第14話
緑髪の女性はムゲンの顔を見ると笑顔を浮かべ、そのまま空いたソファに座る。
「紹介するぜムゲン、こいつはアイシアだ。って……おい、もう一人はどうした?」
シェイドはそう言いながらアイシアに視線を向ける。しかしそこにはアイシア一人しかいなかった。
どうやらもう一人を紹介したかったシェイドは、もう一人を探して部屋の外まで探し回ってしまう。
「シェイド! もう一人はリアルでは来てないわよ!」
「何だって!? あの出不精め、人がせっかくチームを紹介するってのに……」
「一応マトリクスで聞いているから……」
そう言うとアイシアは自分のポケットトロンを取り出す。するとポケットトロンの画面にはSoundOnlyと表示され何者かとの通信が繋がっていた。
『はいはーい、シェイドさん呼びましたー?』
「おいサクラ、顔見せをするっていただろう。早くバベルに来い!」
シェイドがそう怒鳴ると、しばらくしてからポケットトロンの画面が切り替わる。ポケットトロンの画面に現れたのは、紫の髪をした女性であった。
外見年齢はアイシアとあまり変わらない見た目であるが、西暦二千七十年の今、外見年齢で本当の年齢を判別することは難しい。
そんな紫の髪の女性――サクラは、気怠そうな表情を浮かべながらシェイドの言葉を聞き流していた。
『そうは言ってもですねー、今日は私一歩も外に出ていないんですよー? それより隣の可愛らしい彼、例のクォーターですよね?』
「サクラ、人の話を遮るな! ……そうだこいつがムゲン。前に話した奴だ」
『どうも初めまして、サクラでーす。主にマトリックス方面でアイシアをサポートしてまーす』
軽い口調で挨拶するサクラ。しかしその態度とは裏腹に、ポケットトロン上の彼女の瞳はしっかりとムゲンを観察していた。
まるでムゲンの身体を隅々まで見透かすように、サクラはムゲンを見つめている。
『へぇ……見た目に反して思ったよりガッチリとした身体をしていますねぇ。アイシア、いっその事味見でもしませんか?』
「何言ってんのよサクラ。馬鹿なこと言ってないで彼の準備をするわよ」
「準備?」
アイシアの言葉に疑問を持ったムゲンは、首を小さく横に傾げる。そんなムゲンの反応が面白かったのか、サクラは楽し気に笑みを浮かべた。
『そう準備です。ムゲン君はこれまで単独のコントラクターをしていたみたいですが、これからは私達とチームを組むのでお買い物と行きましょう! 幸い予算も頂いてるので思いっきり買えますよ』
「おいおい、予算が足りなかったって言われても提示した予算以上は出せないぞサクラ」
『分かってますよー』
シェイドは上機嫌なサクラを宥めるように注意するが、サクラは軽く注意を聞き流すのであった。
そんなシェイドとサクラをよそに、アイシアはムゲンの着ているポンチョを軽く触っていく。恐らくムゲンの着ているポンチョがどのような物か調べているだろう。
ムゲンから見たアイシアは、自分よりも身長が高くスタイルも良いため必然的に見上げる形になってしまう。
「あの……何か?」
「こんな普通の服を着てよく生きていたわよね」
アイシアの言う通りムゲンの着ているポンチョは、普通の素材でできたポンチョである。つまり防弾性能も防刃性能も皆無なのだ。
「ええ、両親が生んでくれたこの体のお陰で、なんとか生き延びることができましたよ」
「ふーん見た目は普通のヒューマンに見えるけどね」
そう言いながらアイシアは、ムゲンの頬を興味深そうに引っ張っていく。ムゲンの頬を引っ張るアイシアの指は細く、滑らかであった。
そんなアイシアの行動に対して、ムゲンは笑顔を見せながら特に抵抗せず好きにさせる。
むしろこの程度のスキンシップならば、ムゲンにとっては慣れたもので大した問題ではなかった。
男娼を副業としているムゲンからすると、これぐらいのスキンシップはむしろ心地よいものだ。
「全く……サクラはともかくムゲン、アイシアお前らもべたべたしてないで話を続けるぞ」
シェイドはポケットトロンを操作して画像を表示させる。そこに映ったのは顔の丸い小太りのヒューマンの男であった。
「こいつがリザルトの顔だ。しかしいきなりチームを組んだお前らに仕事をしてもらうのも、俺としても不安だ。だからムゲンの準備が済んだら別件で仕事を回すいいな?」
「ええ、問題ないわ」
「わかったよシェイド」
『ふふーん、まあマトリックス方面はサクラちゃんにお任せですよ!』
クールに答えるアイシアであったが、その手にはムゲンの柔らかい手が握られていた。
ムゲンはコントラクターらしく冷静に返事をするが、アイシアに手を握られた状態のムゲンは、姉に手を繋がれている幼い弟そのものであった。
一人ポケットトロンに映っているサクラは得意げに胸を張ると、その豊満なバストは重力に逆らい、服越しからでもはっきりと分かるほど自己主張している。
三人の反応を見てシェイドは不安そうに苦笑いをするのだった。
*********
バー『バベル』を出たムゲンとアイシアであったが、アイシアはムゲンを歩道の端に連れて行く。そしてアイシアはジャケットの胸ポケットに入れていたサングラスを、ムゲンにかけさせるのだった。
「アイシアさんこれは……?」
「アイシアでいいわよ。これは電子機能の付いたサングラスよ、サクラとの通信もできたりするから今は貸してあげるわ」
『はいはーい、ムゲン君。私もサクラでいいですよー』
黒いサングラスからは、他の人には聞こえない程度の音量でサクラの声がムゲンの耳に届く。さらにサングラスの表面から、大量の情報がムゲンの視覚に入っていく。
サングラスを通した拡張現実によって、目の前の建物の情報から周囲の人々の位置情報まで様々なデータが表示されているのだ。
「うお……!」
『ふふムゲン君の反応を見ると、マトリクスについて説明をしたくなりますが、先にムゲン君の装備を用意するのが先ですね』
「はぁ……サクラ興奮するのはいいけどタイミングは考えてよね」
『もちろんですよアイシア。それぐらい私でも弁えていますから』
「それ何回目かしらね……」
サクラの答えを信用できないのかアイシアは肩をすくめると、ムゲンの手を引いて歩き出した。
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