陸第112話 セレステ港

 マクトリィムス工房に予定以上のお願いをしてしまうことになったとちょっと申し訳なさそうなことを言いつつも、すっげー喜んでいるタクト。

 見本にと一組もらって、ニコニコしている顔は徽章を着けてもらって喜んでる子供達とあまり変わらない。


 ま、仕方ない。

 魔導船は格好いいのだから。

 その『本物』がもう一度よく見たいというので、セレステ港湾事務所へ行くことにした。

 タクトだったら、ちょっとくらい魔導船に乗せてもらえるんじゃないかな。


 センセルスト医師は連絡船に乗るとかで、そちらの船着き場に行った。

 また近いうちにタルァナストさんの所に行くと行っていたので、その時にまた会えるだろう。

 どうやらライリクスさんとも仲良くなったみたいだけど……あのふたりの会話、あまり想像ができない。



 港湾事務所の前でタクト達には少しだけ待っててもらう。

 いきなり連れて行くと絶対に、フィクィエムとかヴァイシュはとんでもなく驚くだろうし……イェリーヴァンは腰を抜かすかもしれない。


 タクトが簡易調理魔具の発明者だって知っているから、魔道具好きのイェリーヴァンはマクトリィムスさんと同じようにタクトを尊敬しているし。

 なので当然、俺がタクトが来ているというと、マクトリィムスさん達と同じような挙動をする。


「ホントかっ? 本当に、タクトさんかっ?」

「嘘を吐いてもしょうがないだろ。護衛の人達と一緒に来ているんだよ。あのさ、あの不銹鋼船の映像、今日は流す日じゃないけどタクトに見せてやりたいんだ。できる?」

「「「任せろっ!」」」


 あの映像をタクトが作ったことは聞いていたから、今でもみんなに見せていて喜ばれているって解ったら嬉しいんじゃないかと思うんだ。

 あっという間に映像の準備がされ、きっとタクトは魔導船にも乗りたがると思うんだけど、と言うと乗れるように船員達に話してくれるという。

 よし、入れてもいいかな?

 俺が扉を開いてタクトを呼ぶと、すぐに映像が映し出される。


 ♬ーーっ!


 音、でかっ!

 ほらー、タクトも吃驚して一瞬止まっちまったじゃねーか。

 ライリクスさんと護衛のウァーレンスさんは……すっげー吃驚している。


「「「ようこそ、セレステへっ!」」」

「ぶふっ!」


 すまん、思わず吹き出してしまった。

 だっておじさん達全員で並んでいきなり両手を広げて声を揃えるなんて……なかなか見られないだろ?

 フィクィエムとヴァイシュは『おじさん扱い』すると、まだ百になってないって怒るんだけどもうすぐじゃねーか。


 俺のことは無視して、タクトに自己紹介を始めた三人。

 へぇ……よくタクトが解ったなぁ……あ、そっか、驚き方で判別したのかな。

 タクトは三人に映像を使ってくれてて嬉しいというと、フィクィエムが今も人気なんだと説明をする。


「それはよかったー。ビィクティアムさんが頑張ってくれただけありますねー」

「「「「「「は?」」」」」」


 いや?

 いやいやいや、タクトだけじゃなくて、セラフィエムス卿っ?

 え、ふたりで作ったのか?


「タクト……これって……まさか……」

「俺とビィクティアムさんで撮影したんだよー。うちの裏庭でさ。結構大変だったけど楽しかったなー」


 はぁぁぁー?


「まぁ……確かに楽しんだでしょうねぇ、長官は……好きそうですからね、こういう『新しいもの』というのは。そうですか、その頃から『演出』というものを作るのを試していたんですねぇ、ふたりして」

