第三章

第13話 謀略


「ユーリイ、今の状況はどうなってるの?」


 鈍色の町を抜け出て、草地へと駆けるウェンは走りながら訪ねた。


 ボウに確認させる事も試みたが、カンラの実態を細かく把握するのは今の力量では難しい。加えて、彼女から『ある事』を頼まれていたのだ。


「まだ大きな戦にはなってない。あちこちで小規模のやり合いを始めてる感じ。向こうも様子見してるっぽいね。でも、その内に町同士による、大規模の総力戦になってくるよ」


 ユーリイの返答に内心安堵する。一刻も早く加勢に行きたい身として、時間を置いてくれるのはありがたい戦況だった。


「このまま持ち堪えてくれないかな……」


 少年がぼそりと呟くのを意に介さず、


「でさあ、ウェンに一つ聞いていい?」


 先頭を走るユーリイは、振り返らずに問う。


「君の出生のシャーネ。あの町のことどう思ってる? これから相手するわけだけど」


「……」


 実際、痛いところを突かれていた。殆ど関わりがないといっても、本来なら、立場が逆になって戦う事になっていたかもしれないのだ。

 しかし、ここで気持ちが揺らいでは、それこそ一貫性がないとウェンは思う。


「今は、お世話になってくれたカンラの町を守りたい。だから、迎え撃つ覚悟はできてる」


 可能であれば、人命を絶つことなく戦を終えたい。向こうの兵達もまた、忌み子に操られた被害者なのだから。

 だが、状況次第ではやむを得ないだろうと弁え、腹を括るしかない。


「ふうん……」


「……?」


 ウェンは首を傾げる。


 何故かは分からないが、いつもの反応とは違う含みを感じた。

 が、すぐに今向かっている町へ意識を向ける。


 あちらでは、何が迫っているのだろうか。


「ユーリイの指示通り、ボウを表に出してないけど……、本当に大丈夫……?」


 少女が提案した内容を正確に表すと、ボウに祈力れいりょくを出させず、忌み子である事を晒されないように、という指示である。

 その意味には理解ができた。ここで第三の忌み子が敵陣に知られると、撤退される可能性が高くなるからだ。そうなると、今はそれで凌げたとしても、対策を取られ、後々こちらが不利になる。今回のような作戦も通用しなくなるだろう。


 正直言って、それでもあえてその姿を曝け出し、被害を生まないようにするべきか、今も悩んでいる。しかし、そうするとユーリイが周りの住人を使って全力で止めにかかるのは目に見えていた。カンラの人を傷つけたくないし、その内乱の隙を敵に狙われでもしたら笑い話にもならない。ここは一先ず、足並みを揃えておく方が無難に思えた。

