第20話 祈り
何故、この世に忌み子が存在するのか、私なりに考えたことはある。
しかし残念なことに、その結論に至るまでの過程は、自分好みのものではなかった。
ウェンには以前、『物語に納得のいく合理的理由が欲しい』とは言ったが、それは何も、人間の感情等といった不合理を否定しているわけではない。感情を切り離していいのなら、極論、登場人物を虫か動物に置き換えてもいいということになるだろう。物語には、読む者と同じ、人間が必要なのだ。
人々が矛盾や不条理を抱えたまま、整合性を求めて入り乱れる様は、なんとも愛らしい姿で
故に私自身も、論理的な理屈を持ってあらゆる物事を図りたいのだが、悲しいかな、忌み子という生き物には、それらを超越する力が備わっているらしく、本能によってその説明がついてしまった。
『
勿論、それは祈りの他にもある。希望から絶望へ堕ちる瞬間等が顕著だとは思うが、恐らくそれでは力として変換されない。人々の願い求める行為が、結果として形に現れるのだ。
では、その力は何故、人を苦しめる能力に特化しているのか。忌み子は何故、喜々として害を人へ与えるのか。
その説明には、トンセンの忌み子を例に挙げればわかりやすいだろう。あの町の住民は、まさしく絶望に身を焦がされる日々が続いていた。逃げることも歯向かうことも決して叶わない状況で、その人々は最後に何ができるのか。
『どうかこの狂った現状から好転してほしい』と、祈る事ぐらいである。
そしてその祈りが流れに流れ着き、再び新しい忌み子へ、
祈りにも種類はあるが、日々手を合わせて平穏を願う類のものでは弱く、力として変換されないだろう。そういった生温い想いより、絶望の淵から必死に念じる願い方のほうが力強いのは想像できる。
そして、負から生まれた念が纏わりついた人間は、まともな心身から逸脱した人格が身に着くこととなる。
人に『祈らせる』というのは、忌み子の本能的な要求でもある。故に、それぞれの趣向を凝らした地獄を、人々へ与えるのだ。たとえその祈りが、自分自身に還元されないと分かっていても。
ただし、捻子くれて生まれた人格のあまり、その本能からかけ離れた行動を起こす忌み子も存在する。私のように無駄に人の数を減らしたくない、合理性を追求した動きは、結果として
ウェンもまた同様である。
同族を嫌悪する気質と
ここからが問題となる。
私たち忌み子は、『心から祈る事』はできない。それがどれだけ無駄な行為なのかを、自身の体に染みついている『力』が教えてくれるのだから。
しかし、ウェンに限っては違う。彼ほどの特殊な
私とウェンは、カンラから西の、とある森の中を進んでいた。
歩く彼の姿を後ろから呼びかける。
「こんな所に一体何があるのー? そろそろ教えてよー」
「……」
返答はない。よほど嫌われてしまったようである。私としてはできる限り友好な関係を築いておきたいのだが、価値観の相違による軋轢の差は中々埋めるのが難しい。少なくとも私にとって、物事に対してあまりに無頓着であるボウよりかは数段価値ある人物なので、手放すのは勿体ないだろう。
歩き続けると、目的の場所へ着いたらしい。彼が止まった場所は、景色は何ら変わっていないが、元は人だった何かが散乱しているのが唯一の特徴だった。
そのうちの一つにウェンは座ると、ある物を拾う。
血と泥と虫で汚れきった、ぼろぼろの着物のようなものだった。
それは何かと尋ねようとすると、こちらを見ることなく、微かな声だけが返ってきた。
「おかあ、さん……」
なるほど、と納得した。ウェンはここで母親を殺して摂取したらしい。
直後に、自分の言動に気を付ける。恐らく今の場で変に茶化すと間違いなく激昂する。一応空気を読んで黙っておいた。
ウェンは、拾った遺物を抱きしめ、ぎゅっと目を閉じる。
悲しみをその身に受け止めているのか、
胎内にいた頃の記憶を巡らせているのか、
もしくは、
祈りを捧げているのか。
忌み子が祈る事はあり得ないが、もしもそんな事が起こり、
それが果たしてどんな働きを見せるのか、全く予測がつかない。
人間側に寄り添う筈のウェンが、結果的に通常の忌み子よりも、無秩序で不安定な存在になったのは皮肉というべきなのだろうか。
とはいえ、あくまで私の見立ての話ではある。案外大した事態にはならないかもしれないし、思いもよらぬ角度から変容を起こすかもしれない。
いずれにせよ、今後の彼がどう動くのか、実に見物である。
自らが殺した証をその胸に抱く
それは、彼本人でしか知り得ないだろう。
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