第18話 会敵

 少年は、言われた通りの場所へ移動する。


 目的地は町中央にある広場。距離にしてそう遠くはないが、すぐに異変に気付いた。

 道中、戦闘行為がどこにも行われていない。


 先程までの狂騒が嘘のように、町中が不気味なまでに静まり返っている。

 その原因も一目で分かった。


 シャーネ側の人間達が、一斉に絶命していたのだ。

 少年は、悲愴な面持ちでそれらを眺める。いずれの遺体も、戦いによってではなく、自らの手で命を絶っている様子が伺えた。


 信じ難いが、まさか相手は、自慢の戦力を全て捨てたとでもいうのか。

 一体、何の為に──?

 疑念が脳を支配する中、目的地へ到着した。


「お、来たね」


 周りに破壊跡が目立ち、より広くなった広場の大通りで、ユーリイはある一点を見つめたまま出迎える。

 そして、その先の、家々の間にある細い道の先へ目を向けた。


「……何、あれ……?」


 そこには、黒紫の祈力れいりょくが渦巻いていた。


 明らかに尋常ではない量──、かつて少年が限界まで放出した、家一軒程の大きさを超え、更にその体積を膨張していった。

 ユーリイが語る。


「うちの町民の目を介して一部始終見てたよ。簡潔に言うとね、敵の一人があそこに表れて、祈力れいりょくを出した。シャーネの忌み子が、自分を改造して潜伏していたんだろうね」


 黒紫の祈力れいりょくの位置は、直前にボウを開放した場所からはそう遠くない事から、間違いではないと判断する。

 黒幕の忌み子は、あそこにいる。


 少年は横に手を伸ばし、攻撃を仕掛ける為に力を蓄えるべく、紺のカスミを練り出す。

 焦る気持ちとは裏腹に、ユーリイは落ち着いている様子だった。


「ボウはあれにやられて、その後祈力れいりょくが急速に強くなっていった。まるで取り込まれたみたいに」


 疑問が洪水のように溢れ出る。他者の祈力れいりょくを自らのものにするといった真似は、流石にユーリイでもできない筈だ。


「……どういう事? 改造が『特色』じゃなかったの?」


「うーん。そうじゃなかったっぽい」


 少女は、ばつが悪い雰囲気を醸し出した。


「ちょっと言い訳させて。シャーネの町はこれまで時々偵察に行かせてて、様子はちゃんと見ていたの。その時は確かに奇態な人間たちで溢れていたし、『変異』が起きた感じも見られなかった。実際今、そういう者と戦っていたわけでしょ?」


「でも実際は……」


「そう。違う。一体どういう事なんだろって考えたよ。びっくりして一瞬、カンラの人たちを操るの手放しちゃった。一斉に敵全員が自決したから頭を回す余裕ができたってのもあるけど。お陰で一つ、有力だと思う仮説が浮かんだ」


 ユーリイは、薙刀を肩に担いだ。


「私がシャーネを調べた時期は、あくまで『私が生まれてから現在までの間』、もしその前から『変異』が起きていたとすれば、気付きようがない」


「……」


「せめてその頃の話が聞けたらよかったんだけど、当事者の筈の、あの中にいるボンクラは、あまりに物事に対して無頓着過ぎるから、情報なんてこれっぽっちも持ってないし……、ほんっと役に立たなかったな。最後まで」


 はあー、と大きな溜息を吐いてユーリイは落胆した。


「話戻すけど、つまり、変異前は『改造に特化したもの』で、変異後が『他の忌み子を取り込んで祈力れいりょくを自分のものにできる』って考えれば辻褄は合う。多分一人か二人を吸収し、その蓄えた祈力れいりょくでシャーネの住民を弄った。全ての人間にやるのは本来なら難しいだろうけど、経験がある改造なら幾らかやりやすいだろうし、普通より強い祈力れいりょくを持ってるから、その余裕はある筈。何より、自分の『特色』を周りに欺けるのが大きい」


