第10話 嘆き
トンセンへ襲撃する前、寂れた家屋の一室で、ボウは言葉を紡いだ。
「建前として、『暴走』という表現であの町の惨状を説明するが、実際はこれも『変異』の現象だ。暴走する程
男は続けた。
「トンセンの忌み子に起きた変異は、本人の意思なく町全体を侵食する類のものだ。そして、ここ数日間でその規模が広がり始めている。以前までのそいつは、俺達と同じように
苦笑の表情を浮かべる。
「思えば悲しいもんだ。力を好き放題に振舞っていた時は、まさしく人生を謳歌していただろうに、予測不能の爆弾が爆発しただけで、自分自身を失ってしまったんだからな」
ボウは、聞き手へ視線を向け、指を差した。
「もう一つの方も、じき爆破するぜ。どんな結果になるのか、実に楽しみだ」
◇
町の至る所が、ごみ捨て場のように鈍色の塊が散乱し、上を見上げると砂塵のように
ウェンは、人間大程の
「ねえ、ほんとにこの道で合ってる⁉ さっきからずっと襲ってきてるけど!」
ユーリイは二本の矛を振るいながら答える。
「これでもまだましな方。ひどい所はアレで埋まってて道になってないくらいだから」
二人が進む道程は、
「くっ……」
今日に限り、ウェンは
背後から迫る塊へ、横へ飛ぶように振り返ると同時に、
その時、体勢を崩して瓦礫へ倒れ込んだ。下が凹凸な為に、強烈な痛みが全身を走った。
歯を食いしばって痛覚を我慢し、視界の確保に努める。既に周りの敵はおらず、代わりに、同行人の戦う様が見えた。
ユーリイは、長物の武器を巧みに扱い、三匹の塊を相手取っていた。
彼女の敵が繰り出される攻撃は、ウェンのような単なる突進や叩きではなく、やや変則じみた方法である、分裂だった。
三匹は、太線の先端から切り離すように次々と別れ、ユーリイの周囲を囲んでゆく。恐らく元々一体だったのが、戦うにつれて三つに分断したのだろう。
塊は示し合わせたかの如く、一斉に彼女へ飛び掛かった。
ユーリイは、薙刀の先端を片手でそれぞれ持ち、空中へ高く跳んで自身の体を勢いよく回した。
その円運動も単調に留まらず、
刃の舞はおよそ数秒の間。着地した頃には、細切りにされて動かなくなった大量の躯と、
たった今、再び彼女へ攻めかかった、小さな四匹の塊。
「ちゃんと一緒に来てよ」
今度は、半回転程度の動きと中央で持った二槍で応対し、全てを斬り回した。
「二度手間は嫌なんだから」
「……」
一連の動作すら、矛同士で衝突する事も無く使いこなした彼女を、ウェンは静かに眺めた。
ユーリイはこちらを見て、やや距離がある位置にある建物へ指差した。
「今のうちにあそこへ突っ込むよ。あの中はまだ安全だから少しだけ休める」
かなり黒ずんではいるが、全体の大きさや模様の刻み具合から見るに、どこか格式ばった印象を受ける、二階建ての建築物だった。
二人は、素早く中へ滑り込む。戸を閉めた少女は顔の前に指を立て、小声で囁いた。
「大きな声は出さないで」
「……ここはどんな所?」
「私にも詳しい用途は分かんないけど、ああいう連中でも近付きたくない場所ってことじゃない? 無意識にさ」
建物の中を見ると、中央に正方形の大きな台座があり、その周囲には長椅子が撒き散らすように転がっている。
元は見世物か何かだと想像するのに時間はかからなかった。
やっぱり、と思う。ウェンは薄々感付いていた。
あの塊の正体は、ここの町の人間、あるいはその意識の集合体のようなものだろう。半ば意思を持っているかに感じ、それが大量に存在しているとなれば、そう考えるのが自然である。ここが、忌み子の欲望を満たす為の施設──そう仮定すると、ここに寄り付きたくないのも頷けられた。
これまでに何人か相対してきたが、あれらの様子を見た限り、残念ながら既に手遅れだろう。下手に救おうと思わずに、この手で終わらせた方が幾分まし、と願うしかなかった。
ユーリイは土足のまま木造の床を上がり、手にした武器を床に置いた。
「じゃ、しばらく休憩しよう。で、二階に上がって窓から周りの様子を確認する。それに応じてここから出るから。あともう少し」
一息吐いた彼女は、懐から鞘に納めた短刀を取り出した。室内用の凶器だと察した後、音もなく歩き出し、
「警戒は怠らないでね。確実に大丈夫ってわけじゃない」
隣にある階段を上っていった。
「……」
密かに二階の様子を見に行こうか考え、
隅の方から、物音が聞こえた。
別の入り口から、例の塊が入り込んできたのだろうか。ウェンは
「イ……ミゴ……サマ」
予想通り、それはいた。大きさは少年の背丈の半分にも届かず、塊同士が絡み合っており、どういう体勢でいるのか外観からは全く分からない。
ウェンの姿を認めたらしく、塊は呻き声を上げた。
「ワタ……シノ……イモウト……」
こうして間近で注視するのは初めてだった。よく見れば、目や口といった部位が薄っすらと滲むような形で見て取れる。
「オオセノ……トオリ……」
その視線と、目が合った。
「カタ、メ……タベサセ……マシタ……コレデ……オユルシ……ヲ……」
「……」
その塊に、眼球が一つしか見当たらない理由に得心がいき、
ウェンは慈悲を込めて、
小型犬を潰したような感触と短い悲鳴を身に受ける。
この人が、他が避けてしまうこの見世物部屋に執着するという事は、よほど思い入れがあったのだろう。
「縺ウ繝ァ繧ヲ縺阪ヮ繧、繝「繧ヲ縺ィ縺ッ繧、縺、繧ゅ♀縺ェ縺九r縺吶°縺帙※繝ォ縺ェ繧薙→縺九@縺ヲ縺ゅ£縺溘>。縺溘∋繧峨l繧九o縺溘@縺ッ縺ゅ→縺吶%繧キ縺薙l縺励°繧ッ繝√↓繧、繝ャ繧峨l縺ェ縺上※縺斐a繧薙ロ。縺、縺弱ワ縺ェ縺ォ繧偵h繧ヲ繧、縺吶l縺ー繧、繧、繧薙□繧阪≧。繧上◆縺励↓縺ッ繧ゅ≧繧、繝弱k縺薙→縺励°縺ァ縺阪↑繧、。縺翫ロ縺後>繧、繝「繧ヲ繝医r縺溘☆縺代※」
叫声が発せられ、ウェンは急いで、新たな
「……っ」
自らの手で平らにした、白黒の塗料と見分けのつけ難いものを見て、
少年は膝から崩れ、正気が狂いそうになり、
顔に両手をあてて抑えた。
◇
薄暗い部屋の中、ボウは続けた。
「変異というのは、精神の負荷からも影響を及ぼす。人格までもが変質する理由は恐らくそれだ。無論、その作用は
「……」
ボウの講釈に耳を貸している相手は、黙って続きを待つ。
「忌み子にある、精神と
それ相応の器に、
既に訪れたユーリイに、変異は二度と起こらないってわけだ」
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