第12話

 公園で緑髪の女性と別れたムゲンは、疲れた体を引きずりながら何とか自宅のある新宿区に移動するのであった。

 ムゲンの自宅がある新宿区は、人がとても多いために治安が悪く常に混沌としている。

 その中でも特に混沌としているのが、ムゲンの住んでいる自宅がある巨大な建物、新宿アーコロジーである。

 新宿アーコロジーには約十二万人程の住人が住んでおり、四千戸以上のアパートが存在している。

 そして新宿アーコロジーを含むネオ東京の各所にあるアーコロジーには、娯楽や食事などのショッピングモールさながらなサービスを提供している。

 その結果、人生をアーコロジー内だけで完結する人もいる程である。

 とはいえ人が多ければ治安も悪くなる。

 自宅に帰ろうとするムゲンの背後では、家を追い出された浮浪者が物乞いをしたり、その場で路上強盗をする者もいる。

 さらには宗教勧誘するシスターや、麻薬などのドラッグを売りつける売人に、中古サイバーウェアを売りつけるジャンク屋などが、新宿のアーコロジー内では見ることができる。

 ムゲンもそういった者達に何度か声をかけられたが、全て無視して新宿アーコロジー内にある自宅へと帰るのであった。


「ふぅ……今日は疲れたな」


 自宅に戻ったムゲンは、シャワーを浴びることなくそのままベッドに倒れるように横になる。

 そして目を瞑ると、そのまま眠りに落ちていくのであった。


 *********

 

 ムゲンが自宅に帰ってから八時間程過ぎた後、枕元にあるポケットトロンの時刻は午前十時を表示していた。

 疲れから深い眠りについていたムゲンであったが、隣室から聞こえてくる何人もの女性の嬌声によって目を覚ます。


「朝からうるさいな……」


 隣室は確か悪魔崇拝者が住んでいる部屋だったはず。記憶の奥底にしまい込んだ情報を取り出して思い出すムゲン。

 その間にも女性の喘ぎ声は大きくなっていき、ついには肉を打つ音まで聞こえるようになる。

 あまりにも五月騒がしい隣人達に嫌気が差したのか、ムゲンは素早く着替えると自宅を出ていく。

 自宅を出たムゲンの目に入ってきたのは、隣室のドアに並ぶ住人の列であった。並んでいるのは皆男性ばかりで、股ぐらを膨らませながら下卑た笑みを浮かべている。


(俺も人のこと言えない仕事をしてるけどさー)


 男娼を仕事としているムゲンとしては、別に性に拒否感などはない。だが隣室で行われているミサの結果、何人生き残れるか、そう考えるとムゲンは憂鬱になってしまう。


(色々な匂いが残ると臭いんだよな)


 そう思いながらもムゲンは、新宿アーコロジー内にある喫茶店へ向かって歩いて行く。

 混沌とした新宿アーコロジー内を歩いて行くムゲン。そしてお目当ての喫茶店にたどり着くのであった。


「いらっしゃい」


「A定食一つ」


「あいよ」


 喫茶店の店員はムゲンの顔を見ると、すぐにカウンター席へと案内してくれる。

 席に座ったムゲンはメニューを見ることなくいつもの注文をする。

 店主は何も言わず注文を端末に入力すると、そのまま厨房に戻っていく。

 注文したA定食が来るまでの間、ムゲンは水を飲みながら店にいる客を観察していた。

 ムゲンが座っている位置から右の席には、サブマシンガンを腰に携帯している男が座っていた。

 見たところムゲンと同じランナーだろうか、右席の男は剣呑な雰囲気を漂わせながら安いコーヒーを飲んでいた。

 ムゲンから見て左の席には、スリットの深いシスター服を着た女性が座っていた。

 スリットから見える彼女の太腿は、まるで陶磁器のように白く艶めかしさが感じられる。


(へぇ……いい太腿だな)


 シスターの太腿を気づかれないように一瞬観察したムゲンは、心のなかで感想を漏らす。


(ああいうお硬いシスターを快楽で悦ばしたいよねー。そういう話入ってこないかな?)


 淫魔としての本能を隠しつつもムゲンは、心の中で欲望を垂れ流しながらシスターの太腿を観察する。

 しかしシスターの方はムゲンや周囲からの視線をまったく気にしていない様子で、時折紅茶を飲みながら目の前に置かれている聖書を読んでいる。

 そんな事を考えていると、ムゲンの前に頼んだ料理が置かれる。


「A定食になります」

 

 ムゲンの席に運ばれてきたのは、大豆でできた合成食品である食パンとコーヒーであった。

 食パンを手にとって朝食を食べようとするムゲンであったが、その直後ムゲンのポケットトロンに着信が入る。

 食事を邪魔されたムゲンは不機嫌そうな表情を浮かべるが、すぐにポケットトロンを取り出すと電話に出た。


「もしもし?」


「よおムゲン、朝から悪いな」


 電話の相手はシェイドであった。流石にフィクサーからの電話だったために、ムゲンも電話切るような真似はせずに箸を机に置く。


「で、緊急の要件?」


「ああ、お前絡みでな。悪いニュースと良いニュースがある。もちろん電話で話すより直接話すような要件だ」


 シェイドの含みのある言い方に、ムゲンはランナーとしての仕事絡みの要件かと判断する。


「分かった、急いで向かう。場所はバベルでいいよね?」


「ああ、奥の部屋を取っているから来てくれ」

 

 そう言って電話を切ってくるシェイド。ムゲンは機嫌を悪くしながらも一口で食パンを完食し、コーヒーを一気に飲み干すと会計を済ませて外に出て行く。

 混沌とした新宿アーコロジー中を歩くと、ホームレスや宗教勧誘、ドラッグ売りなど様々な人がいる。

 そんな人々をくぐり抜けるように歩いていったムゲンは、新宿アーコロジーの外に出るのであった。

 新宿アーコロジーの外は新宿アーコロジーに比べると治安は悪くなる。主にギャング集団同士の抗争が原因であるが、他にも組織に属さないアウトロー達が暴れまわることも多いため、一般人が巻き込まれる事も多い。

 そんな中でもムゲンは、人混みの中をすり抜けながら目的地に向かっていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る