第3話
「ぐ……が……」
ヒューマンの男が痛みによって意識を失いかけたその時、ムゲンは素早く接近してヒューマンの頭を掴み、そのまま地面に叩きつける。
次の瞬間、コンクリートの床が砕け、辺り一面に破片が飛び散る。
だがヒューマンの男は即座に服の胸ポケットに仕込んでいたヘビーピストルを抜くと、ムゲンに向けてトリガーを引く。
連続で響き渡るヘビーピストルの銃声。
そして放たれた銃弾はムゲンの体に命中するが、ムゲンの皮膚を貫くことはできない。
「甘いんだよ!」
しかし衝撃まで殺せなかったムゲンは、一瞬であるが体勢を崩してしまう。
その隙をついてヒューマンの男は立ち上がると、走り出し地面に落ちているショットガンを拾い上げる。
「死ねぇ!」
そう叫ぶとともにそう叫ぶと同時に、ショットガンの引き金を引くヒューマンの男。
重々しい銃撃音が響き渡り、ヘビーピストルの着弾の衝撃で動きを止めてしまったムゲンに散弾が命中する。
ばら撒かれた散弾を受けたムゲンの衣服は、ボロ雑巾のようになって地面に落ちていく。
しかし上半身が裸になったムゲンの肌は、血を流すどころか傷一つできていなかった。
「疾!」
上半身を裸になろうとも、ムゲンは動きを鈍らせることなく素早く拳を放つ。
強靭な吸血鬼とドラゴンの身体能力をその身に宿しているムゲンの拳は、まるでプロボクサーの拳の如き速さで放たれる。
しかし肉体を幾重にもサイバーウェアで改造したヒューマンの男の反射速度は、ムゲンの放った拳をその目で捉えていく。
一発、二発、三発と、連続で放たれるムゲンのパンチを、ヒューマンの男は紙一重で回避していく。
さらに回避しながらも手に持ったショットガンの照準を、なんとかムゲンに合わせようとする。
「クソ……!」
だがムゲンもヒューマンの男の意図を察知したのか、素早く左右に動くことで照準を合わせないようにする。
その結果、ヒューマンの男はショットガンの照準を、ムゲンに合わせることはできなかった。
ショットガンを撃たせないように、ムゲンはパンチを止めるとそのまま素早く走り出す。
そして一気に距離を詰めると、男の持つショットガンに向かってアッパーを叩き込む。
まるで対物ライフル弾の如く放たれたアッパーは、ショットガンを一撃でジャンクへと変える。
「ちっ!」
手持ちの獲物を破壊されたヒューマンの男は、舌打ちをしながらも地面に落ちているマシンガンに視線を動かす。
ムゲンはその隙を逃すまいとばかりに、音も無く一歩前に出るとヒューマンの男の胸に拳を叩き込む。
「がっ……!」
胸に強烈な一撃を受けたヒューマンの男は、口から空気を漏らし苦痛の声を漏らす。
その隙にムゲンは即座に空いた手で腰の携帯したヘビーピストルを抜く。そしてそのままヒューマンの男の足に向けて発砲する。
銃弾を受けたヒューマンの男の足からは、赤い血が流れ落ちる。
だがヒューマンの男の肉体は強化皮膚や強化骨格によって多重にも改造されており、銃弾は貫通しなかったもの体内に入り込んだ。
銃弾の痛みに耐えきれず足から力が抜けたヒューマンの男の身体は、そのまま膝から地面に倒れ込む。
ムゲンは倒れたヒューマンの男の頭に向けてヘビーピストルを構えると、連続でトリガーを引いていく。
放たれた弾丸は、ヒューマンの男の頭に命中する。
「あがっ!?」
頭部に受けた衝撃により、意識が飛びそうになるヒューマンの男。
それでも頭部も強化皮膚を改造しているヒューマンの頭部は、銃弾を貫通することはなかった。
それでもムゲンは容赦なく、ヒューマンの男の頭に銃弾を撃ち込み続ける。
「がっ! がっ!」
ムゲンが放つ銃弾の雨が止んだ時には、ヒューマンの男は白目を剥いて気絶していた。
「ふん……」
意識が無くなったことを確認したムゲンは、撃ち尽くしたヘビーピストルを素早くリロードする。
そしてそのままヒューマンの男の口にヘビーピストルを突っ込んで、再度引き金を何度も引く。
さしもの重サイバーであるヒューマンの男でも、口の中まで頑丈でなかったのか、銃弾は男の身体を貫いていった。
