第15話

 台東区――そこはネオ東京の中でも高級ビルが立ち並ぶ繁栄した地区である。アイシアに連れられたムゲンは、そのままネオ東京の千代田区まで電車で移動をした。

 駅から出たムゲンは思わず周囲を見渡してしまう。そこには高層ビルが立ち並び、企業に仕える多くのサラリーマンが歩いている。


「ほら、ぼっとしない」


 まるでお上りさんのようなムゲンの様子が見てられなかったアイシアは、ムゲンの手を引いて再び進んでいく。

 しばらく歩くとアイシアはある建物の前で立ち止まる。

 建物には派手な蛍光色で塗られた看板が掲げられており、アイスクリームの絵がとても目を引く。


「ここは……?」


「秘密の場所よ」


 そう言ってアイシアは微笑みムゲンを連れて建物の中に入っていく。店内に入るとアイスクリームを溶かさないよう、肌寒くない程度にクーラーが効いていた。

 店の中には様々な人種の人々がアイスクリームやジュース、パフェなどを楽しんでいる。

 そんな店内をアイシアは脇目もふらずに歩いていき、暇そうな店員に懐から取り出した一枚のカードを見せる。

 カードを見た店員は一瞬で態度を一変させると、手元の端末にカードをスキャンさせる。


「こちらへ」


 端末の結果を見た店員は、そのままアイシアとムゲンを店の奥に招待するように案内する。

 店の奥にあるエレベーターに乗ったムゲンとアイシアは、そのまま店の地下へと降りていく。


「これは……」

 

 エレベーターを出たムゲンの視界に広がったのは、巨大な倉庫であった。大量のコンテナが並ぶ倉庫の前には一人の銀髪の女性が椅子に座っていた。


「やぁ、いらっしゃいアイシア」


「お邪魔するわねカグヤ」


 椅子に座っていた銀髪の女性――カグヤはムゲンとアイシアの姿を見ると、人懐っこそうな笑みを浮かべてアイシアに手を振る。

 カグヤはその長い髪をポニーテールにし、ラフなタンクトップを着て褐色の肌をした魅力的な身体つきを惜しげもなく晒していた。

 そしてさらにカグヤの特徴としては、その長く尖った耳であった。すなわちカグヤの種族がダークエルフであることを示す。


「ふーん可愛らしいお客さんだ。私の名前はカグヤ、ここのマーケットの店主をしている」


「どうも、ムゲンです」


 カグヤはアイシアに連れられたムゲンを見て、興味深そうな視線を向けてくる。それは奇異の視線ではなく、ブラックマーケットの店主であるカグヤの職業病的なものであった。

 アイスクリーム屋の地下に存在するブラックマーケット、そこには銃器に衣類、電子機器、そしてサイバーウェアさえも扱っているのだ。


「それで注文は?」


「彼の装備を一式用意してあげたいわ。予算は五千ニュー円よ」


「ケチだねぇ、もっとパアッと使わないのかい」


 アイシアの言葉にカグヤは苦笑いをする。

 アイシア達コントラクターは、裏稼業の仕事で多額の報酬を手にする。しかしその殆どが装備品やサイバーウェアなどの購入費や維持費に消えてしまうのだ。


「そんな甘やかす行為、彼のためにもならないでしょ。それよりまずは服を仕立ててあげて」


 そう言いながらアイシアは一つのコンテナに近づいていく、そのコンテナには衣料品と書かれていた。コンテナの中には様々な服が収められていた。その数ざっと数十着。

 コンテナの中にあった服は簡素なデザインのジャケットから、高級品のスーツまで様々な服が並んでいる。

 カグヤはムゲンに近づいていくと、そのままムゲンの身体の寸法を測っていく。それはムゲンの身体に合った服を用意するためである。

 ムゲンの身長、胸囲、ウエスト、ヒップ、股下、首周り、袖の長さ、肩幅、手の大きさなど、それらの情報をカグヤは紙に書き込んでいく。

 そしてムゲンの採寸を終えたカグヤは、満足そうな表情でムゲンから離れるとコンテナ内の服から数着見繕うのだった。


「とりあえずサイズが合いそうな物はこんなところかな」


 そう言ってムゲンの身体に服を近づけ、服とムゲンの身体が合っているか確認していく。

 一着目、白のワイシャツに黒のスラックス。二着目、黒の革ジャンに黒ズボン。三着目、迷彩柄のフード付きコート。

 次々と服をムゲンの身体と差異が無いか確認しては、次の服をあわせるカグヤの表情は、とても楽しそうであった。


「いやぁそれにしても君、素材が良いから家の商品も際立っていくねぇ。どうだい時々家でモデルのアルバイトでもしないかい?」


「えっ……!? いや……それはちょっと……」


「遠慮はいらないさ! なんなら家の子になってもいいんだよ」


 戸惑っているムゲンに対してカグヤはムゲンの身体を抱き寄せると、そのまま頬ずりをしてムゲンの肌触りと香りを楽しんでいく。

 しかしムゲンに頬ずりをして楽しんでいるカグヤ、しかしアイシアは無言でその褐色の肢体を引き離す。


「あんたねぇ……流石に年下相手にそういう言動は頂けないわよ?」


「別に私が少年と何しようと別にいいだろー?」


 呆れたようなアイシアの声に、カグヤは不満そうに唇を尖らせる。しかし流石にこれ以上ムゲンをイジると、アイシアがうるさいと判断したのかカグヤは何も言わずにムゲンの身体に合うサイズの衣服を見繕っていく。

 それから数分後、一通りの服のサイズ合わせを終えたカグヤは、ムゲンの身体に合った服を一纏めにするとムゲンに好きな服を選ばせていく。

 その後ムゲンが選んだカジュアルな服を、カグヤは袋に包装していく。


「さてカジュアルな服選びはこれで終わり。これからは実戦で使う防具を仕立て上げる時間だ」


 カグヤの言葉を聞いてムゲンはつばを思わずゴクリと飲み込んでしまう。これからするのは銃弾さえも防ぐ装備を用意するのだ、初めて仕立て上げるムゲンに緊張するなという方が無理である。

 別のコンテナに入っていくカグヤ。それに続いてムゲンとアイシアもコンテナに入っていく。

 コンテナの中には大量のスーツの生地、そして一体のスーツを着たマネキンであった。


「とりあえずこれを見てくれ」


 そう言ってカグヤは手に持っていたヘビーピストルを抜くと、そのままマネキンに向かって連続で引き金を引く。

 銃声と共に撃ち出された弾丸は、見事スーツに命中するが弾の幾つかはスーツに弾かれ、スーツを貫通することはなかった。そしてカグヤはマネキンが着ていたスーツを脱がせると、ムゲンにスーツを見せる。


「見てくれ、最新式のボディーアーマーを裏地に縫い込んでいるんだ。拳銃の弾なら貫通を防ぐことはできるが……とても痛い」


 そのままカグヤはスーツの裏地を見せる。そこには薄いボディーアーマーが仕込まれていて、ヘビーピストルの弾丸を受け止めていた。


「このボディーアーマーを仕込んだスーツを一着、君のために仕立て上げる。何か注文は?」


「細身で動きやすくて、実践用を」


「承知いたしました」


 アイシアの注文を聞いてカグヤはニヤリと笑みを浮かべる。そんな二人を他所に、ムゲンはスーツの生地を興味深そうに見ていた。

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