「この頃は、自分達の楽しいものってだけでしたよ」


 ライリクスさんとタクトがそんな会話をしている横で、俺達はなかなか口が閉じられなくて呆然としていた。

 でも、ハッと気付いたかのようにフィクィエムが、タクトに魔導船に乗ってみませんかと声を掛けた。

 タクトは大喜びだ。


「いいんですか?」

「はい! 海には出せませんけど、中を見てもらうことはできますし。不銹鋼が使われていますから、見て欲しいんですよ!」


 フィクィエム達が案内したのは、黒の魔導船だ。

 丁度、点検検査で戻ってきていた一隻だ。

 蒼の魔導船の方にするかと思っていたんだが、どうやらそっちは今、船内の改装中で危ないと判断したようだ。


 黒の魔導船は『黒曜こくよう』と『黒煇こくき』の二隻がある。

 今、マントリエルに行っているのは『黒曜』の方で、セレステに繋留しているのは『黒煇』の方だ。


 どちらも他のものと比べれば小型魔導船だけど、結構な人数が乗れるし輸送力もある最新の魔導船なんだよな。

 食堂がやっていたらよかったのになぁ。

 ライリクスさんが漁船と比べてどうだとタクトに聞いているから、もしかしてロカエで漁船に乗ったのかな。


「安定しているので魔法は圧倒的に使いやすいですね。金属の使用比率が高いから、船内でも無理なく全ての魔法は使えます。だけど、やっぱり炎系は弱くなっちゃいそうです」

「ふうむ……だとすると、船の厨房は大変ですねぇ」

「厨房の床を石にすれば、もうすこし赤属性は使いやすくなりそうですね。そうだなぁ……いろいろな属性、加護の人がいるだろうから、水晶とか硝子とかがいいですかねぇ。でも、玄武岩の方がいいかな?」


 ……そういう見方をしながら船に乗っているのかよ……

 でも、船の上で使う魔法って、そんなに制限があるものなのか。

 方陣だけじゃないのか……使いづらいのって。

 そういえば甲板とかは木製だし、魔力を外に出さないようにしているから船の上では使えないのかな。


「タクト、ゲンブガンってどういうものなんだ?」

「あ、そっか、ガイエスが集めてくれた中には殆どなかったよな。えっとー、こういう黒っぽい石で元々は『海底にあった岩』が隆起して地上に上がってきているんだよ」


 よく解らないんだが……昔、魔魚のことが書かれていた本があったって言ってたから、その本に海のことも書かれていたのかもしれない。

 あ、もしかして海の底が、迷宮の閉鎖隆起みたいに盛り上がってきたってってことか?

 ……海の底って盛り上がるのか?

 時々タクトの使う言葉は難しい……っていうか、あまり聞かない表現のものが混ざるんだよなぁ。


「それって……海の底の岩だから、海の上で加護があるってことか?」

「そうとも限らないと思うんだけど……可能性はあるかもね。だけど玄武岩は山が噴火してできた火山岩だから、大きな山でも見つかることがあるよ。シュリィイーレでも錆山で採れるのは苦鉄質火山岩だね。両方使ってみれば、どっちがより海の上で魔力を保持できるか解ると思う。あ、だけど……海底由来の方が、魔魚に感知されにくい可能性もあるか?」


 えー?

 海の底と同じような石が、山でもできるのか?

