陸第111話 マクトリィムス工房

 招き入れようと扉を開けると、丁度タクトが何かを食べ終わった時だったみたいで、口がもぐもぐしていた。

 飲み込むまでちょっと待ってから、声を掛ける。


「タクト、ちょっと吃驚するかもしれないけど……」

「吃驚……とは?」

「マクトリィムスさんって人が工房主なんだけどさ、おまえのことを凄く尊敬しているみたいでめちゃくちゃ緊張しちゃっててさ」

「尊敬……?」


 不思議そうに首を傾げるが、不銹鋼かな、と呟くタクト。

 俺からは何も言わず、工房の扉を開けて中へ入ってもらった。


 予想外で俺も……ちょっと吃驚してしまった……タクトが入った途端、全員が一斉に頭を下げている。

 まぁ……領主様に召喚されるような魔道具師ってなれば、この態度も仕方ないか。


 タクトも驚いているのか、声も出せずにいる。

 まず顔を上げたのはタクトの真っ正面にいたマクトリィムスさんだが……なんだか視線をきょろきょろと動かしている。

 その途端に、今度はライリクスさんが『ぷっ』と吹き出した。


 あっ!

 そうだった。

 みんな『タクトの外見』に、変な期待というか勘違いをしているんだった!


「こいつ! こいつがタクトだから!」


 俺はタクトの後ろから両肩を掴み、前へ押し出す。

 まだぎくしゃくしているマクトリィムスさん達に、ライリクスさんが笑いを堪えられなくなっているようだ。

 タクトはちょっと口をとがらせ、振り返る。


「なんなんですか、ライリクスさんーー」

「すみませんね、タクトくん。いや、皆さんが混乱するのも、少し理解できてしまって……ぷくくっ!」

「混乱……って、三人もいたからじゃ?」

「その三人の中で、こちらの皆さんが想像なさっていた『タクトくん』に当て嵌まりそうな人が、いなかったからだと思いますよ?」


 うんうん、そうだよなぁ。

 一番金属加工ができなそうだし、魔法師って言っても痩せ過ぎてて心配になる感じだもんなぁ。

 すると、もうひとりの護衛の人も何かに気付いたように慌てて弁解をする。


「私はタクト様の護衛ですから!」

「そうですねぇ、この中では一番『金属加工の錬成師』っぽいのは、ウァーレンスですからね。僕はどう見ても文系だろうし、タクトくんはこど……いえ、かなり若く見えますからね」

「……子供っぽいと?」

「痩せ過ぎなのが悪いんです。そんな体型では、成人の儀前だと思われたって仕方ないくらいですよ」


 マクトリィムス工房の全員も、俺と一緒に大きく頷く。

 あ、タクトの奴落ち込んだ?

 いや、拗ねたのかな。

 はいはい、これからちゃんと食えばいいんだよ。



 その後、タクトは工房のみんなと真鍮の配合の話で盛り上がる。

 レトンさんの目がキラキラだ……

 そしてそういうことが理解できるのも魔法だけではなく、先人の知恵だというタクトに、誰もが『流石シュリィイーレだ』という表情になる。


 だけどきっと、タクトの言う『先人』は、自分の生まれた国か皇国の神約文字の時代の人達のものだろう。

 もしかしたら……タクトの【文字魔法】ってのは、あいつの家系の魔法なのか?


 だとしたらタクトは、いったいどこの国の血を引いているんだろう。

 マイウリアにも……そういう継いでいくべき魔法や技能があったのだろうか。

 ま、そのことはもう、どうにもならないんだけどな。


 そして、タクトとの話の中で不銹鋼の話題になった。

 マクトリィムスさんが、ちょっとばかり落ち込んだように話す。


「あっし等も、不銹鋼に似たもんまでは造れましたが……なかなか同じ性能のものができませんから、その理論っての、勉強したいもんです」

「んー……まだそこまでの本は……難しいですねぇ。俺もふわっとした知識を、魔法でゴリ押しちゃっているところがあるし」

「え? その本……金属加工錬成の本、おまえが書くの?」


 俺が思わず口を出すと、タクトは何を当たり前のことを、とでも言うようにへらっと笑う。


「そだよー。だって今の皇国にはそういう考え方自体がないみたいだから、みんなが読める文献がないんだよね。新しく解ったことも色々あるし、先に延ばせば延ばすほど書きたいことが増えちゃってまとめるのが大変でさ」

「君は魔法師であるのだろう?」


 センセルスト医師も驚いたような、呆れたような声を出す。

 するとタクトは、魔法が関わっているんですよ、少し困ったように答える。


「まだ俺も『魔効素とか魔瘴素がこう関わっているんです!』まで、きちんと説明できなくって……」


 やっぱり、そういう昔の文献から解った『新しいこと』ってのが、皇国でさえまだ見つかるんだな。

 いや、皇国だから残ってて見つけることができているのかもしれない。

 タクトが他国のものまで読みたがるのって、皇国だけではすべての魔法のことは解らないから……なんだろう。


 あっ、あの迷宮で見つけた金属板……は、今はまずいよな。

 うん、シュリィイーレに行った時に、あいつの部屋で渡そう。

 今話していることだって、ライリクスさんが中央に言っているのかを確認しているくらいだ。


 なんか、タクトの奴が何も解っていないのに四、五年したらまとめられるかも、なんて言ってる。

 絶対に無理するつもりだろう、と思わず口を出してしまう。


「おまえ、本当に身体のこと、ちゃんとしろよ。本を書くとか、調べ物とかより何より、絶対にそっちが先だぞ?」

「解ってるよぅ。だけど、不銹鋼はうちの大切な食材の元だからね。暫くは教えないよー」


 んんん?

