった。

 そしてムゲンは快くプレゼントを受け取ると、すぐにケースを開けるとサングラスを外してコンタクトレンズを目に装着した。

 コンタクトレンズを装着したムゲンの視界は、一瞬でクリアなものになった。


「おーい少年、アイシア、頼まれていた商品が全部準備できたから持っていってくれないか」


「わかったわカグヤ。行きましょムゲン」


 アイシアは返事をするとそのままカグヤの元に歩いていく。アイシア一人に商品を全部持たせるのも悪いと思ったムゲンは、アイシアを追って小走りで走り出す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る