 未だに半信半疑なままではあったが、


「私たちだって、生まれた時に親を摂取したんだから、それほど不思議じゃないでしょ? 対象が変わっただけ」


 悲しいことに、その説明で腑に落ちてしまった。


「忌み子そのものが目的だったとしたら……ウェンは何か聞いてない? シャーネにいた頃、忌み子を見つけたらここへ集めろ、みたいな話。一瞬でもいいから」


「……あっ」


 過去の出来事が脳裏を走り、確証を得た。

 その通りだ。母が殺害されたあの時、


 『子は、遺体として回収させてもらう』、そう言っていた。遺体をわざわざ回収というのは、今思えば確かに違和感でしかない。

 また、『原型は崩さないように』とも続けていた。あれは、取り込む体が全て揃っていなければ不十分だから、という事では──。


「その反応だとあったっぽいね。じゃあもう決まりか。ついでに言うと、ウェンも同じってことかな? 変異が起きたのを隠してたのは」


「……」


 沈黙をユーリイが受け止め、遠方の敵へ目を向ける。


「それはさておいて、今は目の前の問題と向き合おう。まだどんどん祈力れいりょくが膨れ上がってるのを見るに、あれはシャーネの民衆を自決させた分の力を戻してる所。私の見立てだと、あと五割ぐらいは増えていく」


 少年は、横に放出を続けているカスミの感触を確かめた。


「これ以上祈力れいりょくが集まる前に、早く叩かないと……」


 焦燥に駆られる中、「いや」とユーリイ。


「どうせなら一箇所に集束してもらった方がやりやすい。集まり切った祈力れいりょくでも、倒せる自信はあるよ。だから、今は準備を整える。私はカンラの大多数の住民をここに集合させてる所。ウェンはそのまま祈力れいりょくを出し続けて」


 少年は、余裕な表情を見せている隣へ振り向いた。


「どこからその自信が?」


「シャーネの敵全てを見てきたからね。その立ち回りを見て大体わかったよ。ぶっちゃけ相手は戦いが不得意。忌み子っていうのは、祈力れいりょくの量がそのまま強さに直結するわけじゃないの」


 少女は、薙刀をめつすがめつする。


「現にこうして、わざわざ自分から目立つ真似してるのがいい証拠。ほんと何がしたいのかわからないんだけど、あいつは一人を吸収しても、最後まで潜伏を貫いて次の機会を伺うべきなんだよ。私にはすぐバレるから通じないけどね」


「……本当に勝てるの?」


「嘘つく場面じゃないでしょ。二人がかりでやればいけるいける」




「もっとも、多少の被害は出るだろうけど、仕方ないね」




 少年は、苦しそうに目を伏せた。

 要は、カンラに死傷者が更に増える、ということである。


 ここまで皆を傷つけないよう尽くしたのに、まだ続くのか。

 いや、元からぼくには、それほど大した事なんてやっていない。


 なんとかして町の皆を守りたい。頭にあるのは、その一心のみだった。

 そこではたと気付く。


 何故、自分は他の忌み子と違って、普通の人間の事を想っているのだろう。

 世話になっているとはいえ、ここに住むようになってから、まだ日は浅い。それも、支配下にある人達に囲まれた日常である。


 そしてもう一つ、

 どうして忌み子そのものに、強い嫌悪感を抱くのだろう。


「……」


 焼かれた左腕の先へ視線を向けると、自分の中にあるほぼ全てを出し切った、濃紺の巨大な祈力れいりょくが保たれている。そこから放たれる異様な存在感と威圧感からは、触れたら最後、全てを滅するのではないかと、本人すらも感じ取れる。


 同じように膨張し続ける黒紫色の祈力れいりょくを見ると、突如その動きを止めた。その大きさは、自分のそれの三倍近くまで膨れ上がっている。

 

