第10話 嘆き

 トンセンへ襲撃する前、寂れた家屋の一室で、ボウは言葉を紡いだ。


「建前として、『暴走』という表現であの町の惨状を説明するが、実際はこれも『変異』の現象だ。暴走する程イノリを制御できないなんてものは、よほど未熟じゃない限りは起こらん」

 男は続けた。


「トンセンの忌み子に起きた変異は、本人の意思なく町全体を侵食する類のものだ。そして、ここ数日間でその規模が広がり始めている。以前までのそいつは、俺達と同じように祈力れいりょくを駆使し、民を操っていたんだがな」


 苦笑の表情を浮かべる。


「思えば悲しいもんだ。力を好き放題に振舞っていた時は、まさしく人生を謳歌していただろうに、予測不能の爆弾が爆発しただけで、自分自身を失ってしまったんだからな」


 ボウは、聞き手へ視線を向け、指を差した。


「もう一つの方も、じき爆破するぜ。どんな結果になるのか、実に楽しみだ」



    ◇



 町の至る所が、ごみ捨て場のように鈍色の塊が散乱し、上を見上げると砂塵のようにカスミが漂う。それらの様子は、死を招く空間のように思えた。

 ウェンは、人間大程の祈力れいりょくを駆使し、迫り来る敵を迎え撃ちながら叫んだ。


「ねえ、ほんとにこの道で合ってる⁉ さっきからずっと襲ってきてるけど!」


 ユーリイは二本の矛を振るいながら答える。


「これでもまだましな方。ひどい所はアレで埋まってて道になってないくらいだから」


 二人が進む道程は、祈力れいりょくと崩落によって町が損壊し、幾つかの建築物が地面と同化された事により生まれた、道なき道。その経路に人の意図した設計は及んでおらず、加えてトンセンの祈力れいりょくが次々に現れる為、現在位置や町の全容を把握するのが困難を極めていた。更に、


「くっ……」


 今日に限り、ウェンは祈力れいりょくを操るのに四苦八苦しながら戦わなければならず、常に苦戦を強いられていた。


 背後から迫る塊へ、横へ飛ぶように振り返ると同時に、イノリの大岩で裏拳を見舞う。

 その時、体勢を崩して瓦礫へ倒れ込んだ。下が凹凸な為に、強烈な痛みが全身を走った。


 歯を食いしばって痛覚を我慢し、視界の確保に努める。既に周りの敵はおらず、代わりに、同行人の戦う様が見えた。


 ユーリイは、長物の武器を巧みに扱い、三匹の塊を相手取っていた。

 彼女の敵が繰り出される攻撃は、ウェンのような単なる突進や叩きではなく、やや変則じみた方法である、分裂だった。


 三匹は、太線の先端から切り離すように次々と別れ、ユーリイの周囲を囲んでゆく。恐らく元々一体だったのが、戦うにつれて三つに分断したのだろう。

 塊は示し合わせたかの如く、一斉に彼女へ飛び掛かった。


 ユーリイは、薙刀の先端を片手でそれぞれ持ち、空中へ高く跳んで自身の体を勢いよく回した。

 その円運動も単調に留まらず、していた。そして軽々と振り回す武器の腕は彼女の意思の元で軌跡を描き、難解な規則性と不規則が合わさった、至極動きの読めない猛撃だった。


 刃の舞はおよそ数秒の間。着地した頃には、細切りにされて動かなくなった大量の躯と、

 たった今、再び彼女へ攻めかかった、小さな四匹の塊。


「ちゃんと一緒に来てよ」


 今度は、半回転程度の動きと中央で持った二槍で応対し、全てを斬り回した。


「二度手間は嫌なんだから」


「……」


 一連の動作すら、矛同士で衝突する事も無く使いこなした彼女を、ウェンは静かに眺めた。

 ユーリイはこちらを見て、やや距離がある位置にある建物へ指差した。


「今のうちにあそこへ突っ込むよ。あの中はまだ安全だから少しだけ休める」


 かなり黒ずんではいるが、全体の大きさや模様の刻み具合から見るに、どこか格式ばった印象を受ける、二階建ての建築物だった。

 二人は、素早く中へ滑り込む。戸を閉めた少女は顔の前に指を立て、小声で囁いた。


「大きな声は出さないで」


「……ここはどんな所?」


「私にも詳しい用途は分かんないけど、ああいう連中でも近付きたくない場所ってことじゃない? 無意識にさ」


 建物の中を見ると、中央に正方形の大きな台座があり、その周囲には長椅子が撒き散らすように転がっている。

 元は見世物か何かだと想像するのに時間はかからなかった。


 やっぱり、と思う。ウェンは薄々感付いていた。


 あの塊の正体は、ここの町の人間、あるいはその意識の集合体のようなものだろう。半ば意思を持っているかに感じ、それが大量に存在しているとなれば、そう考えるのが自然である。ここが、忌み子の欲望を満たす為の施設──そう仮定すると、ここに寄り付きたくないのも頷けられた。