 ユーリイは、自信を顕わにした様子で言った。


「見くびってもらっちゃ困るなあ。私の頼もしい同胞達だよ? 任せておきなって」



 カンラの青い上空に、黒煙が幾つか立ち上っていた。

 至る所に火事が起こり、群衆に混乱を巻き起こす。


 騒乱の元となる原因は、町中に紛れた数人の来訪者によるものだった。

 屋根の上を次々と掛ける、俊足の狼の姿。


 町民がそれに気を取られる中、影に潜み、事を進める隠密者おんみつもの

 奇声を上げながら、手の凶器を振るい回す狂乱者きょうらんしゃが複数。


 民衆は逃げ惑い、あらゆる場所で人々の波が押し寄せていった。

 狂騒が狂騒を呼ぶ中、事態を防ごうとする者が、闖入者を排除するべくそれぞれの前に立つ。

 筋骨隆々な大男が、周囲の家屋や松木を棍棒で破壊し、蹂躙する様を、


「……」


 武装を整え終えたタオが眺めていた。


 タオは腰を落とし、手に持った刀を相手に向けたまま、肩の位置まで上げて両手で構える。

 大男がこちらを補足するや否や、棍棒を横に広げたまま突進する。周辺の木柱や立て看板を巻き込みながら、勢い削がれる事無く迫ってゆく。


 体格差は歴然としており、剣士より五割ほど増している巨躯──それが持つ得物の射程内に入った瞬間、腰を乗せた払いが、標的を砕かんとばかりに繰り出された。

 対してタオは、その姿に畏怖しながら、しかし目は逸らさず、刃先を相手の首筋へと狙う。


 彼は、戦いが長引く分だけ不利になると悟っていた。

 大男が棍棒を振るうのと同時に、剣士は決死の覚悟で前へと地を蹴る。


 そのまま、刀は相手の喉元を突き刺した。

 しかし、棍棒も自分の胴元へ打擲ちょうちゃくし、タオは右横へ吹き飛ばされ、壁へ激突する。

 大男に致命傷を負わせたのが先だった為、多少棍棒の勢いが弱まり、加えて、装備した防具も相まって、剣士は一命を取り留めた。


 だが、大きな損傷を受けたのに違いはなかった。衝撃で肋骨にひびが入った部分に手を摩る。本来ならば動くのも困難な筈の傷病だが、


 タオは立ち上がった。


 ユーリイのイノリによって傷が緩和され、痛みが僅かながら徐々に引いていくのを感じた後、横向きに倒れた大男に近付き、首に刺したままの刀を引き抜こうと柄を取る。

 瞬間、腕を掴まれた。


 その甚大なる膂力りょりょくは、命が尽きようとする寸前ながら些かも衰えておらず、抵抗間もなく引き寄せられる。頭頂部を掴まれ、地面へと叩き込まれた。

 そして倒れ伏したタオの身に、瓦を粉砕する威力の打撃が、嵐の如く見舞われる。


 一撃一撃打ち下ろすごとに、体を通した地面の石畳に亀裂が入ってゆく。

 虫の息となったタオへ、止めとなる拳を振り上げ、

 大男の腕が斬り飛ばされた。


 暴行者が背後へ振り返ると同時に、その首も胴体と別れた。

 たった今加勢にきた剣士は、横に払った刀を鞘に戻し、隣に倒れている瀕死の男へ歩む。


 見るからに重体そのものといったタオは、

 床に両手をつき、のっそりと起き上がる。自身が負った傷は全く意に介さない様子に見えた。


 それを確認した増援の男は、次に行くべき騒ぎとなっている位置を告げると、走り去った。

 タオは、先刻まで戦っていた大男の元まで移動すると、斬り落とされた首の位置より下、そこに刺さったままの刀を引き抜いた。


 自身と敵の血が地面へ零れ落ちる中、

 剣士はよろめきながら、目的の場所へ向かった。



 一方、カンラを挟んだ両側の山──、

 その森林の中には、数百の伏兵が忍んでいた。


 町に送り込んだ数人の刺客は、陽動や囮を兼ね、大きな混乱を招かせる役割が主である。

 全ては、山のあらゆる位置に配備させ、一斉に挟撃をかけるその瞬間の為。


 日の下の枝葉や土中等、巧妙に隠れたまま彼らは息を潜めた。いずれも、現在町に降りている者より、更に腕が高い兵が揃っている。

 突如、笛の音が二度、風を切った。


 それを皮切りに、合図を聞き届けた両側の兵達は野良猫のように素早く山を下り、

 カンラへ急速に距離を詰めていった。

 森を抜け、更に一歩を踏み込む。

 


「……我慢できない! やっぱりボウを使って町を守らせる!」


 ウェンは走りながら、悲痛の声を上げた。


「もー、落ち着きなって」とユーリイ。


「だって、どれだけ町の皆が強くたって、囲まれて一緒に攻められたらまずいよ! 両隣にある高所の山からだったら、なおさら!」


「そんな事分かってるよー」


 少女は顔色一つ変えなかった。


「いい? まず向こう側は、私達に一切存在がバレてないって思い込んだまま、意気揚々と情報収集してたの。その情報は、全部私の管理下のもとに与えてやったやつ。伝えてないものもあるし、誤情報も混ぜてある。それで、相手に山から攻めれば確実に勝てるって結論を下せるように誘導させてあげたの」


 ユーリイはふっと笑う。


「あの二つの山には、全面の全面に罠が張り巡らせてる。勿論、一見して分からないようにね。私の意志次第でそれは自由に発動できるの。しかも、向こうは山を調べる時間なんて全然無いから無警戒になってしまうわけ。


 種類にもよるけど、かかった獲物はまず間違いなく、原型の五割以上は失うね」

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