「やっぱり、あれくらいで打ち止めらしいね。こっちも準備は万端だし、そろそろ行こうか」


 町民を集め終えたらしいユーリイを差し置いて、

 少年は前へ出た。


「いい」


 振り返らずに続ける。


「ぼく一人でやる」


「……んん?」


 横の祈力れいりょくの濃度を薄めて透明にした後、引き連れたままゆっくりと敵の元へ歩む。


「ちょっと、何のつもりー? 相手は真っ先に祈力れいりょくだけ強いボウを狙って取り込んだんだよ? 正面から攻めるのは絶対得策じゃないって。協力してやらないと」


「信用できない。ユーリイはそこで見てればいい」


 抗議の声を無視し、歩き続ける。




 やがて、二人の忌み子が、対峙した。

 紫の極大の祈力れいりょくは、今度は徐々に圧縮するように縮まってゆく。その末は、人の形へと成り代わっていった。


 衣服は自分と大差ない素朴なもの。二、三歳上程の年齢で、目鼻立ちは整っており、睫毛が長く、穏やかな表情を浮かべている様は、美少年という括りに入るだろう。しかし、傍から見れば屹立しているだけの小さな姿であるにも関わらず、微動だにしないその堂々とした姿勢からは屹然きつぜんな気風が見られ、厳かで貫禄がある雰囲気をその者から漂わせていた。


 とても、先ほどまで悍ましい色で包まれていた人間とは思えなかった。


「やあ」


 爽やかな笑顔で、声を発する。響きの良い声音だった。


「シャーネを統括する、クヮンだ」


 名乗りを上げたクヮンは、問いかける。


「あなたの名前は?」


「……」


 答えられなかった。

 タオとのやりとりが、少年の脳内を支配する。


「もう一度問う。あなたの名前は、何だ?」


 再度の詰問には、明らかな威圧が込められており、相手が膨大な祈力れいりょくを持つ事も相まって、恐ろしいまでに命の危機を感じる迫力が発せられていた。


「なんともはや、失礼な方だ」


 それでも黙したままでいると、クヮンは鼻で笑う。


「実をいうと、名前は既に知っている」


「……え?」


「当然じゃないか。私の町に元いた、あなたの母親から既に伝え聞いたのだから。もっとも、そちらが名乗らない以上呼ぶつもりはないがね」


「……っ」


 苦虫を噛み潰したような思いだった。

 本来の名前──、聞きたくもあるが、耳にしたくない気持ちも相半していた。

 返答に窮していると、幸か不幸か、黒紫の忌み子は次の関心へ移る。


「あなたの母親は勇気のある方だった。一早く危険を察知し、稚児ややこを抱えたまま外へ逃げ出す胆力、実に天晴れといえよう。あの時、自ら出向いて親子ともども喰い殺したかったが、わたしの存在はまだ秘しておきたかったのでね。いやはやなんとも恐れ入る」


 相手は、わずかに首を傾けた。


「しかし、紆余曲折を経て、奇跡の生還を果たしたあなたは、ここで何をしているのだ?」


 質問の意図が掴めず、眉を潜めた。


「なぜ忌み子が、自らの身を呈して人を庇う真似をする? とても考えられない事だ」


「なんでって……別に理由は……」


「それはおかしいだろう。我々にとって人間とは、玩弄がんろうする為にのみ価値がある存在なのだから」


 聞き捨てならない事を平然と言ってのけ、言葉を返す。


「そんなの……誰が決めたの?」


「決めるも何も、そういうものだ。想像してみろ。目の前に数えきれない玩具があり、どう扱おうと誰も咎める者がいないとなれば、幼心のまま好き勝手に扱う。壊そうが、改造しようが全て自由だ。言うなれば我々は、その玩具を取り合っているに過ぎない」


 呆然と絶句する。

 何一つ共感できなかった。


 改めて、忌み子という存在を突き付けられ、深く気落ちする。

 こんな奴が、世の中に溢れているのか。


「もっともわたしは、人間などどうでもいい。

 内にあるのは、己をいかほどまで高められるか。わたしはただ、ひたすらにそれのみを追い求めている」


 恍惚に、両手を広げて語った。


「今一度祈力を集めたのもそうだ。より強まった力を、自身の体で味わいたかったのだ」



 ユーリイが小さく口を開き、

「あ、それで。なら納得」

 何度も小振りに頷いた。

 