 これまでに何人か相対してきたが、あれらの様子を見た限り、残念ながら既に手遅れだろう。下手に救おうと思わずに、この手で終わらせた方が幾分まし、と願うしかなかった。

 ユーリイは土足のまま木造の床を上がり、手にした武器を床に置いた。


「じゃ、しばらく休憩しよう。で、二階に上がって窓から周りの様子を確認する。それに応じてここから出るから。あともう少し」


 一息吐いた彼女は、懐から鞘に納めた短刀を取り出した。室内用の凶器だと察した後、音もなく歩き出し、


「警戒は怠らないでね。確実に大丈夫ってわけじゃない」


 隣にある階段を上っていった。


「……」


 密かに二階の様子を見に行こうか考え、

 隅の方から、物音が聞こえた。


 別の入り口から、例の塊が入り込んできたのだろうか。ウェンは祈力れいりょくを瞬時に出せる用意を整え、音のした場所である、長椅子や卓で積まれた小さな山の向こう側へ近付いて行った。


「イ……ミゴ……サマ」


 予想通り、それはいた。大きさは少年の背丈の半分にも届かず、塊同士が絡み合っており、どういう体勢でいるのか外観からは全く分からない。

 ウェンの姿を認めたらしく、塊は呻き声を上げた。


「ワタ……シノ……イモウト……」


 こうして間近で注視するのは初めてだった。よく見れば、目や口といった部位が薄っすらと滲むような形で見て取れる。


「オオセノ……トオリ……」


 その視線と、目が合った。


「カタ、メ……タベサセ……マシタ……コレデ……オユルシ……ヲ……」


「……」


 その塊に、眼球が一つしか見当たらない理由に得心がいき、

 ウェンは慈悲を込めて、カスミつちを振り下ろした。


 小型犬を潰したような感触と短い悲鳴を身に受ける。

 この人が、他が避けてしまうこの見世物部屋に執着するという事は、よほど思い入れがあったのだろう。


 イノリを消そうとする。しかし、不調の所為かその段階が遅れ、結果的にケガレとなってしまった。それが塊と混じった瞬間、


「縺ウ繝ァ繧ヲ縺阪ヮ繧、繝「繧ヲ縺ィ縺ッ繧、縺、繧ゅ♀縺ェ縺九r縺吶°縺帙※繝ォ縺ェ繧薙→縺九@縺ヲ縺ゅ£縺溘>。縺溘∋繧峨l繧九o縺溘@縺ッ縺ゅ→縺吶%繧キ縺薙l縺励°繧ッ繝√↓繧、繝ャ繧峨l縺ェ縺上※縺斐a繧薙ロ。縺、縺弱ワ縺ェ縺ォ繧偵h繧ヲ繧、縺吶l縺ー繧、繧、繧薙□繧阪≧。繧上◆縺励↓縺ッ繧ゅ≧繧、繝弱k縺薙→縺励°縺ァ縺阪↑繧、。縺翫ロ縺後>繧、繝「繧ヲ繝医r縺溘☆縺代※」


 叫声が発せられ、ウェンは急いで、新たなイノリで止めを刺す。


「……っ」


 自らの手で平らにした、白黒の塗料と見分けのつけ難いものを見て、

 少年は膝から崩れ、正気が狂いそうになり、

 顔に両手をあてて抑えた。

 


    ◇



 薄暗い部屋の中、ボウは続けた。


「変異というのは、精神の負荷からも影響を及ぼす。人格までもが変質する理由は恐らくそれだ。無論、その作用は祈力れいりょくにも繋がる。心身の状態によって、どう変異するかが決まるといっても、まあ過言ではないだろう」


「……」


 ボウの講釈に耳を貸している相手は、黙って続きを待つ。


「忌み子にある、精神と祈力れいりょくの関係は、一言では言い表せない程に複雑で深い。とりわけ、変異が起きた後の心理状態は安定している場合が殆どだ。何せ、一つの壁を乗り越えたような感覚に近いからな。

 それ相応の器に、イノリと人格が新しく移れば、未熟な忌み子とは程遠いものになる。──つまるところ、

 既に訪れたユーリイに、変異は二度と起こらないってわけだ」

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