第14話 群れ

 最初に発動した罠は、地面より放たれた。


 町へ移動する敵軍の足元から、穂先が鋭く尖った槍が複数飛び出す。

 その数は、一目では把握しきれないほど無数にあり、さながら降り注いだ雨が再び天へ還っていく光景だった。


 群れは一斉に串刺しにされ、前線を分断される。

 次に、山の中からの仕掛けが動いた。


 山下へ下ろうとし、それによって無防備となった背後の斜面から、土が巻き起こる。

 高速で吹き飛ぶ大量の石礫が、敵勢の背面を深々と抉った。

 同時に、砂煙を漂わせ、それに含まれる、腐敗した死体と糞尿を混ぜ合わせた悪臭を蔓延させる。息を吸った者共の鼻を片端から抑え、動きを一時的に停止させた。


 次に、つちのこのように生やしたままの槍衾やりぶすまと山の中間、その位置の地面が低く落とされる。どすん、と鈍い音が辺りに響き、堀のような空間が町の側面と同じ長さまで広がっていた。

 八方塞がりとなったそこへ、高所から勢い良く転がる、幾つもの大岩が迫っていく。


 障害となる筈の木々は丁寧に無くなっており、

 坂道を走る岩を阻むものは、何一つとして存在しなかった。


 かくして、これらを初めとする数々の罠の餌食となり、

 シャーネの敵陣の四割程を削り落とした。



「うん、上々。いい感じにかかってくれてる」


 ユーリイの満足げな報告を聞き、ウェンは思考する。


 罠を作動する時、ある程度の間を置いたのはボウを表に晒さない理由と同様、敵に撤退させない状況に追い込む為である。

 肝となるのは、最初の部隊をあえて町へ突入させる事だ。後に続く兵隊の戦力を削げば、先に入った前線のみが町に残され、その瞬間が絶好の的となる。


「この為に、あたかも町中に混乱が起きたように見せて、最初の侵入者に苦戦を演じさせたからね。もうここまで来たら、相手も退くに退けない筈だよ」


「……」


 確かに、話を聞く限りは順調に進んでるように感じる。

 敵の視点に立てば、二人の忌み子がカンラにいない事を確認している以上、今を以って攻め込むしか道は無いと考える。この状況でシャーネへ引き下がっても、戦力の大半を失った状態では、他の忌み子に狙われて破滅するのも時間の問題だろう。


