第4話

 ムゲンから先程起きたことを聞いたフィクサーは、納得したように声を上げる。

 

「なるほど、それで俺に頼んできたわけか。オーケー、すぐにお前にあった服を手配しよう」

 

「ありがとう」


「ムゲンには色々と仕事で世話になってるからな、気にしなくていい」


 そう言うとフィクサーは、そのまま通話を切る。

 ポケットトロンをズボンに戻したムゲンは、地面に落ちているポンチョを拾い上げると、そのまま裸の上半身を隠すように着込むのだった。

 ポンチョで肌を隠したムゲンは、そのまま世田谷区の歩道を歩いて行く。

 フィクサーのいる酒場に向かうムゲンが、ふと高層ビルを見ると極彩色に溢れた広告が大量に流れていく。

 ビルを横切るように流れる広告には、「安い」、「新製品」といった文字が派手に表示されており、歩行者の目に入るようなデザインであった。

 大量に流れてくる広告を無視しながら、ムゲンはゆっくりと酒場に向かう。

 ムゲンが歩く歩道には、先程まで人殺しが起きていたことなんて思えないように人々が普段通りに歩いていた。

 

(流石に世田谷区は治安が悪いな……)


 チラリとムゲンが一瞥した先には、浮浪者と思わしき男たちが路上で横になっていた。

 ここ世田谷区はネオ東京の中でも特に治安が悪い地区である。

 なぜならこの世界では浮浪者やストリートチルドレンなどは多いからだ。

 このネオ東京では治安の悪い地区にはスラム街のような街となり、ストリートチルドレンの子供達が多いのだ。

 ムゲンは路上で横になっている浮浪者たちに視線を向けることなく歩き続ける。

 そしてムゲンが建物の物陰を横切ろうとした瞬間、ムゲンはふと殺気を感知する。


「ちっ!」


 襲われる。そう思ったムゲンは素早く腰に携帯しているヘビーピストルを抜くと、建物の物陰に照準を合わせる。

 ヘビーピストルの照準の先には、ストリートチルドレンと思わしき子供が、ナイフを手にしてムゲンに飛び掛かろうとしていた。

 ムゲンは飛びかかってきた子供に向かって、躊躇なくトリガーを引くとストリートチルドレンの頭部を撃ち抜く。

 そしてすぐさまヘビーピストルの銃口を下げると、襲ってきた子供の顔を確認する。


(こいつは……)


 襲いかかってきたストリートチルドレンの顔を見たムゲンの表情は、一瞬ではあるが驚きの色に染まる。

 なぜならストリートチルドレンの耳は、エルフのものと比べて短いながらも尖っており、更に口から覗く歯は鋭いものであった。

 ゴブリン――それが襲いかかってきたストリートチルドレンの子供の種族であった。


(生まれつきか、それともチェンジリングか、どちらにせよ捨てられた子供か……)


 チェンジリング――それは生まれつきヒューマンであった者が、何かのきっかけで後天的に別の種族に変異する現象を指す。

 原因は二千七十年の今でも不明であるが、遺伝子が原因であるとも、魔力が原因とも言われている。

 変異後の種族がエルフやドワーフならば、一般的にそのまま家族として受け入れられるが、一瞬で体格が一回り以上大きくなるオークやトロールに変異した場合、捨てられないことの方が稀である。

 そしてゴブリンという種族は、一般的には好戦的になってしまう種族というイメージがあり、ゴブリンにチェンジリングした者は捨てられてしまうことが多々ある。


(こいつも、家族に捨てられたんだろうな……)


 脳漿を頭から流しながら倒れているゴブリンのストリートチルドレンの死体を見て、ムゲンは悲しげな目で見つめていた。

 しかしムゲンはすぐさまその身を翻すと、フィクサーがいる酒場に向かって歩いて行く。

 ムゲンが去った後には、ゴブリンのストリートチルドレンの遺体だけが残っていた。

 **********

 世田谷区にあるナイトクラブ――バベル。そこでは様々な人種の人々が酒を飲んでいた。

 ヒューマンだけでなく獣人やオークやトロールまでおり、更には更衣室に小さな妖精も入っていた。

 そこにいる者は皆、酒を飲み、音楽を楽しみ、そして不健全な行為にふけっている。

 その中に混じって裏社会の住人たちが、非合法な取引や仕事の斡旋をしていた。

 バベルにポンチョを羽織ったムゲンが入店しても、客の誰もが注目することはせず一瞥する程度であった。

 そのままムゲンはまっすぐバベルの店内を歩いていくと、一番奥のカウンター席に座る。

 ムゲンが座った席の隣には、サングラスをかけた黒人がウィスキーを飲んでいた。


「注文していたものあるか?」


「あいよ」


 無愛想なムゲンの言葉にサングラスをかけた黒人、否――フィクサーのシェイドは足元から紙袋を取り出す。

 無言で紙袋を受け取ったムゲンは、そのまま紙袋を開けると中身を確認する。

 紙袋の中には黒のアンダーウェアと、灰色のジャケットが入っていた。

 中身が注文した服であることを確認したムゲンは、ズボンのポケットからしわくちゃになったニュー円紙幣を取り出すと、そのままカウンターに置く。


「サンキューなシェイド」


「いいってことよ。他に何かしていくか?」


「あー……そうだな、電子で五千ニュー円入ったから、マネーロンダリングしてくれないか?」


 マネーロンダリングと聞いてもシェイドは眉一つ動かさず、ジャケットの下から小さな機械を取り出す。

 取り出された機械に、ムゲンは躊躇することなくポケットトロンをタッチする。

 チャリンという音と共に、ムゲンのポケットトロンから小さな機械に千ニュー円が入金される。

 ニューエン円が入金されたことを確認したシェイドは、すぐに懐からキャッシュのニュー円を取り出す。

 その額、四千九百ニュー円。


「確認したぞ。ほら四千九百ニュー円だ」


「ありがと」


 二千五百ニュー円が丁度あることを確認したムゲンは、礼を言うとズボンのポケットにニュー円をしまうのであった。

 ムゲンが現金のニュー円をしまったのを確認したシェイドも、小さな機械をジャケットにしまい込む。

 西暦二千七十年では電信マネーでの取引が一般的であるが、それは表舞台での話。

 傭兵であるコントラクターやフィクサー等の裏社会の人間は、現金での取引を好んでいる。

 理由は取引履歴から誰が何を購入したか分からないようにするためだ。

 例としていえば、軍からの横流し品を購入する場合、電信マネーのニュー円で購入すれば、履歴から足が付き逮捕されてしまう。

 しかし現金で買えば誰が買ったかまでは特定できないために、裏社会の住人たちは現金を好むのだった。


「そういやムゲン、今日の仕事の宛はあるのか?」


「あー悪い先約があるとだけ……あ、ジンジャエール一つね」


 ムゲンの注文を聞いたシェイドは、すぐさま冷蔵庫の中から瓶に入ったジンジャエールを取り出してグラスに注ぐ。

 そしてジンジャエールを注いだグラスを、ムゲンの前に置くのであった。

 ムゲンは置かれたグラスを手に取ると、無言で口の中に入れていく。そしてごくりと喉を動かして、口の中に広がる炭酸の刺激を楽しむ。


「んっ……ぷはぁ、やっぱこれだよな」


「おいおい、お子様はバベルじゃなくてママのところにでも帰るんだな」

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