 クヮンは空を眺める。


「わたしの『特色』は、恐らく限界というものがない。底が存在しえぬ無尽蔵の器──もしも、この世に現存する忌み子の祈リを、全てこの身に宿るとすれば、想像するだけで、胸焦がれるのだよ」


 えつひたった後、手を下ろす。


「なればこそ、その頂点の景色が、果たしてどのようなものなのか、是非とも眺めてみたいと感じないか?」


「……全然」


 ウェンは、短く吐き捨てた。


「どこぞの偽善者よりは余程理解できる理念だと思うがね。ならば問おう。あなたは一体、いかな信念を持っている?」


 気分を害した様子は無く、余裕の態度も崩さない。自分が負ける筈がないという自信が漲っているのだろう。


「道徳、教育、人を慮る行為、そういったものは全て、人類が長く存続する為の苦し紛れの策でしかない。生まれたばかりのあなたには、それすらさほど縁がないのではないか? 

 そのような観念、イノリの力を持つ我々にとっては無力だ。寄る辺なき弱者は、か細くひ弱い、最後に残った信条を唯一の取り柄、誇りだと強引に納得してしまう。そして、強者はそれを絶好の的として利用するのだ」


 クヮンは口元を歪める。


「弄ぶにしても、脆いという他ないが、汲めども汲めども尽きぬ玩具共だ。あなたはそれらを、果たしてどうしたいのだ?」


 沈黙は、長く続かなかった。

 これまで出会った、変形された人々、灰に変色された人々、意思を奪われた人々の姿が頭によぎり、

 偽りだった、三人の家族の姿が胸中を浮かんだ。


 ウェンは、相手を憐れんだ目で見据えた。


「人を、道具に例えないでよ」


 冷ややかに、侮蔑を含んで言葉を浴びせる。


「さっきから言ってる事なんて、言い訳を自分に言い聞かせてるみたいだ」


 理解していないのか、クヮンは意外そうな顔をした。


「それはまたなぜだ? そもそもにして、人が何をしようと、各々の自由だ。誰にも束縛される権利はない。あなたがわたしに指図される謂われも」


「……そういう話じゃない……」


 いつの間にか、先ほどまでよりも随分、眼前の子が幼く見えた。


「自慢げにぼく達がなんなのかを語ったって、結局忌み子も、人がいなかったら生まれる事もできないんだ」


 少年は、相手の視線を、静かに受け止めた。




「人に、悪い事しちゃいけないだなんて、子どもでもわかるもん」


 静かに、ほだされる様に、クヮンは問うた。


「それが、我々の存在理由だとしてもか? 母親を喰った、あなたのように」


 思考が真っ白になりながらも、


 彼は、半ば無意識に答えた。


「そうだよ」




 ウェンを皮切りに、数瞬の静寂が流れる。


 心底からつまらなさそうな表情を浮かべた子が、何かを諦めたような素振りを見せた。


「所詮相容れる筈もないか。呑み込む前に、珍しい動きを見せる忌み子を知っておこうかと思ったが、やはり時間の無駄だったな」


 紫黒の色が、再びクヮンから放たれた。

 空気が震え、周囲の瓦礫が彼を中心に渦巻く形で離れてゆく。


 先ほどのように、膨大な量の祈力れいりょくが展開され、それに触れれば一瞬で死ぬ。そう感じるほどの異様な圧迫感が、強い風と共にウェンの身に受けた。


「わたしの目的は変わらない。常に高みを求め、万難を排し、天を超えて登り詰める。

 あなたという礎を築き上げた先にな」


 祈力れいりょくは際限なく増え続けるのを見て、ウェンも動いた。

 ここへ対峙する前から用意した、色濃く交じり合う紺と黒を、その場に現す。

 二人が生み出す規模の差は歴然としており、同じ色の水量を同時に器へ注げば、紫の禍々しい水が更にその量を増やすだけの結果になるだろう。


「……」


 しかし、ウェンは怯まず、攻撃に備えて濃紺のイノリを目の前へと操作する。

 その先にある標的は無論、自分と同じ動きを見せる忌み子。

 


 やがて、互いの殺意が動き出し、

 二つの巨大な祈力れいりょくが、激しく衝突を起こした。

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