 ならば、ここで一筋の望みに賭け、あわよくばカンラの町民を頂こうとし、侵攻の手を緩めない、という考えに至るのは自然な流れだと理解できる。

 だが、本当に大丈夫だろうか、とウェンは訝しんだ。


「ユーリイ。シャーネの忌み子はどんな『特色』なの?」


「んー、うん。ちゃんと話すよ」


 少女は、神妙な声色で言った。


「心して聞いてね」



 その全貌を耳にしたウェンは衝撃のあまり、声を漏れずにはいられなかった。


「なに……それ……?」




 土中から放たれた罠によって分断された一部の兵隊が、それに構わず進行し、塀を軽々と飛び越え、町へ侵入する。

 伴って、牙を隠し通したカンラの傀儡くぐつ達が、本格的に動き出した。


 ある者は屋根上に昇り、ある者は川の水上で、

 女性、老人、児童に至るまで、それぞれの強みとなる武器を手にし、侵入者と相向かう。


 鎖鎌で健脚の二足を落とし、

 弓矢で屈強な胴体を射抜き、

 刀剣でイノリを纏った生命を斬殺する。


 獲物を仕留める、カンラの民草の動きや連携に一寸の乱れは無く、粛々と敵対者を排除する様は、蟻の行進のように正確だった。

 町中に血が乱れ飛び、所々に赤色の模様が新たに付け加わる。


 序盤の敵の層は薄く、第一波の襲撃を迎え撃つのは比較的容易といえた。

 問題となるのは、次の第二波である。


 この時点で壊滅的ともいえる被害を受け、なりふりかまわず突っ込む(つまり大して変わりはない)だろう次の段階からが本番だった。

 可能なら、この時点で相手側の忌み子を見つけ出せば、今後の戦局を握れる僥倖になる。だが、カンラの内外を町民全ての視界で見渡しても、特定は未だ果たせなかった。


 もっとも、ここで相手の忌み子の命を絶てばその時点で終戦となるのだから、潜伏に徹するのは当然といえば当然だろう。

 しかしながら、今まさに、悪臭に塗れたまま襲撃に来る、明らかに数が多い第二陣の内にいる可能性は高い。


 その大規模からして、敵陣営のほぼ全てを集中させている事が窺い知れ、今度こそ総力戦となるのは確実であった。

 遂に、軍団が双方向から町中へ侵襲する。


 戦場は更に、より凄惨な光景を広げる事となった。

 流れ自体は先刻と同じ、戦闘人形と化したカンラの兵員を総動員して迎え打つ形となる。


 最初の襲撃と違う点は、相手側の戦力の差であった。

 とめどなくなだれ込む敵の波──、カンラの住民はそれらに応戦しつつ、あえて内部への侵入を許す。


 本来、自軍の領域内を侵された状態というのは極めて不利な戦局だが、今回に限り例外となる。

 例えば、タオは現在、複数の味方をつけ、敵一体を相手取っている。絶え間なく攻め込む為に、攻撃する役と離れて様子を伺う役を、交代で変わりながら戦う。その観察する役を、タオは請け負っていた。


 じっと相手を眺め続け、その状態から、タオは全く別の方向へ飛び出す。

 向かう先は先ほどまで見定めていた敵とはまた違う敵へ。絶妙な隙を狙われたその標的は思いもよらぬ攻撃に虚をつかれ、成す術なく果てていく。そしてまた別の敵を始末するべく、他の味方と合流し合戦を広げる。


 ユーリイの完全指揮下にある、行動の狂いが全く生じない兵団の上に、敵味方それぞれの位置を、全員で把握し共有する事が可能だからこそとれる作戦である。故に、敵と戦いながら深部へ誘導し、相手側の戦力を分散しつつ、こちら側は戦闘を複数展開させ、更に別の局面から有利な状況で連携を促す事ができる。


 極論、このカンラとシャーネの戦争は、多対多ではなく、多対一を無数に繰り広げているといっても過言ではない。加え、ユーリイの『特色』により、一人一人が残らず、人間として最大限の性能を発揮でき、どれだけ異常な事態が目に移っても一切動ずることなく戦い続けられる。

