陸第110話 セレステへ

 タクトにいつまでセラフィラントにいるのかと尋ねると、今日の夕刻には出ると言う。

 え、夕刻……?

 ああー、そうか、普通の乗合馬車じゃなくって、専用の『早馬車特走』って奴か!


 タクトは輔祭だから教会方陣門経由でいけるかもしれないけど、護衛のライリクスさんはマリティエラ医師や子供も来ているもんな。

 マリティエラ医師はセラフィエムス卿の妹なんだし、誓婚の儀に出席していたはずだ。


 きっと、夕方にロートレアを出ても、その日のうちにアクエルドに入れるのかもしれない。

 それなら、アクエルドに一泊すれば翌日の昼には、シュリィイーレに戻れるってことか。


 じゃあ……まだ平気かな?

 俺はタクトを牧場の俺の部屋に来ないか、と誘ってみた。

 だけど、少し申し訳なさそうに『すまん』と言われてしまった。


「俺はひとりで動く訳には、いかないからさ」

「あ、そうかぁ……」


 護衛付きだったっけ、そういえば!

 ちらりとタクトの後ろに控えているふたりに視線を送ると『ひとりで行かせる気はないよ?』って感じで微笑む。

 本当に面倒くさいものだな、聖魔法持ちの第一等位魔法師って。


 俺にとっては『町や領地の外に出ること』は『自由』なのだが、タクトにとっては『外にいると不自由』で『シュリィイーレの中だけが自由』なんだな……

 タクトがそれを息苦しいと感じていないから、あの町で暮らせているんだろう。


 他の場所にひとりで気ままに行かれないというだけで、自由ではない、と決めつけるのは間違いだってことだとは判っているけど俺にはやっぱり途轍もなく不自由と感じてしまう。

 それならもう少し『外』を楽しませてやりたい。

 んー……個人宅じゃなくて、護衛のふたりが一緒に行かれればいいんなら……


「じゃあ、セレステ港を見に行かないか? 魔導船を実際に見たいって言ってただろう」

「行きたい……けど……いいです、か?」


 タクトはライリクスさんに振り返り、確認をとる。

 センセルスト医師もこのやりとりは少し不思議だったのだろうが、どうやら服装からタクトが貴系傍流だろうと思いいたって納得していたみたいだった。


 ……シュリィイーレにいる時とは随分と雰囲気の違う服だけど、まぁ、セラフィラント公に呼ばれたんならこういう服になるよな。


「うーん、移動方法によりますねぇ」

「移動は、俺の魔法で『門』を開く。そうしたら、全員で移動ができるだろう?」

「それなら……私達も一緒に入れますから大丈夫ですよ、タクトくん」

「行きたいですっ!」

「じゃあ、ガイエスくん、頼めますか?」


 俺は頷いた後、チラッとセンセルスト医師を見たら『セレステならば、私もいいか』と言われたので了承した。

 どうやら、ロカエからの連絡船より、セレステからの方が安いらしいし、南港に着く方が家が近いからいいと笑ってくれた。

 ……もしかして、気を遣わせたかもと思ったが財布の残りを数えていたから……結構ギリギリだったのかも。



 繋げた『門』をくぐり、魔法を支えたまま開き続けて全員を通す。

 セレステの風景に、タクトの顔がぱあっと明るくなった。


「あ、風の魔導船だ!」

「そうそう、あっちが疾風の魔導船で、一番端の船渠せんきょに入ってるのが蒼の魔導船だ」


「やっぱり実物は格好いいなぁ……」

「本当ですねぇ……ああ、ファロを連れて来てあげたかったです」

「もうちょっと大きくなってからの方が、いいと思いますけど……まぁ、映像ではご覧いただけますよ。でも、実物は迫力が違うから、いつか見せてあげたいですね」


 タクトの言葉に目を細める優しい表情のライリクスさん。

 マリティエラ医師とその子はセラフィエムスの血を引いているんだから、そう思うのも無理はないだろう。


 ……ん?

 映像?

 あ、もしかして、こいつ、今、撮影機を着けているのか!


 そうか、俺の家に来られないって言ったの、それもあったのかもしれない。

 タルァナストさんちの中、映像にしちゃうのは……ちょっとまずいよな、うん。

 じゃあ、撮してもらいたい所に行こう!


「タクト、あの魔導船徽章を作った加工工房に行こう。きっと、おまえが頼んだ真鍮の徽章を作っている頃だぞ」


 タクトの手を取って走り出す。

 多分、俺は凄くワクワクしている。

 タクトに俺の世話になっている人達を、タクトをみんなに紹介できることがきっと嬉しいんだと思う。



「ここだよ、タクト……タクト?」

「す、すまん、ちょっとおまえ、走るの、早い……っ」

「おまえ、本当に体力落ち過ぎてんだなぁ。ほら、水、飲めるか?」


 水を渡して、タクトが飲んでいる間にマクトリィムスさんに言っておかないとまずいかな、と工房の中へ入る。

 まだ祭り気分が抜けていないのか、いつもより緊迫感のない工房内。

 みんなも仕事はしているんだが、どこかのほほんとしている。


「おや、ガイエスくんじゃないかー」

「レトンさん、マクトリィムスさんは?」

「奥で魔導船の徽章をどれにするか悩んでいるよ」


 くすくすと忍び笑いを漏らしつつ、マクトリィムスさんの方を指差すレトンさんはマクトリィムスさんの一番弟子だ。

 真鍮の配合では、一番の熟練錬成工らしい。


「マクトリィムスさん、ちょっといいか?」

「んんあっ? お、ガイエスか。なぁ、おまえ、どれがいいと思う?」


 見せられたのは、幾つか作ってみたという違う方向を向いている魔導船の徽章だ。

 どれも格好いいが、どうも決め手に欠くと思っているようだ。


「だってよ、蒼の魔導船の徽章と同じ向きってのも芸がねぇし、かといって風の魔導船はあの向きも雄々しくて捨てがたい」

「……じゃあ……本人に決めてもらえば?」

「は?」

「今、タクトが来ているんだ。工房の見学をさせて欲しくってさ。護衛の人達と三人で来ているから……」


 あ、全員が固まった。


「タタタタタタタタタタタク……?」

「うん、タクト。セラフィエムス卿の誓婚の儀で使われた魔道具の調整? とかで、セラフィラントに来たらしいんだ」


 今度は全員が走り回るようにばたばたとし始め、まるで衛兵隊みたいにざざざっと一列に並んだ。

 いかん、面白過ぎる。


 じゃ、呼びに行っちゃおっかなー。



*******

『カリグラファーの美文字異世界生活』第946話とリンクしています

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