 なんで不銹鋼と食材?

 するとタクトはセラフィラントのあらゆる作物などとの取引を、不銹鋼との交換で賄っているんだ、と言って笑った。


 ロカエの魚やリンティオ村の榛果はしばみか、シュライエルの楷樹緑果かいじゅりょくか、オルツの柑橘類とか、デートリルスは蜂蜜や貝類……

 どうやら一部で皇国貨の支払いもあるようだが、基本的には不銹鋼とか技術提供だという話に俺達は呆れてしまった。


「俺としてはすっごく助かってるんだよ。輸送費、バカにならないからさー」


 不銹鋼は、今の魔導船の魔法を支える要になっている。

 あれだけ多くの魔力を使って動かしている魔導船に、本当ならばとんでもない数の魔魚が吸い寄せられてきて当然だ。


 だが、甲板の一部や艤装を不銹鋼製にしたことで強度や防御力が上がっただけでなく、船自体から魔力が漏れ出すのを防げているのだとヴァイシュが言っていた。

 それほどの、まさに大発明と言っていい不銹鋼なら、セラフィラント中の作物全てを買えるほどの金額にもなるくらいじゃないのか?

 それを……


 あ、いや、タクトはそういう奴だった。

 自分の好きなもののためなら、儲かるとか損をするなんて考えない奴だった。


「あの……タクトさん。こんなことを伺うのは……その、儂らとしても不躾ぶしつけだとは思うんですが……」


 そう切り出したマクトリィムスさんが指差したのは、俺の着けているさわらの徽章だ。

 センセルスト医師が『欲しいと思うのは当然である』なんて呟くから、タクトがみんなに向かって『欲しいんですか?』と少し驚いたように尋ねる。

 欲しいと思うぞ。

 この鰆の徽章、綺麗じゃないか。


「いや……そりゃ欲しいっすけど、そうじゃなくて。この、金属にどうやって『淡い色』をつけているのかが、どうしても解らねぇんで。こう、ぷっくりした形ってのも……儂らの魔法で作っていると、どうしてもばらつきが出ちまって」


「色は、俺の独自魔法でつけちゃっているから、再現は難しいかもしれないですねぇ。形はひとつを完璧に作ってから……これも魔法で複製しているだけなんで……どうお教えしてよいものやら……」

「タクトくんのやり方の再現は、誰でも無理ですからお気を落とさず……」


 ガックリとしているマクトリィムスさんにライリクスさんが慰めの言葉をかける。

 だけど、タクトはそんなやり方で……あっ、まさか遊文館の景品全部そんなことして作ってんのか?

 痩せたのはそのせい?

 しょーがねぇ奴だなぁ。


「もしかして、遊文館の景品は全部おまえが?」

「いや、魚のものとか、布ものとか、シュリィイーレで作りにくいものだけだよ。あ、そうだっ! お願いしていた魔導船の徽章って、いつ頃までにできそうでしょうか?」

「あ、試作品は幾つか……おい」


 マクトリィムスさんが指示すると、レトンさんがさっき俺が見た試作品を持ってきた。

 俺が本人に選ばせれば、なんて言ったがいざとなると俺もなんだか緊張する。

 タクトは暫くじっと徽章を見つめ、笑顔で振り返った。


「どれも捨てがたいので、三種類を二千個ずつってお願いできませんか?」


 うん、そーだったっ!

 こういうこと、平気で言う奴だったよ!

 ライリクスさんも呆れ気味だ。


「タクトくんは……こういう子なんです」

「その言い方はどういう意味なのでしょう、ライリクスさん」

「そのままですよ。大胆というか、好きなものや欲しいものには金に糸目をつけない思いっきりの良さというか」


 うん、それはいいんだけど、絶対に多いだろ、それ!

 最初の二千個だって、多いと思ったのに、合計で六千……いや、蒼の魔導船のものもあるから、一万二千?


「だけどさ、タクト……そんなに沢山の子供がいる訳じゃないだろう?」

「これは『くみ景品けいひん』として『特別品』扱いにするから、大人も絶対に欲しがる。ここまで格好いい徽章を欲しがらないなんて、皇国民としてあり得ない」


 なんだろう、とんでもなく自信に満ち溢れている。

 タクトの言うことを聞いていると『そうなんじゃないか』って気になってくる。

 ま、セレステの魔導船は、確かにどれも格好いいけどな!


「これを並べて飾っておける箱に入れて、三個組で二種類作るんだよ。指定図書の読破が条件だから、大人達には……試験でもしようかなー」

「子供達には?」


「いつも通りの感想文だけでなく……こっちも簡単な質問に答えられたらにしよう。全部できたら組になっているものを、残念ながら一度でできなくても何度も期間中なら挑戦できるようにしとこうかな。そしたら、その本に対する理解も深まるだろうし、読んだ振りだけして当たり障りない感想文だけじゃ手に入らないって大人達も解るだろう」


「……それでも余ったら?」

「余らないよ」

「解んないだろ、そんなこと」

「その時は……期間終了前にシュリィイーレ隊のみんなとかビィクティアムさんが着けてくれたら、間違いなく全部なくなると思う」

「それはいいですね。僕が長官に着けていただけるように協力しますよ、タクトくん」

「ありがとうございます、ライリクスさん」


 そしてその場で、だいたいの金額を教えてもらったタクトは『前金です』と言って、ざくっと大金貨を取り出す。

 なんでこいつ、そんな大金持ち歩いてんだよっ!

 いや……うん、こーいう奴だ、うんっ!


 あ、マクトリィムスさん達……呆然としているぞ。


*******

『カリグラファーの美文字異世界生活』第947話とリンクしています

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