 全然、解らん……


「それじゃあ、俺が今、持っている錆山の玄武岩で試しに板を作って置いてみようか。ガイエス、ちょっとこの上で炎系の方陣使ってみて」

「……うん……」


 そのゲンブガンを持ち歩いているのも変なことだと思ったが、興味が先に立ってしまって何も聞けなかった。

 俺が使ったのは『灯火の方陣』だったが、その後『火炎』『炎熱/緑』と連続で使ってみてくれというので順番に展開していく。

 ……使える。

 全然……ってわけでもないし、ちょっと弱めの炎にはなるけど使える。


 だが、そこから降りてしまうとやはり【方陣魔法】は、全くというほど思い通りには動かない。

 その後、タクトはいつの間にか作っていた強化硝子板と、水晶板でも試してくれと言うのでやってみたが、最初のゲンブガンが一番ちゃんと魔法が使えた。


「やっぱり玄武岩が一番いいみたいだなー……あ、橄欖かんらんがんだけではどうかな?」

「タクトくん、魔法を使い過ぎです。これ以上は止めなさい」


 あ、いけね。

 俺もつい止め忘れた……タクトって、本当に簡単に魔法を使うから、どうしてもたいしたことがないんじゃないかって思っちまうんだよな。

 フィクィエム達がずーっと口を開けっぱなしだ……後でいろいろ思い出して、騒ぎ出しそうだなー。


「タクト様、少し何か召し上がった方がよくないですか?」

「そうですね……そういえばちょっと、お腹が空いた気がします」


 ウァーレンスさんから飲みものをもらったタクトが、なんか食べた方がいいかも……と言った途端にヴァイシュが声を上げた。


「タクトさんっ! 俺達にご馳走させてくださいっ!」

「そ、そうですよっ! 祭りで旨い店がいっぱい開いているんで、町中にいきましょうっ!」

「ガイエス! タクトさんが好きそうなものの店、解るか?」


 自分達の贔屓の店に連れて行けばいいのに、と思いつつ、タクトに何が食べたいか確認する。


「……タクト、魚と肉とどっちがいい?」

「魚っ! あと、芋とか乾酪とか、貝とかあったら最高っ!」


 港湾事務所の三人は俺が好きなところに行けと言うので、いつもみんなで生魚を食べている店に向かった。

 ご馳走するって行った割に、自分達と好みが違ったらどうしようって思っているのか?

 まったくー。


 祭りで特別な献立もあるとかで、途中にあった店で揚げ魚と、屋台で焼き蛤も食べながら祭りの余韻が漂う町を歩く。

 店に着くと生のままの魚料理もあると言われた。


「生魚って食えるよな? さわらいわしあるぞ」

「食べるーー! うわーー、旨そーーっ!」


 米と魚をパクパクと旨そうに食べるタクトを、フィクィエム達はニコニコしながら見ている。

 子供が沢山食べて偉いなーって見守っている……感じか?



 タクト達が、そろそろ戻らないといけないと言うので三人は名残惜しがっていたが仕方ないだろう。

 もうすぐ、天光も陰り始める。


「船上での魔法使用で、何か面白いことがあったら教えてくださいね」

「教えるって……どうやって?」

「ガイエスに預けておいてくださったら、すぐに俺に報せてくれると思うんで」

「そうなんすね。解りました……いろいろありがとうございますっ!」

「いえ、俺もすっごく楽しかったですっ!」


 そしてタクトは、俺にまで礼を言ってくる。

 どっちかっていうと俺が勝手にやったことなんだけどな、センセルスト医師のことも何も。


「態々ありがとうな。心配かけてすまん」

「いいよ。なんだか思っていたよりちゃんと、食べるようにしているみたいだし。早めに原因が解るといいな」

「うん……それは、シュリィイーレの医師様達に聞くことにするよ……あ、予定通り、秋祭りは来るんだろう?」


 俺が頷くと、タクトはなんの含みもない笑顔を向けてくる。

 こういう表情をされるから、色々やってやりたくなるしこいつの頼みなら聞いてやりたいと思うのだろう。


「待っているよ!」


 そう言って大きく手を振ったタクトは『移動の方陣』を使ったのか、護衛のふたりと一緒に瞬く間に姿を消した。

 ふぉーー……と、三人から大きめの吐息が漏れる。

 もしかして、ずっと緊張していたのかな?


「……ガイエス、おまえ……本当にタクトさんの友達だったんだなぁ……」

「なんだよ、疑っていたのか?」

「そういう訳じゃねぇけどさ、なんか……本当におまえ達が親友同士なんだなぁって、ちょっと嬉しかった」


 なんだよ、それ。

 もしかして、本当に俺には友達がいないって思っていたんじゃ?

 俺がむくれると、ヴァイシュがわりぃわりぃとおどけるように背中を叩く。


 再会を約束できて、それを楽しみにしていると言ってくれる友人がいる。

 そのことがとても嬉しいことなんだと、きっと、俺だけでなくみんなもそう思っているのだろう。


 秋祭り、タクトはまた面白そうな実演を考えているんだろう。

 楽しみだな。



 陸/了


*******

『カリグラファーの美文字異世界生活』第948話とリンクしています


本編次話の更新は1/6(月)8:00の予定です

明日からは……ちょっと登場人物のまとめなどを。

そろそろまとめておかないと、人や物が多過ぎるww


第六部終了のご挨拶

https://kakuyomu.jp/users/nekonana51/news/16818093090236909984

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