 この戦法こそが、カンラが織り成す最大戦力である。


 しかし、通用しない相手も当然存在する。

 人の手による攻撃が根本から通じない輩──、タオ達が現在相手にしている敵が、正にその典型だった。


 刀剣、弓矢、槍、斧、その全てが弾かれる。

 タオは、目前の相手を見据えた。これまでと違う、一筋縄ではいかない難敵だと悟る。


 堅牢な身で攻撃が通らないならば、高所からはどうか──。

 周りが牽制を促す間、剣士は手近な建物の屋根上へ、石灯籠を伝って登った。更に高みを目指し、近くにある鐘楼しょうろうの上まで移動する。


 同志がそれをに確認し、鐘楼の近くまで相手を誘導させながら奮闘する。

 タオは武器を逆手に構え、腰を落とした。


 標的が目標の地点に招いたのをみて、恐れをなさずに跳ぶ。周囲の味方は巻き添えを避けるべく、敵から二歩ほど離れた。

 浮遊感が剣士の身に漂い、風を切る音が耳を響かせ、運命を託すはただ一刀と、腕先に力を込め、得物を縦軸に支える。


 しかし、落下中、全く別の横方向から衝撃が走った。

 タオは吹っ飛ばされ、微妙な角度で壁へ衝突し、周りにある小物を崩して落ちていく。


 衝撃の正体は、この場に現れた新たなる乱入者、狼だった。

 狼は、追撃を加えんと、四つ足で地を蹴る。


 倒れたタオの元へ届こうとする寸前、

 カスミの大きな壁が、両者の間に落とされ、狼は濃紺の祈力れいりょくに触れる前に急停止し、数歩引き下がる。


 ウェンは、上空から降り立った。

 即席で築いた壁を手元に戻し、地面へ適当に祈力れいりょくを流しておく。狼を目にしたウェンは、


「……」


 呆然と、小さく口を開けていた。


 その狼は、人の面影が垣間見えており、しかし確実に人でなくなった姿形を表していた。


 人面をそのまま張り付けたかのような面様だが、顎が顔の半分以上を飛び出している様が人の認識を妨げる。裂けるように口が開き、半楕円状に並んだ歯牙が見えるが、更にその中を、細く鋭い針が上下にびっしりと敷き詰められ、それを口内で洗浄する役割なのか、無数の細い舌が蠢いている。全身は濁った紫黒しこく色に染まり、四肢は大樹の根のように太い。両前足の鋭く大きい爪は手先と手首の二か所に備わり、そこに獲物を挟んで閉じれば容易く肉が削がれる事だろう。


「……」


 警戒している人面狼じんめんろうの背後にも、こちらを凝視している者がいた。

 それは、タオが先ほど狙っていた相手である、巨大な異形の怪物。

 色は同じく紫がかった黒、人間を十人程集めて、その素材を適当に混ぜ合わせたような物体──、それが、率直に抱いた感想だった。


 眼球は満遍なく全体に埋め込まれており、上に栗を剥いたような大きな口が割られ、四十本の長い手足は、奇怪でふとましい胴体を卓のように支え、ハリネズミのように幾つもの鋭い突起物が周囲へわらわらと伸ばしている。


「ひ……」


 ウェンが思わず声を漏らすと、物体は別の兵士に気をとられ、体全体を回して猛威を振るい始めた。


「うーん、一撃くらい加えたかったけど、狼が思いのほか速かったな。流石に甘かったか」


 少年の隣に立ったユーリイが呟く。

 それを見た人面狼じんめんろうが動き、再び屋根上へ跳躍する。自慢の脚力で、あっという間に遠くへ移動した。

 ウェンは、その視線の先を追うと、視界に別の戦いが姿が入った。


「ユーリイ……、あれって……」


 少年が見たのは、カンラの町民と、人とは呼べない、何かの生き物が無数。


 一匹は、何分割も分けられ、大きな百足となった蟲が這いずり回っている。

 一匹は、腐海のように怪しげな原生林が頭部を中心に生い茂る中、突然爆発が起こり、紫の胞子をばら撒く直立歩行型の植物。

 一匹は、全体が針金のように細長く巻いている体。

 一匹は、異常な程に増えた骨が露出しており、それが鎧となって胴体を覆う。

 一匹は、肌が一切見えないほど臓器を剥き出し、全く得体が分からない少量の液体を精製しているらしく、出来上がったそれを周囲にぶちまけている。それに付着した床や木々は、腐食して溶けていった。

 一匹は、一匹は、一匹は、一匹は、一匹は──、


「さっき言った通りだよ。シャーネの忌み子の『特色』は、人体改造だって。普段もあの姿で日常を送ってるっていうんだから、驚きだよねえ」


「……そんなのって……」


 直前に聞かされた情報を持っていても、目の前に広がっている光景が、とても信じられなかった。人の形を微かに保っている分、トンセンの塊より更に悍ましく感じる。


「今までで、じかにシャーネの民衆を見たことないでしょ」


 少女は、こちらを向いた。


「ウェン自身も、生まれは同じようなものだったんじゃない?」

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