第13話
新宿区を抜けて世田谷区に移動したムゲンは、雑踏をくぐり抜けて歩いて行く。三十分かけてたどり着いたのは、ゴチャゴチャと同じような建物が立ち並ぶエリアであった。
エリアの中にあるバー『バベル』に入ると、ムゲンは店の奥へ奥へと歩いていく。
店の奥には豪華な装飾がされた扉があり、その前にはスーツを着たボディガードが立っていた。
「シェイドへ会いに来た」
ムゲンがそう言うとボディガードはムゲンの顔をじっと見る。
恐らくシェイドにムゲンの顔を確認してもらっているのだろう。数秒後、確認したボディガードは扉を開けると、ムゲンの耳に「二号室へどうぞ」と小さく呟くのだった。
ムゲンはボディーガードに言われた通り、部屋番号が書かれたプレートのかかった部屋に入っていく。
こぢんまりとした部屋の中には、簡素なソファーとテーブルが置かれており、そこでシェイドはウーロン茶を飲みながらムゲンを待っていた。
「来たかムゲン、まあ座れよ」
部屋に入ってきたムゲンを見たシェイドは、自分の対面にあるソファへ座るように促す。それに従ってムゲンはソファに座り込む。
「んで、わざわざ呼び出すような要件って何のこと?」
「まあまずは俺の質問だ。今日の朝方、お前襲われたな?」
それを聞いたムゲンの眉はピクリと反応してしまう。だがすぐに無反応を装うのだった。
そんなムゲンの様子を見たシェイドは小さく笑うと、空のグラスにウーロン茶を注いでいく。
「そんな警戒をするな。俺はお前の命を狙いはしねえよ」
「それを信用しろと?」
「するかどうかはお前の勝手だ。今から俺の独り言を聞いて嘘だと思うならな」
そう言いながらもシェイドは、ムゲンにもう一つのウーロン茶の入ったグラスを差し出してくる。ムゲンはそれを受け取ると、軽く口に含んでいく。
「んで、俺の独り言だが……最近金持ちのヒューマン至上主義者が調子に乗っていてな、デミヒューマンに賞金かけているんだよ。例えばムゲンお前みたいにな」
「はぁ!?」
賞金、つまりムゲンの首に金がかかっていることである。もちろん西暦二千七十年の今でも、賞金をかけられることは珍しくない。
しかしムゲンには自分が賞金をかけられる理由が思いつかなかった。
「なんで俺が賞金首になるのさ!?」
「そりゃあお前がデミヒューマンとのクォーターだからだろ」
賞金をかけられた事に怒るムゲンをよそに冷静に答えるシェイド。
コントラクターの世界に入ってきたムゲンの事を最初から面倒を見ていたシェイドは、ムゲンの身体がドラゴン、淫魔、吸血鬼、そしてヒューマンの血が流れている事を知っている。だからこそムゲンはシェイドの事を信用しているのだ。
「とりあえずヒューマンの賞金稼ぎに配られた映像を見ろ」
自分のポケットトロンを取り出したシェイドは、一つの映像ファイルを再生し始める。それは昨夜ムゲンとヒューマンの男が戦っている映像であった。
「あーあったねそんな事」
映像を見たムゲンは面倒くさそうな表情を浮かべる。
「お前に賞金をかけた男、確か名前はリザルトとか言ったかな? どうもそいつはお前が気に入らないようだ」
「はーどうしよ、また狙われるのは勘弁なんだけど……」
前回襲われたことを思い出したムゲンは、手を後に組みながらソファに背中を預ける。
「それについてだが、どうにかする手段ならあるぞ」
ウーロン茶の入ったグラスを弄びながらシェイドは軽く言いのける。
「マジで!?」
「ああ代わりにムゲン、お前には仕事をしてもらう。それで構わないな?」
仕事という言葉に、ムゲンは即座に緊張感を高める。コントラクターの仕事は危険を伴うものが多い。当然命を落とすことだって少なくはない。
それでも自分が襲われ続ける事を考えれば、それぐらい安いものであった。
「ちなみに仕事は何をすればいいのさ?」
「簡単だ、お前とチームを組む奴と一緒にリザルトを殺害してもらう。奴は色々派手にやりすぎた、このままあの世に旅立ってもらうのがクライアント様の要望だ」
暗殺――コントラクターとしてはよくある仕事の一つだ。ムゲンも何度か暗殺の仕事を請け負ったこともある。
「そいつ殺して大丈夫なの? どっかの企業との繋がりとかないよね?」
「ああ大丈夫だ、リザルトって奴は金だけは持っているだけの資産家だ。もっともそれが一番の武器になるんだからな」
笑いながらシェイドはグラスに入った。ウーロン茶を飲み干す。そしてムゲンに一つの端末を見せるのだった。
「それ……!」
「そうだ偽装戸籍のデータが入っている、普段なら三万ニューエンでも払わないといけない代物だが……今回の仕事を完遂すれば、これとは別に九千ニューエンを報酬として支払おう」
シェイドの提示した金額は一般的なコントラクターが行う仕事としては、妥当な金額であった。
この報酬に追加で偽造戸籍のデータを手に入れられるのならば、破格の報酬と言ってもいいだろう。
しかしムゲンの脳裏に一つの疑問が浮かび上がる。それはこの仕事においてチームを組む相手であった。
ドラゴン、淫魔、吸血鬼といった人外的な種族の遺伝子を持つムゲンを、快く思っていないコントラクターや科学者に身柄を売り飛ばそうとするコントラクターがいる以上、ムゲンは基本単独で仕事をこなしていた。
「なぁシェイド、仕事を組む奴は信頼できるのか?」
「ああそこは信頼してもいいぞ、俺からのお墨付きだ」
そう言うとシェイドはポケットトロンを操作する。恐らくチームを組む相手に連絡したのだろう。
しばらくすると部屋の扉が開かれて一人の女性が部屋に入ってくる。
女性の服装はレオタードを下に来ていて、その上にホットパンツとジャケットを着こなしていた。
女性のもう一つ特徴的は肩に届かない程度の長さの緑髪と、彼女の種族が獣人であることを示す猫耳であった。
そしてその顔はムゲンにとって印象深い顔であった。
「あなたは……」
「あら、お早い再開ね君」
ムゲンとシェイドのいる部屋に入ってきたのは、少し前に全身義体の男との戦いで共闘した緑髪の女性であった。
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