第19話 特色

 およそ三時間一刻半前──、ウェンとユーリイがカンラから発つ直前の廃屋の出来事、


 ボウに叩きつけられたウェンは、ある事を思索していた。

 このままでは、カンラの忌み子二人にいいように利用されて殺されるのは目に見えている。


 仕掛けるとしたら、件のトンセンか、又はその道中に何かがあるとしか思えない。

 となれば、今この場でこちらから攻めるのが上策ではないか。


 ユーリイに会話を聞かれる心配はないと言っていたが、それはあり得るだろうと当たりをつけていた。なぜなら、住民を通して聞き耳を立てていても、逆に自分に気付かれる可能性がある。表向きは二人の忌み子は繋がっていないのだから、それは不自然だろう。


 やるなら、ここしかない。


 後がないとはいえ、そう結論付けられたのは、我ながら不思議に思えていた。

 ただ、何故だか、確信があったのだ。


 自分の『特色』なら、ボウを倒せると。

 ボウの周囲に巡らせた透明の祈力れいりょくを発現させ、一斉にその対象者へと集中させる。


 地面に押し付けられたままのウェンは、その手応えを感じさせたまま立ち上がった。

 ボウは、手足をばたつかせ倒れこむ。一言も発せられることなく、もがき苦しんでいた。


 自棄気味に放った攻撃だったので、ここまで上手くいくとは思わなかった。

 これで確証を得る。



 自分の『特色』とは、他者の祈力れいりょくに特化した祈力れいりょく

 偶然か否か、それはウェン自身が忌み子を深く嫌悪する理由とも結びついていた。



 ボウを手中に取り、情報を引き出すべくケガレで操ろうとするが、思ったより手こずってしまう。ユーリイが言っていた、祈力れいりょく同士で交わってはならないという言葉を思い出す。あれは本当だったのだろうか。


 特色の事を置いても、実態が分かるまで多用は避けるべきだろう。

 最終的に、ボウを操作することには成功したが、時間をかけすぎて門前にいるユーリイに不審を抱かれたらまずい。目ぼしい情報を聞き出してひとまず切り上げた。



 この特色において注意するべきは、決して無敵ではないという事である。


 例えば、祈力れいりょくが人間や凶器に宿ったものへ攻める場合、時間を要する。その理由は、いわば不純物が混じるイノリなので効果が発揮されにくいのだと推測できる。また、この特色はあくまで対祈力れいりょくに特化しているというだけであり、打ち克つには少量ではなく、それ相応の適量が必要となる。


 過信は禁物だが、逆に言えば、

 単純な祈力れいりょく同士でのぶつかり合いならば、こちらが有利、という事になる。



    ◇



 巨大な祈力れいりょくが交わる瞬間、嵐が巻き起こるかの如く、瓦礫や木々が周りへと荒れ狂い、辺り一帯を吹き荒んでいった。立つのもやっとな状態のまま、ウェンはカスミを前へと操作する。


 紫黒を押さえ込む濃紺のイノリは、まるで龍の口を思わせ、少しずつ削り取っていった。

 自らの圧倒的な力を疑わなかったのだろう。クヮンは驚愕に満ちた顔を浮かべた。


 他の祈力れいりょくを取り込む特色と、他の祈力れいりょくを得手とする特色。どちらも似通った性質だが、この場を見る限り、後者が優勢らしい。このまま押し切ればウェンの制勝となる。

 しかし、そうはすんなりと勝たせてはくれない。


「これは驚きだ。だが、まだ甘い」


 相手の忌み子は、カスミの動きを見て、攻め方を変える。

 彼が十全に持つ祈力れいりょくを、ウェンから距離を話して全体に広げた。


 ウェンもそれを察し、攻撃に回している祈力れいりょくの半分程を、自分の周囲へ囲ませる。敵は攻撃を分散してこちらの力を弱めようとする作戦だが、無防備でいるわけにもいかない。

 いかにウェンの持つ祈力れいりょくが協力であろうと限界は存在する。どこか一点でもその許容量を上回る力で攻められれば、成す術はない。


 負けじと、クヮンへ攻めの勢いを強めるが、どれだけ祈力れいりょくを押し進んでも底が見えず、むしろ噴出する量は増えていき、無尽蔵に放たれていくようだった。

 このままではジリ貧──。ならば、危険を背負うしかない。


 一度、全てのイノリを透かし、クヮンの攻撃を一手に受ける。

 その後、再び戻して、攻めに転じた分の、相手の防御が緩んだ瞬間と箇所を一点に集中させ一気に斬り込む。


 問題は、一度攻撃を食らって無事で済むのかだが、自分の体にある祈力れいりょくが支えになると信じるしかない。他人を寄せ付けない特色ならば、幾らか身は保つ筈だ。


 視界には、僅かにクヮンを捉えている。その姿を睨んだまま、作戦通りに動こうとした瞬間、

 標的が、無数の武器に串刺しにされた。


「えっ──?」


 ウェンの驚きの声と共に、更に槍や刀、矢の幾十本がクヮンを刺し貫く。

 それらが飛んできた方向は、全角度の、あらゆる場所から投げられ、正確無比に全ての凶器が小さな身体へ射る。


 ウェンは、紫黒の色から解き放たれ、敵の祈力れいりょくが弱まっているのを見てから、背後のユーリイへ目をやった。

 少女は、片手の人差し指を斜め上へ向けていた。恐らくあの武器群は、ここへ集まった町民が、ユーリイによって投擲させたものなのだろう。


 余計な事をするな、と抗議の目を向けると、


って言ったじゃん。とは言ってないでしょ?」


 都合の良い解釈で彼女は釈明する。

 ユーリイの助力なしで倒したかったが仕方がないと踏ん切りをつけ、改めて向き直り、再びカスミを頭上に用意する。


 大岩のような塊のそれで今のクヮンを叩きつければ、確実に絶命するだろう。あれほどの祈力れいりょくを内に秘めているのなら、濃紺の特色でも操ることはまず不可能だ。

 そうなれば、自分の本当の名前は、知られないままになる。


「……」


 ウェンは首を振った。もう未練は残さない。

 決別するべくここで仕留めると決め、更に祈力れいりょくを増幅させる。


 クヮンは多数の武器に遮られる視界の中、片目でそれを見た。

 自らの最期を悟り、

 笑みを浮かべた。




「そうか……、私のいただきは、

 ここまでの高みだったか……」




 体から生えた夥しい程の凶器に、多量の血が滴った。

 ウェンは、有無を言わさず、


 渾身の力で、イノリを振り下ろす。




 一つの命を潰した感触が、少年の心に刻まれた。

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