体内を銃弾によって蹂躙されたヒューマンの男は、そのまま何も言わない死体となって崩れ落ちる。
「はぁ……手間をかけさせる……」
ヒューマンの男の死体を放り投げたムゲンは、今の自分の姿をカーブミラーで確認する。
カーブミラーにはズボンが散弾によって穴が空き、上半身は裸となったムゲンの姿が映っていた。
こんなボロボロの姿ではリリィへ会いに行けないと思ったムゲンは、ズボンに突っ込んだままのポケットトロンを取り出そうとする。
次の瞬間、ムゲンの全身に幾重にもレーザーサイトの光が照射される。
「動くな!」
その言葉を聞いたムゲンは即座に動きを止める。
ムゲンの耳に何人もの足音が聞こえると、そのまま足音の主はムゲンを包囲する。
包囲してきたのはネオ東京のSWATチームのメンバーであった。
SWATチームの装備は、先程まで暴れていたヒューマンの男を殺害するためのものなのか、SWATチームに詳しくないムゲンの目から見ても重装備であった。
現場に来たSWATチームのメンバーのうち三人はムゲンに銃を構え続け、残りのメンバーはヒューマンの男の死体を見分する。
その間もムゲンは銃を構えたSWATチームのメンバーに囲まれながら、微動だにすることなく立ち続けていた。
「そいつを開放してやれ」
「了解です。動いていいぞ」
死体の見分が終わったのか、SWATチームのリーダー格の男が三人のSWATチームのメンバーに命令する。
命令を聞いたSWATチームのメンバーは、銃を構えながらもゆっくりとムゲンから離れていく。
そうしてようやく動けるようになったムゲンは、ズボンのポケットからポケットトロンを取り出す。
取り出したポケットトロンの画面には、緊急のメールが入っていた。
なんだろう。と思ったムゲンは即座にメールの中身を確認する。
メールの中身は賞金首の情報について、ネオ東京の警察からの配布であった。
(この顔は……)
賞金首の顔を確認したムゲンは、その顔に見覚えがあった。
なぜなら表示された賞金首の顔画像は、先程ムゲンが殺害したヒューマンの男の顔だったからだ。
ムゲンが賞金首についての情報を確認していると、SWATチームのリーダー格と思わしき人物が近づいてくる。
「おい、そこのお前。コントラクターか?」
SWATチームのリーダーは不遜な態度でムゲンに話しかけてくる。それは今のムゲンの格好から、内心見下しているのだろう。
しかしムゲンもわざわざ反骨精神を出す理由もないので、「そうです」と冷静に答える。
コントラクター、それは今を生きる傭兵の総称である。
金さえ払えばどんな依頼でも引き受ける彼らは、世界中の企業や組織から重宝されており、今では世界中にコントラクターと呼ばれる存在がいる。
その中でもムゲンのような若い外見の者は、まだ未熟で経験が浅いと認識されているのだ。
「ならこいつの賞金だ。これを受け取ったらさっさと失せろ」
そう言うとSWATチームのリーダーは、自身のポケットトロンを取り出すと何かしらの操作する。
するとムゲンのポケットトロンに、賞金首にかけられていた賞金が電子マネーで振り込まれる。
その額、五千ニュー円。
昔の円との貨幣価値は、百円と一ニュー円がおおよそ同じ価値である。
「ふん、それじゃあな」
SWATチームのリーダーは、それだけを言うとムゲンから離れて他の隊員と合流する。
そしてそのままムゲンに目もくれずに、死体となったヒューマンの男を運び出す。
一人残されたムゲンは、ポケットトロンの画面に表示された賞金千ニュー円の履歴を見て、小さく笑みを浮かべるのであった。
(臨時収入が入ったし、服でも新調するか……)
そう思いながらもムゲンはポケットトロンを操作して電話をかける。
電話先はムゲンが懇意にしてるフィクサーであった。
「もしもし、ムゲンだけど」
「ハロームゲン、どうした?」
「ちょっと頼み事が……」
そう言ってムゲンは先程起きたことを話すのだった。
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