陸第108話 ロカエ 祭りの屋台広場 - 1
「よぉし、ガイエスくんっ、次は手分けして並ぼうではないか!」
「……まだ買うのか?」
「当ったり前であろうっ! この保存袋は二百日も保管できるのだぞっ! できる限り沢山の屋台のものを、袋ごとに詰め込むのだ!」
やれやれ……と思ったが、こんな全領地あげての祭りなんて滅多にあるものじゃない。
はしゃいだって当然だよな。
どうやらどの町でも派手な売り出しとか、祝い膳などは今日か明日くらいまでだが今年いっぱいはどの町でも『ご婚礼祝い』で何かしら特別なものが作られるのだという。
シュリィイーレの秋祭り後も、セラフィラント領内でいろいろ楽しめそうだなー。
お互いに何度か並んで、合計で七種類の魚焼きを買った。
蛸だけのものとか、
「あ、待ってくれ、もうひとつ……あああっ、しまったぁ! 保存袋が足りないっ!」
センセルスト医師がとんでもなく落ち込んでしまったので、俺が持っていたものを二枚ほど渡した。
すっげー笑顔になって、君とタルァナストの分も買ってくるぞーーと走って行った……
元気だなぁ、センセルスト医師。
少し外れて待っていようかと、端の方にある広場の椅子の近くへ移動する。
その時……予想もしていなかったものが、目に飛び込んできた。
「えっ、タクト?」
結構大きい声でそういってしまって、自分でも驚いた。
振り向いたのは、魚焼きを頬張った……タクトだ。
「お、ガィエふぃっ……」
口に入ってる魚焼きが熱いからか、はふはふと空気を一緒に口に入れて食べようとしているみたいだ。
ちょっと、プパーネを頬張っていた子供達を思い出してしまったが……笑っちゃいかんな。
「慌てて喋らなくていいぞ」
タクトは手に持っていた食べかけを保存袋にしまいつつ、なんとか飲み込むことに成功したようだ。
そして『それにしても』と言われたんで、ロトレアで撮影をしてないから驚いているのかとロカエに来ている訳を話す。
その時、丁度センセルスト医師が買い終わって戻ってくるところだったから、俺達も魚焼きを買いに来たんだ、と説明した。
いや、どっちかっていうと、俺の方がなんでタクトがセラフィラントにいるのか聞きたいくらいなんだが。
「セラフィラントに来ているとは、思っていなかった」
「急遽、決まったんだよ」
タクトのすぐ後ろに、マリティエラさんの夫……えっと、ライリクスさん、だったな。
それと、この間見かけた傍流っぽい子に付いていた護衛達が着ていたのと同じ制服の侍従。
ああ、そうか。
タクトの『撮影機』で、誓婚の儀を映すって言っていたっけ。
なるほど、その協力でセラフィラント公が呼んだのか。
それでシュリィイーレから、この人が護衛に付いてきたってことかもな。
確かに、マリティエラ医師の夫なら突然に決まったとしても他領の衛兵隊でも、セラフィラントに入れるよな。
うん、うん。
「あ、そうだ! 丁度いい!」
俺は魚焼きを抱えているセンセルスト医師の腕を引っ張って、タクトに紹介した。
「タクト、この人はセンセルスト医師。魔法師専門の医師なんだ」
「魔法師専門医? え、おまえ、具合悪いの?」
「違うよ、おまえが痩せ過ぎてるから、どうしてそうなっちゃうのかの相談していたんだって」
「俺のためかよ」
そんな吃驚したような顔をするものでもないだろ?
すると、タクトをじっと見ていたセンセルスト医師がずいっと、身を乗り出す。
「んむむっ?」
タクトの周りをクルクルと歩き回り、診ている……って感じか?
「ふぅむ……ガイエスくんが言っていた以上に、なっかなか深刻そうだねっ、君は」
「「えっ?」」
俺とタクトの声が被った。
するとセンセルスト医師はキョロキョロと辺りを見回し、あいている長椅子を見つけると、ちょっと掛けたまえ、とタクトを手招きする。
タクトについていたふたりの後に、俺もくっついていく。
どう、深刻なんだろう。
タクトの両肩に手を置いたセンセルスト医師は、少しばかり眉を寄せてタクトを『診』続ける。
「君、自分では食べているつもりかもしれんが、本当に『腹がいっぱいだ』と感じているかい?」
「……はい……食べ終わった後は、凄く満腹だと思っているのですけど」
「君は常時発動の魔法を幾つか使っているみたいに感じるが?」
「はい、必要最低限のものを。でも、ずっと使ってて、特に痩せ始めた頃から増やしたってことはないですよ?」
「うぅむ、増減がないとすると……発動している魔法に使われる『魔力の質』の問題かもしれんなっ!」
……『質』?
センセルスト医師の話によると、魔力には『強さ』『大きさ』『多さ』とは違う『滑らかさ』とか『濃さ』……とでもいう違いが、人によっては見受けられるという。
魔法師には特にその『濃さ』ってのの違いがあるらしいのだが、他の職だと殆ど違いがなくて解りにくいもののようだ。
なんか……難しくなってきたな。
タクトの痩せちまう原因って、そんな根本的な
そうだとしたら、それって治るのかな……?
ぽん、と、俺の肩にライリクスさんの手が置かれ、小さい声で大丈夫ですよ、と聞こえた。
そんなに深刻そうな顔になっちまっていたのか……まずいよな、それ。
周りの不安を具合が悪い本人に感じさせたら、更に不安になっちまうものだよな。
タクトはそういうところ、敏感そうだから。
「本来であれば職や属性ごとで条件が変わるのだから、専門医がいて然るべきなのだが……なかなかそうも言ってられん」
そのセンセルスト医師の言葉の後、ライリクスさんがセンセルスト医師が書いた論文を知っているというような話になった。
あ、そうか、マリティエラ医師が読んでいた……ってことは、その文書だか本だかが遊文館にあるってことか。
改めてスゲーな、シュリィイーレ……
すると、センセルスト医師は、自分の獲得した新しい技能でまたこれから本を書くというようなことを言っている。
だが、まだ上手くまとめられてはいないみたいだ。
医師として仕事もしているから、そんな暇もないんだろうけどなぁ。
「なにせ、私は……筆が遅いというか、書き物にはどうも……」
「もしも清書をどこかにご依頼なさるなら、俺はいつでも承りますよ」
「……君は魔法師では?」
「書師でもあるのです」
タクトのやつが目をきらきらさせて、そんなことを言い出す。
全く……おまえは、いろいろやり過ぎて痩せちまっているってのに、新しいことを引き受けようとするなよ。
ライリクスさんも護衛の人も、苦笑いしているぞ。
「それで……センセルスト医師、タクトはどうやったら太れるんだ?」
話が大きくなり過ぎて、結局どうすればいいのか解らないんじゃ意味がないと思って、思わず口出ししてしまった。
タクトがちょっと落ち込んだような顔をしたのは、自分から話題が逸れて痩せ過ぎを怒られなくて済むとでも思っていたのにまた戻されたからか?
ダメだぞ、なんのためにセンセルスト医師に話をしてもらっているか忘れちゃ!
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『カリグラファーの美文字異世界生活』第944話とリンクしています
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